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文化祭
ミスコンとたこ焼き
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時は今から夏にさかのぼる。
僕の通う大平高校は、もうすぐ文化祭の準備が始まる。
高校に入って初めての文化祭だ。
何をするんだろう、なんて少し不安な気持ちと楽しみな気持ちがある。
ちら、と隣を見上げると、こちらを見つめられた。
「暑いな」
「そう、だね」
僕は慌てて視線を前に戻した。
なんだかこうして横に並んで一緒に歩くのも久しぶりだ。
中学生の時はこいつにあんなにべったりだったのに。
隣りにいる千尋は背が高くて、イケメンで、頭もいいと女子から評判がある。
男子からだって、(あいつはそうだよな)なんて納得されているくらいだ。
だから告白だってよくされるし、靴箱にラブレターなんて日常茶飯事だ。
でも当の本人ときたら、女の子やそういうことに全く興味がないらしい。
それでもまだ良かったのは、千尋が優しいことだ。
女の子に呼び出されればちゃんと行って断ってくる。男子も千尋がオーケーを出さないとわかりきっているので穏やかなものだ。
それより、他の少しかっこよくて女子にガツガツしている男子の方がよっぽど敵視される。
「加那、道ここであってんのか?」
「ここのはずだよ?」
文化祭の準備を始める前、僕達は文化祭実行委員なるものをクラスで決めた。
当然手なんて上がるわけもなく、見かねた先生がくじ引きをしたら、なんて提案をした。
そして、僕は当たりを引き当ててしまったのだった。
文化祭実行委員が嫌だったわけじゃない。
一緒にやるのが千尋じゃなければだけど。
僕達、実行委員は早速集められて、門の前にアーチを建てる話をされた。
必要かどうかはともかく、伝統だからと言われればやるしかない。
そして、その材料を僕たちが商店街に買いに来たというわけだ。
千尋が持っている地図を僕は覗き込んだ。
文房具屋さんは、この細い道を行ったところにあるらしい。商店街にあるとはとても言えないような場所にその店はあった。
「こっち」
僕は千尋を呼んで歩き出した。
千尋は素直に付いてくる。
(千尋ってば、相変わらず方向音痴だな。可愛い)
正直に言って、中学生の頃から、変わっていない千尋に少し嬉しさを感じていた。
千尋とちゃんと話さなくなってしばらく経つ。
(何いってんだよ、僕)
慌てて自分を諌める。
僕はもう、千尋を諦めたんだ。
気を引き締めて、文房具屋を探すと、すぐ見つかった。
中に入ると棚の上で小さい扇風機が回っている。涼しいとはとても言えなかったけど、ないよりはマシなのかな、なんて思う。
「いらっしゃい」
狭い店の奥に座っていたのは白髪のおばあさんだった。なんだかムスッとしているように見えて怖い。
「千代紙とケント紙が欲しいんですけど、あと」
全く気にせず千尋が言う。
勇気あるなぁ。こういう時に千尋がいると助かる。
おばあさんは少し考えているようだ。
そしてよろよろと立ち上がる。
大丈夫かな。
「大平のぼっちゃんたちね。息子から聞いてるよ」
よっこいしょ、とおばあさんが家に繋がっているらしい入り口にもたれかかる。
「シゲルー!ちょっとー!」
どうやらその息子さんを呼んだらしかった。
バタバタ、と音がする。
現れたのは気弱そうなお兄さんだった。
僕たちの制服を見て事情を察したらしい。
奥からダンボールを持って現れた。
「今年も文化祭のアーチ作るんだねー」
「あ、そうです」
にこにこと、声をかけられる。
「毎年ウチに注文してくれて助かるよー」
やっぱり不景気の波は強い。
返事に困っていると、お兄さんが箱の中身を確認し始めた。
「えーっと、ケント紙、千代紙、あとマジック、輪ゴム、うん、全部入ってるね」
言われた代金を支払う。
「ありがとうございました!」
千尋が何も言わずにダンボールを持ってくれた。
ちら、と見るとまた見つめ返される。
僕は気にしないことにして、先を歩き出した。
「加那」
千尋に声をかけられて、僕は立ち止まってしまった。
やってしまった。
「なあ加那?何をそんなに怒ってるんだよ」
「怒ってなんていないよ」
つい声がこわばる。これでは肯定したのと一緒じゃないか。
「加那、俺」
僕は振り返った。
千尋にこんな辛そうな顔をさせる権利なんて、僕にはない。
「千尋、一回しか言わない。よく聞いて?」
千尋に見つめられる。
「僕は千尋のこと、好きなんだ。気持ち悪いでしょ?」
千尋はしばらく黙っていた。
こうなることは想定内だ。
「加那」
静かに名前を呼ばれる。
何を言われるのか怖い。
「俺もお前が好きだ」
「は?」
何を言われたのかわからなかった。
今、すごくびっくりした気がする。
「千尋?」
「俺達、ずっと両想いだったんじゃないか」
そう呟かれて僕はようやく現状を認識した。
(ボクタチハリョウオモイ?)
「じゃあ千尋が今まで告白にOKしなかったのって」
「好きなやつがいるのにOKするわけない」
「えええ?」
この時人生で一番びっくりした。
僕達は学校に戻ってきていた。
講堂で女子生徒がダンスの練習をしていると誰かが言って、成り行きで見に行くことになった。
みんながなんだか浮かれている。
文化祭ってすごいなあ。
講堂では激しい音楽に合わせて踊っている女子がいっぱいいた。
あれだけ踊れるには相当練習が要りそうだ。
「あれ?文化祭のミスコンのポスターだ」
「グランプリにはたこ焼き一年分だって」
「いいなあ」
クラスでは明るいとされる男子三人組が呟いている。
「女子だけなんかずるいよね」
「え、これ女子だけなの?」
「ミスコンなんだから当たり前だろ」
そんなどうでもいいやり取りが続く。
「そうだ、本田っち、やればいいじゃん!」
「え?」
なんでこの流れで僕に話が飛んでくるの?
不思議に思っている間もなく、三人は盛り上がり始めた。
「本田っち、お母さんのお店で手伝ってるって言ってたじゃん」
「それはしてるけど」
それとミスコンに何の関係が?
僕の頭に疑問符が浮かぶ。
「本田っち普通に可愛いしいけるっしょ」
「どういうこと?」
まだ僕は事情が呑み込めなかった。
「女装して俺たちにたこ焼きを!」
「はあ?」
「あ、倉沢も頼むわ。お前、美人だしいけるって」
「何を言ってるんだ、お前ら。たこ焼きは俺達で食う」
流石に千尋も怒ったのかと思ったら違うベクトルだった。
「千尋!女装だよ?わかってる?」
「面白そうじゃないか」
意外とノリノリだった。
「じゃあ軽く申し込んでくる」
すたっと男子の一人が軽やかに申し込んでいる。推薦でもいいらしい。
いいのかなあ、これで。
まあ優勝なんてありえないよね。
なんて僕は軽く考えていた。
僕の通う大平高校は、もうすぐ文化祭の準備が始まる。
高校に入って初めての文化祭だ。
何をするんだろう、なんて少し不安な気持ちと楽しみな気持ちがある。
ちら、と隣を見上げると、こちらを見つめられた。
「暑いな」
「そう、だね」
僕は慌てて視線を前に戻した。
なんだかこうして横に並んで一緒に歩くのも久しぶりだ。
中学生の時はこいつにあんなにべったりだったのに。
隣りにいる千尋は背が高くて、イケメンで、頭もいいと女子から評判がある。
男子からだって、(あいつはそうだよな)なんて納得されているくらいだ。
だから告白だってよくされるし、靴箱にラブレターなんて日常茶飯事だ。
でも当の本人ときたら、女の子やそういうことに全く興味がないらしい。
それでもまだ良かったのは、千尋が優しいことだ。
女の子に呼び出されればちゃんと行って断ってくる。男子も千尋がオーケーを出さないとわかりきっているので穏やかなものだ。
それより、他の少しかっこよくて女子にガツガツしている男子の方がよっぽど敵視される。
「加那、道ここであってんのか?」
「ここのはずだよ?」
文化祭の準備を始める前、僕達は文化祭実行委員なるものをクラスで決めた。
当然手なんて上がるわけもなく、見かねた先生がくじ引きをしたら、なんて提案をした。
そして、僕は当たりを引き当ててしまったのだった。
文化祭実行委員が嫌だったわけじゃない。
一緒にやるのが千尋じゃなければだけど。
僕達、実行委員は早速集められて、門の前にアーチを建てる話をされた。
必要かどうかはともかく、伝統だからと言われればやるしかない。
そして、その材料を僕たちが商店街に買いに来たというわけだ。
千尋が持っている地図を僕は覗き込んだ。
文房具屋さんは、この細い道を行ったところにあるらしい。商店街にあるとはとても言えないような場所にその店はあった。
「こっち」
僕は千尋を呼んで歩き出した。
千尋は素直に付いてくる。
(千尋ってば、相変わらず方向音痴だな。可愛い)
正直に言って、中学生の頃から、変わっていない千尋に少し嬉しさを感じていた。
千尋とちゃんと話さなくなってしばらく経つ。
(何いってんだよ、僕)
慌てて自分を諌める。
僕はもう、千尋を諦めたんだ。
気を引き締めて、文房具屋を探すと、すぐ見つかった。
中に入ると棚の上で小さい扇風機が回っている。涼しいとはとても言えなかったけど、ないよりはマシなのかな、なんて思う。
「いらっしゃい」
狭い店の奥に座っていたのは白髪のおばあさんだった。なんだかムスッとしているように見えて怖い。
「千代紙とケント紙が欲しいんですけど、あと」
全く気にせず千尋が言う。
勇気あるなぁ。こういう時に千尋がいると助かる。
おばあさんは少し考えているようだ。
そしてよろよろと立ち上がる。
大丈夫かな。
「大平のぼっちゃんたちね。息子から聞いてるよ」
よっこいしょ、とおばあさんが家に繋がっているらしい入り口にもたれかかる。
「シゲルー!ちょっとー!」
どうやらその息子さんを呼んだらしかった。
バタバタ、と音がする。
現れたのは気弱そうなお兄さんだった。
僕たちの制服を見て事情を察したらしい。
奥からダンボールを持って現れた。
「今年も文化祭のアーチ作るんだねー」
「あ、そうです」
にこにこと、声をかけられる。
「毎年ウチに注文してくれて助かるよー」
やっぱり不景気の波は強い。
返事に困っていると、お兄さんが箱の中身を確認し始めた。
「えーっと、ケント紙、千代紙、あとマジック、輪ゴム、うん、全部入ってるね」
言われた代金を支払う。
「ありがとうございました!」
千尋が何も言わずにダンボールを持ってくれた。
ちら、と見るとまた見つめ返される。
僕は気にしないことにして、先を歩き出した。
「加那」
千尋に声をかけられて、僕は立ち止まってしまった。
やってしまった。
「なあ加那?何をそんなに怒ってるんだよ」
「怒ってなんていないよ」
つい声がこわばる。これでは肯定したのと一緒じゃないか。
「加那、俺」
僕は振り返った。
千尋にこんな辛そうな顔をさせる権利なんて、僕にはない。
「千尋、一回しか言わない。よく聞いて?」
千尋に見つめられる。
「僕は千尋のこと、好きなんだ。気持ち悪いでしょ?」
千尋はしばらく黙っていた。
こうなることは想定内だ。
「加那」
静かに名前を呼ばれる。
何を言われるのか怖い。
「俺もお前が好きだ」
「は?」
何を言われたのかわからなかった。
今、すごくびっくりした気がする。
「千尋?」
「俺達、ずっと両想いだったんじゃないか」
そう呟かれて僕はようやく現状を認識した。
(ボクタチハリョウオモイ?)
「じゃあ千尋が今まで告白にOKしなかったのって」
「好きなやつがいるのにOKするわけない」
「えええ?」
この時人生で一番びっくりした。
僕達は学校に戻ってきていた。
講堂で女子生徒がダンスの練習をしていると誰かが言って、成り行きで見に行くことになった。
みんながなんだか浮かれている。
文化祭ってすごいなあ。
講堂では激しい音楽に合わせて踊っている女子がいっぱいいた。
あれだけ踊れるには相当練習が要りそうだ。
「あれ?文化祭のミスコンのポスターだ」
「グランプリにはたこ焼き一年分だって」
「いいなあ」
クラスでは明るいとされる男子三人組が呟いている。
「女子だけなんかずるいよね」
「え、これ女子だけなの?」
「ミスコンなんだから当たり前だろ」
そんなどうでもいいやり取りが続く。
「そうだ、本田っち、やればいいじゃん!」
「え?」
なんでこの流れで僕に話が飛んでくるの?
不思議に思っている間もなく、三人は盛り上がり始めた。
「本田っち、お母さんのお店で手伝ってるって言ってたじゃん」
「それはしてるけど」
それとミスコンに何の関係が?
僕の頭に疑問符が浮かぶ。
「本田っち普通に可愛いしいけるっしょ」
「どういうこと?」
まだ僕は事情が呑み込めなかった。
「女装して俺たちにたこ焼きを!」
「はあ?」
「あ、倉沢も頼むわ。お前、美人だしいけるって」
「何を言ってるんだ、お前ら。たこ焼きは俺達で食う」
流石に千尋も怒ったのかと思ったら違うベクトルだった。
「千尋!女装だよ?わかってる?」
「面白そうじゃないか」
意外とノリノリだった。
「じゃあ軽く申し込んでくる」
すたっと男子の一人が軽やかに申し込んでいる。推薦でもいいらしい。
いいのかなあ、これで。
まあ優勝なんてありえないよね。
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