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「きめるー!」
聖域に入ると向こうからソータが駆け寄ってくる。前聖女も後ろからやってきた。キメルはリョクシュが降りやすいよう体を低める。リョクシュは隙なく地面に降り立った。
「おじいちゃんが、りょくしゅ様?」
「そうだよ、本当に可愛らしいね。ソータちゃん」
よいしょ、とリョクシュがソータを抱える。キメルはリョクシュに鼻先を近付けた。ソータに変なことをしたら頭を噛み砕いてやる、そう思ったのだ。
「きめる、なんで怒ってるの?おやつがたべたいの?」
ソータに不思議そうに問われればキメルも大人しく引き下がるしかない。その様子をリョクシュと前聖女が微笑みながら見つめていた。
「ソータちゃん、今日は君の魔法を見に来たんだよ。君が次の聖女に相応しいかどうか、私に見せておくれ」
ソータは杖を握ってこくり、と頷いた。キメルはずっとソータの修行を見てきている。少しずつだが確実にソータの魔法は洗練されてきている。ソータは目を閉じた。
「水よ…我願う…その形を成せ」
ソータの詠唱は短い。そして発動までの時間が短い。キメルははじめそれを見て、彼女ならば聖女になれると確信した。ソータの周りを水が囲み、鋭い刃のような形状を成す。
「いけ!アクアレイ!!」
ソータの狙いは木にかかっている的だ。水の刃が全て的に刺さる。リョクシュが感嘆のため息をついたのがキメルにも分かった。リョクシュは思わずといった様子でソータに駆け寄る。
「ソータちゃん、君はすごい子だ。君なら立派な聖女にきっとなれる!」
ソータは困ったようにはにかんでいた。それで良かったのだろうか、とキメルは今更ながら思ってしまう。キメルは目を開けた。首に鎖が巻き付いていて動けそうにない。体が異様に重たいのだ。
「ブル…」
魔法も使えない。これでは意思を伝えることも出来ない。ソータ…とキメルは無意識に呼び掛けていた。
✢✢✢
「パペ?星時計を隠すってどこに?」
パペが呪文を唱えると同じ形をした星時計が複数現れた。ソータは驚いてそれに顔を近付ける。目利きの出来るソータすら惑わせる複製にパペは頷いてみせた。
「これだけあれば敵を混乱させることが出来るはず。でも本物はソータナレア様、貴女がお持ちください」
「わ、私が持つの?」
「貴女はお強い。きっと守り切れます」
「わ、私…やられちゃったのに」
ソータは未だに敗北を引きずっていた。負けるのは初めてのことだったのだ。世界は広いということを痛感させられた。パペに手を取られて星時計を手渡される。確かに本物だ。
「ソータナレア様、貴女はキメル様に言ったでしょう?やられっぱなしではいられないと」
ソータは顔が熱くなった。分かってはいたが、パペは全てを把握している。ソータはカチコチになりながら頷いた。
「う、うん。このまま負けてるのは悔しい」
「ですから、本物はソータナレア様がお持ちにならなければ」
「う、うん」
パペに上手に丸め込まれたような気がするが、ソータは最終的に受け入れた。
「複製は誰が持つの?」
「色々な方にお願いするつもりです。タイタンはきっと星時計を探しにここまで来ます」
「負けられないね!」
ソータは自分を鼓舞した。そうでもしないと、自分に負けそうだった。
「問題はソータナレア様が言っておられた妙な力ですね」
「わ、私は油断したわけじゃないの。信じてくれる?」
「もちろんですとも。ソータナレア様が油断するなど有り得ませんからね」
パペが信じてくれて、ソータはホッとした。
「あの扇子…」
「扇子?」
パペが首を傾げる。
「パペ、要らない無地の紙とペンある?」
パペが大きめのメモ帳とペンを差し出してくれた。ソータは記憶を頼りにあの時の扇子のイラストを描いた。
「こういう扇子を使っていたの」
パペが固まる。おそらくシヴァに知らせているのだろう。
「シヴァ様によれば一種の呪いの可能性があると」
「呪い?それがあの力の正体?」
パペがため息を吐く。
「厄介ですね、人の怨恨は死んでも続く場合がありますから」
やはりタイタンに属する者ははただ者ではない。
「パペ、私たちでタイタンを迎え討とう、キメルが危なくないように」
「はい、そうですね」
ふとキメルの声が聞こえた気がした。ソータの胸にざわりと靄がかかったような不安が襲いかかってくる。
「キメル、大丈夫かな?」
ソータは心配になった。キメルに思念を送ろうとしたが上手くいかない。何かキメルの身に良くないことが起こっている。ソータは感じ取っていた。
「私、キメルを探しに行く!」
「ソータナレア様?!」
パペの制止も振り切り、ソータは寮を飛び出していた。だが、今はキメルがどこにいるかも分からないのだ。雨がポツポツ降ってくる。ソータは情けなくなって泣き出した。
「ソータ、風邪を引くよ」
ソータが顔を上げると、傘をさした鬼がいた。彼の腕に抱えられる。
「キメルが危ないのです。助けに行かなくちゃ」
ソータの言葉に鬼は何を言おうか考えているようだった。
「キメル兄様は特別だからなぁ。多少やばくても大丈夫」
「でも…」
「ソータがここで風邪を引いたらタイタンを迎え撃つことも不可能になるよ」
ソータはハッとなった。その通りである。
「ごめんなさい」
「とりあえず部屋に戻って体を温めようね。僕は今日スープを作りたかったんだ」
鬼はそう言って色とりどりの野菜を見せてきた。
「スープ…大好きなのです」
鬼はソータを抱えたまま寮に向かって歩き出した。
「ソータナレア様!!」
パペが駆け寄ってくる。さすがに傘は差していたがよほど慌てていたのか服が濡れている。
「無事で良かった。鬼様、ありがとうございます」
「うん、大丈夫だよ」
「パペ、心配をかけてごめんなさい」
「お気持ちはよく分かります、それに私が不安にさせてしまったのですよね。申し訳ありません」
「パペは謝らなくていいんだよ」
ソータが慌てて言うと、彼はいいえと、首を横に振った。
「私はソータナレア様を愛していますから。大事な人を傷つけるなんて許されません」
「パペ」
ソータはパペの端正な顔を見つめた。
「皆はどうして私に優しくしてくれるの?」
ソータはずっと疑問に思っていた。
「んー、可愛いからかな」
鬼が言う。
「顔がってことですか?」
パペと鬼が同時に首を横に振る。
「それは違います。なんていうのでしょうか…」
「うーん、大きく括るなら雰囲気かな?」
「雰囲気?」
ソータはピンとこなかった。とりあえず着替えておいでと鬼に言われ、ソータは部屋着を着た。水色の手触りがいいワンピースだ。シヴァからプレゼントしてもらった。鬼が狭い台所を器用に使い、温かな野菜スープを作ってくれた。
「わ、美味しい」
「美味しいのです」
鬼は二人を見つめてニコニコ笑っている。
「そうだ、パペ。僕が星時計の複製を持とうか?」
「それは有り難いです!鬼さま程の力があれば安心できます」
「キメル兄様はきっと大丈夫だよ」
ソータは鬼の言葉を信じることにした。タイタンを絶対に倒す、そう誓って。
聖域に入ると向こうからソータが駆け寄ってくる。前聖女も後ろからやってきた。キメルはリョクシュが降りやすいよう体を低める。リョクシュは隙なく地面に降り立った。
「おじいちゃんが、りょくしゅ様?」
「そうだよ、本当に可愛らしいね。ソータちゃん」
よいしょ、とリョクシュがソータを抱える。キメルはリョクシュに鼻先を近付けた。ソータに変なことをしたら頭を噛み砕いてやる、そう思ったのだ。
「きめる、なんで怒ってるの?おやつがたべたいの?」
ソータに不思議そうに問われればキメルも大人しく引き下がるしかない。その様子をリョクシュと前聖女が微笑みながら見つめていた。
「ソータちゃん、今日は君の魔法を見に来たんだよ。君が次の聖女に相応しいかどうか、私に見せておくれ」
ソータは杖を握ってこくり、と頷いた。キメルはずっとソータの修行を見てきている。少しずつだが確実にソータの魔法は洗練されてきている。ソータは目を閉じた。
「水よ…我願う…その形を成せ」
ソータの詠唱は短い。そして発動までの時間が短い。キメルははじめそれを見て、彼女ならば聖女になれると確信した。ソータの周りを水が囲み、鋭い刃のような形状を成す。
「いけ!アクアレイ!!」
ソータの狙いは木にかかっている的だ。水の刃が全て的に刺さる。リョクシュが感嘆のため息をついたのがキメルにも分かった。リョクシュは思わずといった様子でソータに駆け寄る。
「ソータちゃん、君はすごい子だ。君なら立派な聖女にきっとなれる!」
ソータは困ったようにはにかんでいた。それで良かったのだろうか、とキメルは今更ながら思ってしまう。キメルは目を開けた。首に鎖が巻き付いていて動けそうにない。体が異様に重たいのだ。
「ブル…」
魔法も使えない。これでは意思を伝えることも出来ない。ソータ…とキメルは無意識に呼び掛けていた。
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「パペ?星時計を隠すってどこに?」
パペが呪文を唱えると同じ形をした星時計が複数現れた。ソータは驚いてそれに顔を近付ける。目利きの出来るソータすら惑わせる複製にパペは頷いてみせた。
「これだけあれば敵を混乱させることが出来るはず。でも本物はソータナレア様、貴女がお持ちください」
「わ、私が持つの?」
「貴女はお強い。きっと守り切れます」
「わ、私…やられちゃったのに」
ソータは未だに敗北を引きずっていた。負けるのは初めてのことだったのだ。世界は広いということを痛感させられた。パペに手を取られて星時計を手渡される。確かに本物だ。
「ソータナレア様、貴女はキメル様に言ったでしょう?やられっぱなしではいられないと」
ソータは顔が熱くなった。分かってはいたが、パペは全てを把握している。ソータはカチコチになりながら頷いた。
「う、うん。このまま負けてるのは悔しい」
「ですから、本物はソータナレア様がお持ちにならなければ」
「う、うん」
パペに上手に丸め込まれたような気がするが、ソータは最終的に受け入れた。
「複製は誰が持つの?」
「色々な方にお願いするつもりです。タイタンはきっと星時計を探しにここまで来ます」
「負けられないね!」
ソータは自分を鼓舞した。そうでもしないと、自分に負けそうだった。
「問題はソータナレア様が言っておられた妙な力ですね」
「わ、私は油断したわけじゃないの。信じてくれる?」
「もちろんですとも。ソータナレア様が油断するなど有り得ませんからね」
パペが信じてくれて、ソータはホッとした。
「あの扇子…」
「扇子?」
パペが首を傾げる。
「パペ、要らない無地の紙とペンある?」
パペが大きめのメモ帳とペンを差し出してくれた。ソータは記憶を頼りにあの時の扇子のイラストを描いた。
「こういう扇子を使っていたの」
パペが固まる。おそらくシヴァに知らせているのだろう。
「シヴァ様によれば一種の呪いの可能性があると」
「呪い?それがあの力の正体?」
パペがため息を吐く。
「厄介ですね、人の怨恨は死んでも続く場合がありますから」
やはりタイタンに属する者ははただ者ではない。
「パペ、私たちでタイタンを迎え討とう、キメルが危なくないように」
「はい、そうですね」
ふとキメルの声が聞こえた気がした。ソータの胸にざわりと靄がかかったような不安が襲いかかってくる。
「キメル、大丈夫かな?」
ソータは心配になった。キメルに思念を送ろうとしたが上手くいかない。何かキメルの身に良くないことが起こっている。ソータは感じ取っていた。
「私、キメルを探しに行く!」
「ソータナレア様?!」
パペの制止も振り切り、ソータは寮を飛び出していた。だが、今はキメルがどこにいるかも分からないのだ。雨がポツポツ降ってくる。ソータは情けなくなって泣き出した。
「ソータ、風邪を引くよ」
ソータが顔を上げると、傘をさした鬼がいた。彼の腕に抱えられる。
「キメルが危ないのです。助けに行かなくちゃ」
ソータの言葉に鬼は何を言おうか考えているようだった。
「キメル兄様は特別だからなぁ。多少やばくても大丈夫」
「でも…」
「ソータがここで風邪を引いたらタイタンを迎え撃つことも不可能になるよ」
ソータはハッとなった。その通りである。
「ごめんなさい」
「とりあえず部屋に戻って体を温めようね。僕は今日スープを作りたかったんだ」
鬼はそう言って色とりどりの野菜を見せてきた。
「スープ…大好きなのです」
鬼はソータを抱えたまま寮に向かって歩き出した。
「ソータナレア様!!」
パペが駆け寄ってくる。さすがに傘は差していたがよほど慌てていたのか服が濡れている。
「無事で良かった。鬼様、ありがとうございます」
「うん、大丈夫だよ」
「パペ、心配をかけてごめんなさい」
「お気持ちはよく分かります、それに私が不安にさせてしまったのですよね。申し訳ありません」
「パペは謝らなくていいんだよ」
ソータが慌てて言うと、彼はいいえと、首を横に振った。
「私はソータナレア様を愛していますから。大事な人を傷つけるなんて許されません」
「パペ」
ソータはパペの端正な顔を見つめた。
「皆はどうして私に優しくしてくれるの?」
ソータはずっと疑問に思っていた。
「んー、可愛いからかな」
鬼が言う。
「顔がってことですか?」
パペと鬼が同時に首を横に振る。
「それは違います。なんていうのでしょうか…」
「うーん、大きく括るなら雰囲気かな?」
「雰囲気?」
ソータはピンとこなかった。とりあえず着替えておいでと鬼に言われ、ソータは部屋着を着た。水色の手触りがいいワンピースだ。シヴァからプレゼントしてもらった。鬼が狭い台所を器用に使い、温かな野菜スープを作ってくれた。
「わ、美味しい」
「美味しいのです」
鬼は二人を見つめてニコニコ笑っている。
「そうだ、パペ。僕が星時計の複製を持とうか?」
「それは有り難いです!鬼さま程の力があれば安心できます」
「キメル兄様はきっと大丈夫だよ」
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