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一章

六話・事件

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「シン!大変なんだ!」

ノックをしながらサーラは叫んだ。シンも只事ではないと感じたのだろう。すぐに部屋へ招き入れてくれた。ここはシンの書斎である。英雄の冒険譚から野菜の作り方まで様々な本が棚に並べられている。サーラはシンに抱き着いていた。先程見た無惨な死体を思い出すと酸っぱい物がせり上がってくるような嫌な感覚を覚える。

「サーラ、大丈夫?顔が真っ青」

「賊が殺られた」

「はい?」

シンの反応は当然だろう。もどかしかったがサーラは順を追って説明した。

「サーラ、力を使ったんだね?」

「ナオが心配だったんだ」

シンから力を使う時は相談してからにして欲しいとサーラは頼まれていた。だが居ても立っても居られなかったのだ。

「今頃ナオたちも死体を見つけてると思うよ」

「私は犯人を見ている」

「影だけね」

シンの的確な指摘にサーラは声を詰まらせた。その通りなのだ。せっかく力を使ったのに、ナオの力になれない。こんなに歯痒いことがあるだろうか。

「シン、私はどうしたらいい?」

「とりあえずナオに事情を話そう。巨大な影だったんでしょ?」

「ああ。確か大木くらいはあったな」

それは…とシンが呟く。

「シン?」

「もしかしたら神々かもしれないね」

「神々?」

アデスとイリシアには未だに神々が存在するとされている。不思議なことがままあるのもこの国で言えば、神々がいるからという一言に尽きる。人間を装い、彼らは静かに暮らしているという認識がアデスとイリシアの両国民の暗黙の了解だ。

「とりあえず、ナオに連絡してみる。サーラはもう休んで」

「でも…」

サーラが食い下がるとシンに優しく頭を撫でられる。

「サーラ、自分じゃ気が付いてないかもしれないけど、結構疲れてるよ。明日から飾り作りに行きたいんでしょ?ブドウの収穫だって結構大変なんだからよく休んでおかないと」

「あ、あぁ」

シンのことだ。自分をこれ以上この件に関わらせてくれないだろう。サーラはとぼとぼ寝室に戻って着替えをした。今頃ナオは…そう思うと気持ちが暗くなる。そんなのは自分らしくない、とサーラは頭を振った。もう寝てしまおう。朝になれば少し気持ちがマシになっているかもしれない。サーラはベッドに潜り込んだ。目を閉じると凄惨な現場がありありと思い浮かぶ。あの時は血の匂いがした。はっきり思い出せる。
もし犯人が神々だとして、何故あそこまでしなければならないのか。モヤモヤ考えていたが、サーラの体力はそこで尽きたのだった。
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