Contrail

チギラ アキ

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1:予期せぬ訪問者

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 ピンポーーン。不意の玄関チャイムの音。

(ーー……?)

 一人暮らしの部屋に訪れる人、少なし。朝の日射しがじりじりと勢いを増す中、藤崎けいはまだベッドの中で、微睡まどろんでいた。

(……七時二十分。いや、誰か知んねェけど、絶対部屋間違ってるって……)

 けいはそう決め込んで居留守を試みた。

 ピンポーーン。ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン。

(……イラッ)

 朝っぱらから玄関チャイムを連打され、けいは切れ気味に玄関へ向かった。

「近所迷惑でしょうがっ?」

 ドアチェーン越し、誰か分からない相手に向かってじとりと抗議した。

「…………」

 目の前の相手は本当に知らない奴だった。

「…………」

 大きな瞳を真ん丸くさせ、食い入るようにこちらを見ていたが、ふっと目元を緩ませ、「初めまして、お兄さん」と人懐こい笑顔を見せた。





 けいが中学生の頃、修学旅行でとった行動は、その波紋のように色々な人に影響を与えた。

 まず母によって学校が知るところとなり、けい以外にも恋人同士カップル別行動デートをしていた事が発覚し、炙り出された生徒たちとけいと行動を共にした友人も反省文を提出するに至った。

 後日改めて母と共に友人二人の家を訪ね、ご両親に頭を下げた。

 ことここに至って何故母にバレたのかと言うと、けいが予想だにしなかった第三者の行動が鍵となった。けいの遺伝子上の父、井浦賢介の存在である。

 賢介は自分にとって都合の良い或る可能性に期待して、興信所に依頼し、けいの母である聡子の所在を探し出した。そして探偵を仲介役に接触コンタクトはかってきたのだ。

 この波及もけいにとっては予想外だった。まさか父が自分たちに関心を示すとは思わなかったのだ。

 父の申し入れは養育費を支払う事とけいの近況報告をけい自身の言葉で手紙にしたためる事だった。

 親子は今までタブー視してきた事柄についてやっと語り合った。

 母自身、地元の政治家一族、都倉家の私生児として肩身の狭い思いをずっとかかえて生きてきた為、けいは父親の存在を抹消されていた。

 だが母は息子に父親を返す決意をした。それ以来、けいは父と文通を続けている。

 其の父の息子ということは、けいにとっては腹違いの弟ということになる。

(……シエェェーーーー!! ヤバい。死語が飛び出た……)

 本宅の家族のことは何も知らされていなかった為、してや相見あいまみえる時が来るなどと誰が想像出来ようか、「…………」けいは思わず自身の頬をつねって痛くないことを祈った……。





「いっただっきま~~す♪」

 大川内おおこうちあきらは満面の笑みで合掌する。

の、朝からのハイテンションは十代である所以ゆえんか……? 単なる気質の違いか……)

 衝撃的な朝を迎えたけいは少々グロッキー気味に目の前の愛らしい弟を眺めた。

 つぶらな瞳に華奢な体躯からだクールというより女の子ラブリーという方がしっくりくる。パクパクと美味しそうに食べる其の食パンが最後の一枚だとて、何ら後悔を感じないほどけいすでに兄バカになっていた。

(いや、彼は経済的に支援して貰っている本家の跡取り息子だ……。無碍むげになんて出来ないだろ……)

 そんな言い訳を頭の中で展開させ、一人納得するけいであった。聞けば、どうやらあきらは高校生活最後の夏休みを利用して、オープンキャンパスに参加する友人に便乗して東京見物に訪れたらしい。

 中学生の頃に腹違いの兄がいると父から明かされ、一目会ってみたいとずっと思っていたと聞き、悪い気はしなかった。あきらにとって今回のアポ無し訪問はサプライズのつもりだったようなのだ。

(サプライズが過ぎるだろ……。まァ、可愛いから許す。来ちまったものは仕方がない)

「俺は午後から大学に用があるから部屋を空けるけど、あきら君はどうする?」

 きっ腹にコーヒーを流し込んで尋ねた。

 あきらは少し考えるように噛り付くのをめ、咀嚼だけを繰り返し、「兄さんの大学も見てみたい……」とぽつりこぼした。

(パン屑付いてる……)

 弟の無邪気なあどけなさにけいはもう早々に白旗を上げた。

(何なんだ? この破壊力……。弟とはこんなにも可愛いものなのか……!?)

 認知してもらいたかった訳ではないが、正統な嫡子から兄として慕われ、けいには珍しく存外浮かれていた……。





 「友達の神宮寺優愛ゆあだ」

 あきらと訪れた大学の食堂で、旅の連れを紹介された。

(リア充かよ……。滅茶苦茶可愛い彼女じゃないか。けどあきらも可愛いから、何か仲の良い双子の兄妹みたいだな……)

 学食ではあるが二人にランチをご馳走して、けいはそこで別れたーー。

「どうだった? 僕の兄さん……」

 けいが食堂から出てゆくのを確認して、あきらは一息くように頬杖を付いて優愛ゆあ表情かおを眺めながら尋ねた。

「そうネ……。一見してオタク眼鏡だけど、小父おじ様に似てよく見ると素材は良いから化けるんじゃない?」

 優愛ゆあは含み笑いを浮かべながら答えた。

「いや、そういうことじゃなくてさ……」

 優愛ゆあの髪をくるくるいじっていたあきらは不服そうに軽く引っ張った。

「もう……! 人の髪で遊ばないで。それより今晩本当にお兄さんに泊まるつもりなの?」

 あきらの手をそっとほどいて優愛ゆあは真剣な眼差しを向けた。

「大丈夫だろ。部屋には女の形跡も無かったし、オタク眼鏡と言うより、ありゃガリ勉だよ。間違いなく童貞だね」

 あきらは自分の分析を楽しげに語った。返答に窮した優愛ゆあは心配そうに見つめるしかなかった……。
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