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一話

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次の日の朝、いつものように図書準備室に入った。そこは、図書室に隣接している小さな部屋だ。
僕はいつもここに自分の荷物を置いている。
これから職員室で朝の連絡を聞く。
準備室にカギをかけて、僕は職員室に向かった。生徒は来ないと思うけど、そうするよう決められている。

「えーと、新入生が入って来て、他の生徒たちも少し浮ついているようです。生徒のケガなどないように気を付けてください」

そんな感じのことを教頭が二、三個言って連絡は終わったようだった。
今はまだ四月。僕も正直に言うと、今年の二月に入ったばかりだから、他の先生の名前をようやく覚えてきたくらいだ。(二月に入ったのは前任の先生と引き継ぎがあったからだ)


「本田先生?今日お時間ありますか?」

僕に話しかけてきたのは若い女性の先生だった。僕より若そうだ。新任の先生だろう。四月ももう半ばだし、生徒のことでいろいろありそうだな。

「なにかありましたか?」

彼女はそっと周りを窺ってから僕を見た。言いにくいことなのかな?

「実は、私のクラスで少し不安定な子がいて、保健室も今は荒れているから、あまり行かせたくないんです。その子、桐谷きりたにくんっていうんですけど、本田先生になら話せるからって」

確かに保健室には教室に行きにくいという子が学年を問わず沢山いる。中には不良のような子がいるのも事実だ。
不安定な子にそれはきついかもな。

僕も学生時代はよく保健室に行ったっけ。あの時はそんなことがなかったからきっと恵まれていたんだろうな。

「わかりました。僕も午前は本の片づけくらいなんで来てもらって構わないですよ」

「ありがとうございます」

彼女の名前は確か、ゆかり先生といったっけ?
彼女は今年度、初めてクラスを受け持ったんだそうだ。入学式の時、すごく緊張していたっけ。

僕も少しはみんなの役に立ちたい。
図書室で掃除と貸し出された本の確認をしていたら、小柄な子が顔をひょっこり覗かせた。
遠目から見ただけでも綺麗な子だなとわかる。
艶のある黒い髪の毛にすこしウェーブがかかっているし、どことなくお姫様みたいだ。


制服から男の子だとわかる。

僕もそういう時期があったなあ。思春期の時はそんな外見の自分が、すごく嫌だった。

「先生?入ってもいいですか?」

舌足らずな口調で言われて、僕は頷いた。
まだ声変わりもしていないらしい。
ますます可愛い。

「中で好きな本を読んでいて。ここを掃除をするから」

「僕も手伝います」

「ありがとう」

二人で掃除をすると早かった。

「 つき!」

ガララとドアが勢いよく開いて、もう一人男の子が入ってきた。慌てて追いかけてきたらしい。
またこの子もかっこいい子だ。
日に焼けてたくましそうに見える。スポーツをやってるのかな。
なんだか、昔の千尋を思い出す。

「 航太こうたくん」

この子が月くんっていう名前なんだと思って僕は黙って二人を見つめた。

「どうして今日はここにいるんだよ!俺と教室行こう」

「僕、どうしても加那先生に聞きたいことがあるの」

「こいつに?」

じろっと航太くんに睨まれる。こいつって言われた。
ちょっとショックだ。

「加那先生ならきっとわかると思う。だって、本の先生だもん」

にっこり月くんに言われて僕は困ってしまった。
僕にわかることならいいんだけど。

「月がそうしたいならそうしろ。
俺はいつでも待ってる」

ぎゅうと航太くんは月くんを優しく抱きしめた。
嬉しそうに月くんが笑っている。
うん、わかった。
この二人、ラブラブだ。絶対付き合ってる。

これ、昔の僕と千尋だ。
改めて見ると十代ってすごい。全然周りが見えてない。今から思えば恥ずかしいなぁ。いろいろしちゃったし。

「先生、月に変なことしたら許さないからな」

じろっと航太くんは僕を睨んで凄んだ。
うう、怖い。

「大丈夫、約束するから」

そう言うと航太くんはやっと図書室を出て行った。ホームルームの予鈴が鳴っている。

「月くんっていうんだね?」

彼にそう尋ねると、月くんはふふっと笑った。

「航太くんはそう呼ぶんだ。でも僕の本当の名前は ゆえる。桐谷ゆえる」

今時流行りのキラキラネームか。
絶対読めない。

「ゆえるくんはどうしてここに来たかったの?」

「うん。本のことで気になってることがあるの。そしたら具合がどんどん悪くなっちゃって」

どうやら彼は、しばらく学校を欠席していたらしい。
今日は久しぶりの登校だそうだ。

「気になってること、話してくれる?」

僕は彼に座るように示して、僕も対面に座った。

「あのね、おばあちゃんが死んじゃって。僕、おばあちゃんが大好きだったんだ。
それでおばあちゃんにいつも読んでもらっていた本を見つけたいの」

「その本はもうないの?」

「一緒に棺に入れたってお母さんが言ってた。うんとね、おばあちゃんが亡くなったのはもう八年くらい前なの」


それなら忘れていても無理はない。ゆえるくんは四歳くらいだ。
でもなんで今になって?
ゆえるくんが目を伏せるとまつげの長さがよく分かる。

「最近、おばあちゃんの遺言がお部屋で見つかったの。
遺言に書いてあったんだ。
僕にいっぱい本を読んでくれって。
だから僕もそれに応えたい。おばあちゃんに一番読んでもらった本のことを知りたいんだ」

彼の決意は固いようだった。
なるほどな、と僕は思った。
でも該当する本がこの小さな図書室にあるかは定かじゃない。
少し捜索範囲を広げるか。

「どんな内容だったか覚えてる?」

「うん。サンタさんのお話。絵本なのに漫画みたいだった。すごく絵がきれいなの」

そういう本は山ほどある。
クリスマスの絵本は特にそうだ。
僕は彼の腕をそっと掴んだ。
目を閉じる。

「加那先生?」

ゆえるくんが不安そうな声を上げる。僕は目を開けた。彼に笑いかける。
彼の記憶はとてもぼんやりしていた。無理もないか。まだ小さかったし。
でもわかることもある。その本を読んでもらってどれだけ楽しかったか。
嬉しかったか。

「君はおばあちゃんが本当に好きだったんだね」

「うん。毎日たくさん本を読んでもらった」


それなら絶対探してあげたい。本が好きな子を僕は応援する。

「加那先生に話したら少し落ち着いたよ。僕ってのろまだからみんなの足を引っ張っちゃうんだ」

「大丈夫だよ。君のペースで」

僕もそう言われて育った。それがどれほど僕の助けになったか。
一時限の授業が終わるチャイムが鳴る。
あっという間だったな。

「加那先生、ありがとう。僕、教室に行くね」

「うん。またいつでもおいで」

「うん」

ゆえるくんの探している絵本か。少し調べてみよう。
そして僕は気が付いた。
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