56 / 68
56
しおりを挟む
龍の里
「えーと、荷物はこれでいいかな?もっと子どもたちの着替えとか要る?」
翔吾は子どもたち用の荷物をまとめていた。あと持っていくとしたら浮き輪くらいだろうか。ルネシアに聞くと、彼は曖昧に頷いた。翔吾は長年の付き合いだからその違和感になんとなく気が付く。
「ルネ?なんかあった?」
ルネシアは肩をすくめた。言いたくないことなのだろうか?と翔吾も困ってしまう。ルネシアはそんな彼に笑って見せた。
「夏の大冒険って言ったら聞こえはいいんだけど」
翔吾にはますますなんのことか分からない。
「ルネ、はっきり言ってよ」
「子どもたちがね」
ルネシアはトビアの波導に当然のことながら気が付いていた。トビアは上手く波長を隠すように波導を飛ばしてきたが、たった5歳の子どものやることだ。流石に気が付く。だがルネシアは特にそれを周りに言わなかった。逆に子どもたちの動向をそれとなく探ったのである。すると魔王城を壊す方向で話が盛り上がっていたのだ。ルネシアはそれを翔吾に話した。
「は?魔王城を壊す?あの小さい子たちだけで?」
「そうなの、本気みたいだよ」
ルネシアの言葉に翔吾は目を白黒させた。たった5.6歳の子が考えることだとは到底思えない。だが、ルネシアが自分に嘘をつくかというと有り得ない。というと真実だということになる。
翔吾はため息を吐いた。
「怒ってくる」
翔吾がそう言うと、ルネシアに全力で止められた。
「ちょっと待ってよ。親として子どもの成長を見守ってみない?僕たちは後ろからそっとついていく。どう?」
どうもこうもない、と翔吾は思ったが、ルネシアの表情を見て再びため息を吐いた。
「ルネ、子どもたちの行動が面白いなんて思ってないよね?」
「…え?思ってないよ」
ルネシアの表情はすっかりゆるんでいる。翔吾は改めて机に置いておいた剣を手にした。ここ、龍の里にいる時には滅多に触らない。だが、今は必要だと感じたのだ。
「うーん、俺ももういいおじさんだし、そろそろ戦いは引退って思ってたのに」
剣を見つめながら翔吾は言った。
「ショーゴってば何言ってるの?これからが本領発揮なんだから枯れたこと言わないでよね」
「おいおい」
ルネシアはのんびりしたものだ。全く動じていない。
「そろそろおやつの時間だし焼いておいたケーキ切ろうっと。ショーゴ、子どもたち呼んできて」
「分かったよ」
翔吾は腰に剣を差して子どもたちを探しに行った。翔吾たちが暮らしている屋敷の裏庭は子どもたちの遊び場になっている。わらが背丈ほど積み上げられており、子どもたちはそれを滑り台のようにして遊んでいる。歩いているとコツン、と足元で音がした。やれやれ、と翔吾は腰に手を当てる。当然手は剣に触れる。
「はっ!」
翔吾が無駄のない動きで剣を抜き払うと、プツンと場に同化していた糸が切れた。ズルズルと何かが滑り落ちてくる。
「わあぁ」
滑り落ちてきたのはシャナととびすけだ。
「何してんの?二人共?」
「とうさんに罠は通じないのか。勉強になるな、なあとびすけ」
「う、うん」
罠という言葉に翔吾は頭が痛くなってきた。
「シャナ、俺を罠に嵌めてどうするつもりだったんだ?」
「俺に稽古をつける約束をしてほしかったんだよ」
シャナが口を尖らせる。翔吾はそろそろか、と思った。
「分かった。旅行でいい子にしていたら稽古をつけてあげるよ」
「え!」
声を上げたのはとびすけである。
「どうしたの?トビア?」
翔吾は内心噴き出しそうだった。子どもたちはこう言われたらどうするだろうとおかしく思ってしまう。
「な、なんでもないよ。本当に」
とびすけはちらちらシャナを見ている。もう笑いをこらえるのは無理そうだったのでおやつだからと二人を屋敷に向かわせた。
(おかしいな、本当に)
翔吾は他の子たちも見つけて呼んだ。
「母さまのケーキ!」
女の子たちはきゃあきゃあ言いながら走っていく。
ルネシアと翔吾は久しぶりに屋敷に帰ってきていた。子どもたちもだ。二人がいない時はモアグリア王城都市にいる。翔吾とルネシアは、普段から外に出る用事が多い。子どもたちと一緒にいられる時はなるべくいようと二人は話し合っていた。ルネシアはケーキを切り分けると子どもたちに差し出していた。
「はい、どうぞ」
「いただきまぁす!」
子どもたちがフォークでケーキを切り分け、口に運ぶ。
「美味しい!」
マヨイが思わずといった様子で頬を押さえる。
「母さま、美味しいよ」
他の子どもたちも口々に美味しいと言いながら食べている。シャナを除いてだ。それがとびすけは心配だった。
「シャナ、どうしたの?」
ルネシアは優しく尋ねた。
「なんでもない」
あくまでも言わないつもりらしい。シャナはケーキにかぶりついている。
「美味い…」
「ふふ、良かった」
ルネシアはあ、そうそう、と大げさに言った。
「海に行くためには泊まりがけで行くからね。確か魔王城の近くの宿屋だったっけ?」
ぴくり、と子供たちが明らかに反応する。
「そうだよ。予約がなかなか取れなかったから。二晩泊まるんだ」
「その時は遊んでいていいのか?俺、野宿してみたいな」
「私たち良い子にしてるよ」
シャナとマヨイが畳み掛けるように言う。翔吾とルネシアはそっと目配せし合った。
「行きたいところがあるならちゃんと皆で計画を立てなさい」
「わかった!ごちそうさまでした!」
子どもたちが各自の食器を洗い、再び裏庭には走っていく。
「大丈夫かなぁ?」
翔吾は心配だったが、ルネシアは笑ってこう言った。
「大丈夫だよ」
「えーと、荷物はこれでいいかな?もっと子どもたちの着替えとか要る?」
翔吾は子どもたち用の荷物をまとめていた。あと持っていくとしたら浮き輪くらいだろうか。ルネシアに聞くと、彼は曖昧に頷いた。翔吾は長年の付き合いだからその違和感になんとなく気が付く。
「ルネ?なんかあった?」
ルネシアは肩をすくめた。言いたくないことなのだろうか?と翔吾も困ってしまう。ルネシアはそんな彼に笑って見せた。
「夏の大冒険って言ったら聞こえはいいんだけど」
翔吾にはますますなんのことか分からない。
「ルネ、はっきり言ってよ」
「子どもたちがね」
ルネシアはトビアの波導に当然のことながら気が付いていた。トビアは上手く波長を隠すように波導を飛ばしてきたが、たった5歳の子どものやることだ。流石に気が付く。だがルネシアは特にそれを周りに言わなかった。逆に子どもたちの動向をそれとなく探ったのである。すると魔王城を壊す方向で話が盛り上がっていたのだ。ルネシアはそれを翔吾に話した。
「は?魔王城を壊す?あの小さい子たちだけで?」
「そうなの、本気みたいだよ」
ルネシアの言葉に翔吾は目を白黒させた。たった5.6歳の子が考えることだとは到底思えない。だが、ルネシアが自分に嘘をつくかというと有り得ない。というと真実だということになる。
翔吾はため息を吐いた。
「怒ってくる」
翔吾がそう言うと、ルネシアに全力で止められた。
「ちょっと待ってよ。親として子どもの成長を見守ってみない?僕たちは後ろからそっとついていく。どう?」
どうもこうもない、と翔吾は思ったが、ルネシアの表情を見て再びため息を吐いた。
「ルネ、子どもたちの行動が面白いなんて思ってないよね?」
「…え?思ってないよ」
ルネシアの表情はすっかりゆるんでいる。翔吾は改めて机に置いておいた剣を手にした。ここ、龍の里にいる時には滅多に触らない。だが、今は必要だと感じたのだ。
「うーん、俺ももういいおじさんだし、そろそろ戦いは引退って思ってたのに」
剣を見つめながら翔吾は言った。
「ショーゴってば何言ってるの?これからが本領発揮なんだから枯れたこと言わないでよね」
「おいおい」
ルネシアはのんびりしたものだ。全く動じていない。
「そろそろおやつの時間だし焼いておいたケーキ切ろうっと。ショーゴ、子どもたち呼んできて」
「分かったよ」
翔吾は腰に剣を差して子どもたちを探しに行った。翔吾たちが暮らしている屋敷の裏庭は子どもたちの遊び場になっている。わらが背丈ほど積み上げられており、子どもたちはそれを滑り台のようにして遊んでいる。歩いているとコツン、と足元で音がした。やれやれ、と翔吾は腰に手を当てる。当然手は剣に触れる。
「はっ!」
翔吾が無駄のない動きで剣を抜き払うと、プツンと場に同化していた糸が切れた。ズルズルと何かが滑り落ちてくる。
「わあぁ」
滑り落ちてきたのはシャナととびすけだ。
「何してんの?二人共?」
「とうさんに罠は通じないのか。勉強になるな、なあとびすけ」
「う、うん」
罠という言葉に翔吾は頭が痛くなってきた。
「シャナ、俺を罠に嵌めてどうするつもりだったんだ?」
「俺に稽古をつける約束をしてほしかったんだよ」
シャナが口を尖らせる。翔吾はそろそろか、と思った。
「分かった。旅行でいい子にしていたら稽古をつけてあげるよ」
「え!」
声を上げたのはとびすけである。
「どうしたの?トビア?」
翔吾は内心噴き出しそうだった。子どもたちはこう言われたらどうするだろうとおかしく思ってしまう。
「な、なんでもないよ。本当に」
とびすけはちらちらシャナを見ている。もう笑いをこらえるのは無理そうだったのでおやつだからと二人を屋敷に向かわせた。
(おかしいな、本当に)
翔吾は他の子たちも見つけて呼んだ。
「母さまのケーキ!」
女の子たちはきゃあきゃあ言いながら走っていく。
ルネシアと翔吾は久しぶりに屋敷に帰ってきていた。子どもたちもだ。二人がいない時はモアグリア王城都市にいる。翔吾とルネシアは、普段から外に出る用事が多い。子どもたちと一緒にいられる時はなるべくいようと二人は話し合っていた。ルネシアはケーキを切り分けると子どもたちに差し出していた。
「はい、どうぞ」
「いただきまぁす!」
子どもたちがフォークでケーキを切り分け、口に運ぶ。
「美味しい!」
マヨイが思わずといった様子で頬を押さえる。
「母さま、美味しいよ」
他の子どもたちも口々に美味しいと言いながら食べている。シャナを除いてだ。それがとびすけは心配だった。
「シャナ、どうしたの?」
ルネシアは優しく尋ねた。
「なんでもない」
あくまでも言わないつもりらしい。シャナはケーキにかぶりついている。
「美味い…」
「ふふ、良かった」
ルネシアはあ、そうそう、と大げさに言った。
「海に行くためには泊まりがけで行くからね。確か魔王城の近くの宿屋だったっけ?」
ぴくり、と子供たちが明らかに反応する。
「そうだよ。予約がなかなか取れなかったから。二晩泊まるんだ」
「その時は遊んでいていいのか?俺、野宿してみたいな」
「私たち良い子にしてるよ」
シャナとマヨイが畳み掛けるように言う。翔吾とルネシアはそっと目配せし合った。
「行きたいところがあるならちゃんと皆で計画を立てなさい」
「わかった!ごちそうさまでした!」
子どもたちが各自の食器を洗い、再び裏庭には走っていく。
「大丈夫かなぁ?」
翔吾は心配だったが、ルネシアは笑ってこう言った。
「大丈夫だよ」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
夫には愛人がいます
杉本凪咲
恋愛
ノピアは夫のフラットから使用人のように扱われていた。
ある時彼女はフラットの不貞の現場を目撃してしまい、彼を追及する。
しかし取り合ってもらえず、逆に殴られてしまうノピア。
困り果てた彼女は幼馴染のダンテに相談をするが……
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
侯爵様に婚約破棄されたのですが、どうやら私と王太子が幼馴染だったことは知らなかったようですね?
ルイス
恋愛
オルカスト王国の伯爵令嬢であるレオーネは、侯爵閣下であるビクティムに婚約破棄を言い渡された。
信頼していたビクティムに裏切られたレオーネは悲しみに暮れる……。
しかも、破棄理由が他国の王女との婚約だから猶更だ。
だが、ビクティムは知らなかった……レオーネは自国の第一王子殿下と幼馴染の関係にあることを。
レオーネの幼馴染であるフューリ王太子殿下は、彼女の婚約破棄を知り怒りに打ち震えた。
「さて……レオーネを悲しませた罪、どのように償ってもらおうか」
ビクティム侯爵閣下はとてつもない虎の尾を踏んでしまっていたのだった……。
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる