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記憶がなくなった俺は、大変な事をしたと言われて困惑する

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  ※

 ああ。わらわもここまでか。
 地面に倒され、振り下ろされる剣を人ごとのように眺め、アンゼリカは死を悟った。
 思えば、今日までずっと戦いの日々だった。幾度も死線を越え、数々の戦いを勝ち、己の血に連なる家族と国の全ての民を守る為に戦い続けた。
 だが、それも今日で終わるのだな。
 そんな事を思っていた時だった。
「何もかも壊れろ! 滅びろ! 滅びてしまえ! 俺を悪く言う奴、害をなす奴、すべて滅しろぉぉぉぉぉぉ~~~~~~!!!!!!」
 底冷えするような激しすぎる怒りの咆哮が轟く。瞬間、周囲の空間が漆黒の光で満たされる。
 それは濃密な死の気配。殺意などゆうに超えた激しい破壊衝動が、倒れ伏す彼女の体を駆け抜ける。
「何ぃ? なんだ、一体」
 その異変に気付き、剣を振り下ろそうとしていたヴェリアルが慄く。彼の視線の先には、あのマドノソーマの姿があった。が、その姿が視界に入った時、マドノソーマの形をした何か別の禍々しいものを見たような気がした。
 彼は全身から激しく例の漆黒の光を放ち、周囲一帯の空間を光で覆いつくし、破壊衝動をまき散らしていた。
 なんだ、あれは……。
 声すら出せず、アンゼリカはマドノソーマだったその人影を凝視する。
 人影は叫び終わると、ゆっくりと顔を下ろした。その顔には濃い影が落ちているように見え、右目は完全に見えなくなっている。そして、もう左の瞳は真紅に光輝いている。
 更に彼から放たれている漆黒の光の一部が右の背中から翼のように噴き出しているのが見える。
 彼はその真紅の瞳で、静かに周囲の戦場を見回す。そこには無数の魔獣と二体の魔族の姿があり、彼らは皆、一様に動きを止めてその異質な何かに目を向けていた。
「き、貴様。なんだ、その姿はぁぁ~!」
 と、不意に異質な何かに向けてアグレスが叫ぶ。その声は完全に恐怖に怯え、それに抗おうと必死に声を張り上げているように聞こえる。
「……」
 だが、その問い掛けに、異質な何かは答えない。彼は静かにアグレスを眺める。
「……滅べ」
 そして、唐突に一言、ポツリと呟いた。
 その瞬間、アグレスとその真下にいた魔獣達は皆、前触れもなく現れた漆黒の光―否、漆黒の闇に包まれた。
「な、なんだ、これはぁぁ~~!」
 完全な黒に体を取り込まれ、アグレスは恐怖の声を上げる。しかし、闇はアグレスの体をドンドンと呑み込んでいった。
「バカな! この、この魔軍参謀アグレスが! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!」
 そして、闇は完全にアグレスの体を呑み込み、それが消えた後は悲鳴だけが残って塵一つなく、アグレスの姿は消えてしまった。同時に、彼の足元にいた魔獣達も。初めから何もなかったように、跡形もなく。
「なんだ、今のは……一体、何が起きた!!!?」
 それを見て、自分を踏みつけにしていたヴェリアルが恐怖に後ずさる。その眼前に、突如異質な何かが現れる。
「ッ!?」
 ヴェリアルが息を呑む。瞬間、異質な何かがヴェリアルの体を無言で殴り飛ばす。
「ぐはぁぁ~!!」
 たまらず地面を転がるヴェリアル。彼は何度も地面に叩きつけられ、かなりの距離を滑ってから止まった。
「うッ……なんだ。ただの人間に何故これほどの力が……」
 苦痛にあえぎながら何とか立ち上がるヴェリアル。が、また不意に彼の体に異変が起こる。

 ――いつの間にか、彼の右腕がもげていた。

「なッ! ぎゃぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!」
 腕がもがれた後の肩先から思い出したように激しく血が噴き出す。見ると、またいつの間にか異質な何かが彼の目の前にいた。まるで最初からそこにいたかのように。
 異質な何かはヴェリアルのもげた腕を持っていた。それが腕をゴミのように放り投げると、腕は突然出現した闇に呑まれ、アグレスと同じように消えてなくなる。
「ま、待て! 待ってくれ! 私はまだ死ぬわけにはいかんのだ」
 その様子を恐怖の顔で見つめ、必死で後ずさりながら言い訳じみた事を口にするヴェリアル。しかし、再びわけの分からない事がおきた。
 彼のもう一本の腕はいつのまにか失われていた。同時に激しく噴き出す血しぶきが見ているだけで痛々しい。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!」
 響く悲鳴。そして、何故かもげた腕を持っている異質な何か。再びごみのように腕を捨て闇の中へ消し去る。
 そのまま異質な何かはもう動けなくなったヴェリアルの間近に歩み寄る。そして、その異様なまでに冷淡な瞳で彼を見下ろす。
「そうか」
 そして、微かな声でつぶやいた。
「お前は、あの時、この俺に理不尽な解雇を通告した愚かな社長にそっくりなんだな」
 その言葉は、まるで何を意味しているかも分からない言葉だった。分かるのは、そこにとてつもない怒りと恨みがこもっていて、異質な何かはヴェリアルを決して許す事はないだろうという事。
「な、何を……」
「喋るな、耳障りだ」
 ヴェリアルが尋ねようとするのを、異質な何かは平然と切り捨てた。そして、彼はヴェリアルに背を向ける。
「もういい。滅べ」
 そして、冷淡に言い放つ。瞬間、ヴェリアルの体が漆黒の闇に包まれる。
「あ……ば、ばかな。この、偉大なる魔族のヴェリアル様が……人間ごときにぃぃ~~……」
 闇に蝕まれながら、ヴェリアルは絶叫する。だが、そんな叫びなど意にも介さないように闇は広がり、ヴェリアルの肉体を呑み込んでいく。
「そんな……こんな死に方……いやだ……いやだぁぁぁ~……」
 最後に、恐怖に満ちた絶叫を残して、ヴェリアルは完全に闇に呑まれ、消え去った。先ほどと同様、最初から何も無かったかのようにして。
 すべてが終わった後、異質な何かは再び周囲を見回す。
 そこには倒れて動けない自分と、傷を負っているミリ、ティーカ、そして後方に下がっていた兵士達のみ。
「敵は滅した。これで……終わりだ……」
 そうして、異質な何かは静かに呟いた。同時に彼の背中の翼が消滅し、周囲の空間が元の平原へと戻る。
 光、いや闇を纏っていたマドノソーマだった何かは、元のマドノソーマの姿に戻った。彼はそのまま、その場に倒れ、動かなくなった。
「ソーマ!」
「ソウマさん!」
 その倒れたマドノソーマの元へ、ミリとティーカが走る。そのまま彼の体を助け起こし、気を失ったままの彼を二人で運んでくる。
 アンゼリカはようやく体を起こし、周囲を見回した。
 先ほどみた通り、ここにいるのは自分達人間だけ。
 勝利。その実感はわかなかったが、とりあえずその事実だけは分かる。
 それを確認し、彼女は立ち上がり、大音声で告げる。
「此度の戦、我らの勝利だ! 皆の者、勝鬨をあげよ!」
 そうして、ようやくすべてが元通りとなった。アンゼリカはそんな気がした。

   ※

「ん……」
 不意に俺は目を覚ました。
 そこは天蓋付きのベットの屋根で、自分が王宮内にいるのがすぐに分かる。
「あれ? なんで俺、王宮にいるんだ?」
 体を起こし、今までの事を思い出す。頭が混乱しているので、順を追って今日の事一つ一つを。
 確か俺は、魔族が襲って来るのを迎撃する為に平原に出て、襲ってくる魔獣を倒しながら例の魔獣召喚の魔方陣を破壊しながら、東へ西へ駆けまわって……。
 最後の魔方陣を破壊したら魔族が急に現れて、味方を援護する為に戦場中を駆けまわって味方を退避させた後に、アグレスとかいう陰険策士の緑魔族と戦って…。
 魔獣召喚の魔方陣とかで散々邪魔されて、ヤバイ攻撃まで喰らってやられそうになって、それからアンゼリカ姫がやられそうになってるのに妨害で助けに行けなくて……。
 あれ? その後、俺は何をしてたんだ? そこから記憶が全くない。
 慌てて周囲を見回す。そこは昨夜使わせてもらった部屋で、俺の他には誰もいなかった。窓から外を眺めれば、そこには平和そのものな光景が広がっていて、魔族の襲撃なんて影も形も無かった。
 一体どうなってんだ?
「ッ! まさかこれ、一回死んだら少し前の時間に戻るとかいう特殊能力?」
 不意にそんな事を考え、すぐにそのバカな考えを振り払う。いや、だったらここにミリもティーカも、ユーゴすらいないのはおかしい。よくよく外を見れば、俺達が戦っていた筈の平原はところどころボコボコに壊れていて、何事も無かったようにはとても見えない。
「……戦いはどうなったんだ? 何であの絶体絶命だったのに、俺は生きてるんだろう?」
 あの後どうなったかすら分からないので、俺は困惑した。
 う~む。
 あの状況からこちらが勝利したとは考えにくい。ただ、魔族達が勝利したなら、この静けさは何だろう? あの状況で、俺だけ生かされている筈も無いし……。
「はッ! まさか、何故か俺だけ神様の加護で生き残って、誰もいない世界に送られたとか?」
 またしても突然そんな事を考えて、俺はすぐに頭を横に振る。そんなわけ分からん事、記憶がない間に起こるわけもない。SFの見過ぎだろ、どう考えても。
 と思ったが、まるで周囲に人の気配を感じないのが気になった。いつもであれば、ミリもティーカも一緒にいる筈なのだが……。
 二人は何処? ってか、この部屋においていてもらったユーゴもいないのは何でだ?
「ええい、分からん! 誰か教えてくれぇ~!」
 遂に混乱が最高潮に達して、俺は思わず叫んでしまった。その瞬間、バタンと扉が勢いよく開いた。
 え?と目を向けると、そこにはミリとティーカ、それにユーゴとアンゼリカ姫まで並んで立っている。
 四人はじっと俺を見ていた。
 特にミリやティーカは目を丸くして俺を見つめている。あれ? 何事?
「あ、ああ……ソーマー!!」
 などと俺が首を傾げていると、唐突にミリが叫んで一直線に俺の目掛けてタックルしてきた。彼女の頭がジャストにみぞおちへと入る。
「がはッ!」
 その強烈なみぞおちヘッドバットでベットに倒れこむ俺。それに構わず、ミリが背中に手を回して抱き着いてきた。
「良かった! もう起きないかと思った~」
「ミ、ミリ……どうしたんだよ、急に?」
「ソウマさん」
 俺が呻いていると、今度は頭上からティーカの声がした。見れば彼女は涙ぐんでおり、俺の手を両手で握りしめてきた。
 なんだ、なんだ? 二人の反応がよく分からないのだが……。
「まったく。ようやくお目覚めか」
 わけも分からない俺の頭上から声がして、見ると兜の面貌を上げたアンゼリカ姫が俺を見下ろしていた。
 その顔は、この前兜をはぎ取った時とは違い、随分大人びた美しい女性のものだ。
「え、姫様? あれ、鎧の中は幼女なのでは?」
「起きて早々言う事はそれか……まぁ良い。魔族の将と軍師を討ち取った男だ。それぐらいは許してやろう」
「魔族の将と軍師を討ち取った? 俺が? どういう事?」
 何を言われているか全く分からず、俺は首をひねって尋ね返す。
 その問いに、俺の腹に顔を埋めていたミリも、涙目で俺の手を取るティーカも、俺を笑って見下ろすアンゼリカ姫も驚いたように目を見開く。
「何も……覚えてはおらぬのか」
「覚えてるって……何の事? ってか、さっきまで戦ってたよね? いつの間に戦い終わったの? 俺、途中から記憶が全くなくてさ。姫がヴェリアルに踏みつけられた辺りから記憶無くなってて」
 頭を掻いて告げると、三人は互いに目を見合わせ、どういう事だ?といった風な顔をする。
「……そうか。お前がヴェリアルとアグレス、それに新たに現れた魔獣共を一掃したのだ。それも瞬く間にな。それでわらわも皆も助かった。奇跡的に死者はおらぬ。皆があの戦いを生き残り、明日を迎えられたのだ」
「マジで? 俺、何も覚えてないんだけど……」
「まぁ、よいさ。お前がきゃつらを倒した事実は変わらぬのだから覚えていようが覚えていまいが些末事だ。それからお前は二日ほど寝たままだったわけだが……」
「二日? それもマジで? うわッ! 人間ってそんなに寝られるものなのか? 普通途中で目を覚ますよね!」
 告げられた俺もしらない事実を沢山聞かされ、俺は困惑する。なんだ、この謎の現象。
「その間、そちらの二人は昼も夜もなくお前の事を見守り、目覚めるのを待っていた。ここにお前を運んだのもこの二人だしな」
「あ……そうだったのか。ごめん、ミリ、ティーカ」
「謝る事じゃないよ。アイツらをやっつけてくれたのはソーマだし。おかげであたしたちも助かったんだよ」
「そうです。ソウマさんは以前も魔族から救っていただいたばかりか、今度も私達の命を救ってくれたんです。それぐらいなんて事もありません」
 二人にそう言われ、俺は返す言葉がなくなる。二人とも妙に熱く言い切るものだから。
 しかし、記憶も無いのに命の恩人とか言われてもな……。
「それで、具合はどうなのだ? 起き上がればしていたが」
「ああ。別に何ともないや。多分、普通に動けると思う。二日も寝てたせいで眠くもなんともないし」
 俺は言って、未だ抱き着いたままのミリに離れてもらってベットを下りる。
「そうか。なら良かった。今宵は宴を催す予定だ。魔族を撃退した祝いのな。そこに最大の功労者がいないのでは恰好もつかんのでな」
「最大の功労者って……俺、ヴェリアルとかアグレスを倒した記憶無いんだけどな……実感も何もないのに、そう言われてもなんとも言えないってか……」
「何。二人から聞いているぞ。魔獣が湧きだす魔方陣はすべてお前の力で破壊したいと。その働きだけでも十分な成果だ。それに傷ついた友軍を援護し、逃げる時間を稼いでくれた。おかげで死者は出ずに済んだのだ。それだけで立派だ。胸を張るがよい」
 それだけ告げると、面貌を下ろしてアンゼリカ姫は踵を返し、部屋を出ていく。
「それでは、陛下にお前が目覚めた事を伝えてくるとしよう。陛下も必ずやお喜びになるに違いない」
 その去り行く背中を見送り、俺はどうしたものかと頭を掻く。
 マジで一切記憶無い内に、俺が魔族の親玉どもを殺したってのか。まるで実感わかないのだが。
「それで、ソーマ。お腹すいてない?」
 そうしていると、不意にミリが声をかけてくる。
「ん? ああ、確かにそこはかとなく空腹な気がするな」
「だったらこれからお昼にしよう。今はちょうど時間だから」
「ええ。今から一緒に食堂へ」
「に―。行こー」
 そう言って、ミリとティーカに両手を取られ、ユーゴにはシャツの裾を引かれて俺はそのまま客間を出て食堂に向う事になった。
 やれやれ。よく分からないが、とりあえず上手く切り抜けられたって事で良しとしようか。
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