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「ブル…」

「あれぇ?キメル?私、旅に出てたような…」

キメルが頭を擦り付けてくる。久しぶりの感覚にソータは嬉しくなって彼に抱き着いた。聖域の森に久しぶりに帰ってきたような気がするが、先程まで見ていたものは全て夢だったのかと、落胆するような気持ちがある。すごく楽しい、ずっとそんな気持ちだったのに。

「ブルル…」

キメルは夢じゃないとソータに告げた。ソータはそこではっと、気が付いた。

「あ…」

体が痛い。痛くて全く動かせなかった。声も出せない。喉がカラカラで思い切り咳き込んだ。咳をするだけで体が痛くて泣きそうになってしまう。目元に涙がじわっと溜まった。

「ソータ、無理だよ。まだ動くな」

エンジが親指でそれを拭ってくれる。

「ソーちゃん無理し過ぎ」

ソータはやっとそこで思い出した。自分の魔力を全て使い、船を無理やり飛ばしたのだ。あの時はそれが最善の策だと思っていたが、今になって考えてみると自信がない。
エンジが頭を優しく撫でてくれた。

「ソータ、今は休もう。お金なら護衛の報酬でがっぽりもらったから心配しなくていい」

「エンジが上手に駆け引きしたからね」

ソータはそれにホッとした。自分の体を改めて確認する。魔力はもうしばらくしたら元通りになるだろう。だが、ダメージを受けてしまった体を治すのにはまだ時間が掛かりそうだ。

「し…」

シオウ様と言いたかったが声にならない。喋れないのには参ってしまう。

「あー、そっか。声が出ないのか」

エンジはこういう時にすぐ察してくれる。筆談も無理そうだなと彼は呟いた。

「ソータは思念伝播の魔法は使えないのか?魔力は戻ってきてるみたいだし」

その手があったか、とソータはこくこく頷いた。

「なんで他人の魔力量が分かるんだよ」

レントに尋ねられて、エンジがため息を付く。

「付けたくて付けたスキルじゃないんだよ。これ以上聞かないでくれ」

「ふーん」

ソータはゆるゆる自分の左手をエンジの手に乗せた。その瞬間、ソータの気持ちがぶわあっとエンジの頭の中に流れ出したらしい。エンジは慌てた様子でソータを止めた。

「ソータ!ちょっと待て。君が怖かった気持ちはよく分かるけど!!」

ソータはぼろぼろ涙を流していた。怖くて怖くてたまらなかった。誰かを失うかもしれないと、あの時は本気で思った。そんなのは絶対に嫌だった。無茶は承知だったのだ。まさか結果がこうなるとは予想だにしなかったが。

「ソータさん!」

誰かが部屋に入ってくる。シオウだ。

「よかった。目が覚めたんですね」

ソータはエンジにまたぶわっと感情を溢れさせる。

「分かったよ、ソータ。落ち着いて。シオウ、レイモンド氏は?」

「先生は反省しています。ソータさんが自分の身を顧りみずにみんなを助けてくれたのを見て恥ずかしいって」

「へー、あのへんくつじじいがね」

「こら、レント!」

シオウがふふ、と笑う。

「いいんだよ、その通りなんだから」

「シオウ、君、なんか性格変わってないか?」

エンジがジト目でシオウを見つめている。シオウが首を横に振った。

「そんなことないよ。私はこんなものさ。それで、お願いがあって来たんだけど」

「ソータにお願いだってさ」

エンジがソータの頭を撫でながら言うので、ソータはシオウを見つめた。

「私も君たちの旅に同行させて欲しいんだ。これからは私の研究や調査をメインに動きたくて、可能かな?」

エンジがシオウの手を掴んでソータの手を握らせる。
ソータの気持ちはまた溢れ出した。

「わわ!ソータさん!色々思ってくれてるんだね?!思念伝播の魔法がこんなにクリアに聞こえるなんて知らなかったよ」

「ソータの魔法の腕前は超一流だからなぁ」

「うん、本当に。助けてくれてありがとうございました、ソータさん」

シオウが頭を下げる。ソータはまた気持ちを溢れさせてシオウを慌てさせた。

「ソータさん、落ち着いて。泣かないで!!」

それからしばらくエンジたちと雑談をした。みんなでこうしてわいわい出来て嬉しい。

「ソータ、そろそろ面会時間が終わるから俺達は帰るよ。ゆっくりするんだぞ」

ソータはエンジの手に自分の手を載せた。思念伝播の魔法がこんなに便利だとは知らなかった。

「はは、分かった分かった。ん、ソータの手は小さいな。また明日」

エンジに頭を撫でられてソータは笑った。

「ソーちゃん、また明日ね!」

「ソータさん、よく休んでください」

レント、シオウにもソータは笑いかけた。みんな大好きな仲間である。医師の問診を受け、ソータは思念伝播で医師に自分の状況を説明した。

『自分は大丈夫なのです!!』と。
医師はその勢いに引き気味だった。人とのコミュニケーションはまだ難しい、とソータは思う。その後、看護師が食事を食べさせてくれて、ソータの体は随分回復した。

「あ、あ、声出る!!」

夜、まだ掠れているが声を出せることにソータは喜んだ。体もなんとか起こせた。

「ホー」

「あ、来てたんだね」

ぴょんっとふくろうがソータの肩に留まり、体を擦り寄せてくる。足首には手紙が括り付けられている。

「ホー」

「え?サラ先輩にエンジ様が伝えたの?」

「ホー」 

ソータは慎重に手紙を外した。広げて読んでみる。

「大丈夫か?ニュースになっていたから心配になった。無理するなよ!サラ」

「ニュース…?」

ソータはしまった、と思った。自分が聖女であることはまだ知られていないが、時間の問題である。お忍び任務なので、目立つのは極力、避けなければならない。

「ね、力を貸してくれる?」

「ホ!」

ふくろうはそのために来たとばかり胸を張った。このふくろうは人間に幻覚を見せるのが得意である。ソータの友達の中では古参だ。

「船を浮かばせたのは魔導士の男の子ってみんなの記憶を書き換えられる?」

さすがに船を浮かばせたという派手な事象を人の記憶から消すのは無理だ、とソータは判断した。だが、その浮かばせたという人物の性別くらいなら書き換えることが出来るはずだ。

「ホー」

ふくろうが余裕とばかりに鳴く。彼は翼を広げた。幻覚は時間をかけて、じっくり染み込ませる必要がある。

「ありがとう」

ソータは安心して、再び目を閉じた。先程まで意識を失っていたが、眠気はある。ソータはいつの間にか眠っていた。ソータの意識はまた聖域のある森にある。

「キメル、私ね色々な人に会ったの!」

「ブルル」

キメルが嬉しそうにしてくれて、ソータも嬉しかった。休め、とキメルに諭されてソータはキメルの体に寄りかかった。キメルもその場に座る。

「ん、せっかくキメルに会えたのにめちゃくちゃ眠たい」

「ブル…」

ソータは意識を飛ばしていた。夢も見なかった。
目を覚ますと朝だった。ソータは体の様子を確認した。

「治ったー!!」

体の痛みが随分軽減している。声もほとんど元通りになっていた。

「ホ!」

「あ、書き換え成功?ありがとう」

得意げなふくろうにソータは笑った。
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