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第一章 こうして俺は少女を救い、魔王と戦うハメになった

異世界に来ようが、俺はやっぱり平凡だった

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「吸血鬼……」

 剣の柄に手をかけながら、俺は小さく呻いた。
 俺の言葉を証明するように、男はやけに仰々しい襟付きの、裏地の真赤な黒いマントと燕尾服を着込んでいた。もうここまで来たら決定的だろう。

「マジでか」
「おいおい。討伐隊でも来たと思ったら、一人かよ」

 思わぬ事態に苦虫を噛み潰す俺に、男は嘲るような言葉を投げかけてきた。耳障りな野太い声は従来の吸血鬼のような威厳は欠片もなく、やはりチンピラのようだった。

 男は大仰に両手を広げ、数歩俺に歩み寄ってくる。

「まさか一人で俺様に喧嘩を売りに来る馬鹿がいるとは。迷い込んだだけってか?」

 そこで言葉を切り、男はぎろりと此方を睨みつけてくる。

「だとしたら運が無かったな! 俺は眠りを邪魔されて最高に機嫌が悪い! 楽に死ねると思うなよ、劣等種が!」
「そいつは悪かったな、化け物」

 言われっぱなしも癪だったので、強がり混じりに口を開く。

「俺はお前を倒しに来たんだ! 眠ったまま死なずにすんだんだから感謝しな」

 一言発した途端、焦る内心とは裏腹に、俺の口はスラスラと回った。自分で何言ってんだとも思ったが、もう俺の意思など関係なく、言葉が自然と溢れてきた。

「はぁ? 俺を倒すだぁ~?」

 その物言いをどう受け取ったか、男は俺はと詰め寄ってくる。

「ッざけた事ぬかすなよ、劣等種族の人間風情が! 貴族種たるこのバジルス様に、勝てるわけがねぇだろうがぁ! 舐めた事抜かすなよ、屑が!」

 ドスの利いた声ですごむ男。その顔は、現代社会で言えば完全にメンチを切るという奴で、顰めた顔で此方を覗き込んでくる。

「はっ! 言ってろよ。テメェなんか、俺がケチョンケチョンにしてやるよ」

 売り言葉に買い言葉はこういう事を言うのだろう。何故こうも言葉が溢れてくるのかはまるで分らなかったが、気が着くと反射的に返してしまう。

 ホント、俺どうしちゃった? 色々有り過ぎて知らぬ間におかしくなったかな?

「言ったな、劣等種! テメェはただじゃすまさねぇ!」

 と、男の纏う空気が変わった。その真赤な瞳が、不気味な輝きを放つ。同時に建物全体が揺れ始め、俄かに男の全身を瞳と同じ色の赤い光が覆っていく。
 光に呼応するように男の纏う服の裾が激しく棚引き、そこら辺に転がっている建物の破片や自然の石が宙に浮き出した。

 おいおいおいおい!
 幾ら何でも初っ端からヤバイ雰囲気過ぎるでしょ!
 俺も要らん事言いまくったけど、そもそも勝てる要素零じゃん、コレ!

「ッ!」

 と、戦く俺に男の視線が合った瞬間、全身に纏っていた光が霧散した。
 同時に、周囲で起きていた事が全て止まる。
 あれ? と首を傾げた瞬間、男の表情が変わっている事に気付く。

「て、ててててめぇ! 黒い髪に黒い瞳のガキッッ!!」

 男は酷く狼狽えた様子で此方を指差す。

「そんな……そんな馬鹿な! そんな馬鹿な事があってたまるか!」

 ワケのわからない事を喚き散らす男。その瞳は驚愕に大きく見開かれ、全身わなわなと震えていた。ソレは、明らかに怯えているような反応だった。

 え? 何?

「嘘だ! 嘘だ! この俺が殺されるわけが無い!」
「あ、あの……何の事?」

 突然の事態に、思わずツッコミを入れてしまう。此方に来て以来、ずっとこんな調子で説明もされずにわけの分らない事態が開始されるのは、ホントどうにかして欲しい。もしかして、こっちの世界の人達は説明が下手なの?

「しらばっくれるな! 俺を殺す為に遣わされた黒髪黒瞳の死神ってお前だろ!」
「死……神?」

 思い切り取り乱した男は俺を指差して言い放ちやがった。
 救い主の次はそう来ましたか。もう大体誰の仕業なのかは検討ついたんだけど。どうせこれも神(?)が何か吹き込んだに違いない。それ自体はもう良いというか、今更どうにもならないから仕方無いんだけど、一々反応に困る。

「俺は死なねぇ! 絶対に生き延びてやるんだ! 誰にも邪魔させねぇぞ! 消えうせろ、死神野郎が!」

 いや。そんな大層な者になったつもり無いんだけど……。
 これからどうにかしようとしている相手にこうも妙な反応されると、此方も対処に困るばかりだ。俺はただの人間であって、死神なんかじゃ断じて無い!

 と、そこまで考えて思いつく。
 もしかして、この状況を利用すれば、どうにか出来るんじゃないか?
 どうも相手は此方を恐れているようだし、このまま平和的に解決できたらどちらも要らん怪我もしないで済むわけだし。やっぱり現代なら争いよりも話し合いだよな!
 そう考え、俺はとりあえずハッタリをかます事にした。

「クックックックック。何を隠そうそうだ! 俺はお前をあの世に送る為に天から使わされた死神だ!」
「ッ!」

 精一杯の演技で威嚇するような事を言うと、男は焦った様子で身構える。その顔に、ありありと恐怖が浮かぶのを見て、俺は腰の剣を抜き放つ。
 やっぱ重てぇ。持つだけで一杯一杯だ。

「これからお前を冥府に送り届けてやる!」
「や、やめろ!」

 俺が更に煽ると、蒼白な顔を真っ白に染め狼狽する。完全に腰が引けているようだ。
 一瞬の睨みあい。そして――

「……死にたく無いか?」

 わざと勿体つけるように、俺は重々しい声で問いかけた。

「何だと?」
「だから、死にたく無いか? と聞いてるんだ」

 焦った表情のまま、いぶかしげに問い返す男に、俺は再度聞きなおした。

「ああ、俺は死にたく無ぇ。死んでたまるか!」

 半ば焼けっぱち気味に、男は叫び返してくる。その表情に満足し、俺は背中に流れる冷や汗を無視して告げる。

「なら……取引をしないか?」
「取引、だと?」

 うわずった声で、男は俺の申し出に鸚鵡返しした。
 よし、上手く釣れたぞ。ここからだ。

「ああ。取引だ。神はお前がこの近くの村人達に何をしたか全て見ておいでだった。そして、これから何をしようとしているかもお見通しだ」
「……」
「だが、もしもお前がこれ以上の非道を行わないと言うならば、命まではとらずにおこう。早々にこの地を立ち去るのだ!」

 全力で仰々しく、威厳があるよう聞こえるように思い切り声を低くして言う。
 対して、男は俺の言葉に戸惑ったような表情でどうすれば良いのかと思案している様子だった。
 これは、もう一押しだな。

「それとも、こんな場所で、何も無い田舎で無残に死ぬのがお望みか?」
「ッ! 嫌だ、俺はまだ死にたくねぇよ!」
「そうだろ? だったら、早々に故郷へ帰るが良い!」

 トドメとばかりに、俺は思いつく限りの言葉を投げかけた。それは、自分が家に帰れないという事も手伝って出た言葉だったが、どんな相手でも通用するように思えた。
 男は毒気を抜かれたように、呆けた様子で虚空を見つめた。

「故郷……」

 うわ言のように呟かれる言葉。かみ締めるように、男は何度もその言葉を呟いた。
 よし。これは十中八九上手くいった。そう思った瞬間だった。

「……帰りたくない」

 男の様子が変わった。その目が大きく見開かれ、同時に大きく全身をそりあがらせ天を仰ぐ。そして――

「嫌だ! 嫌だ! あんな場所に帰るのは嫌だ! 嫌だァァァァァァァァァァ!」

 男は半狂乱で絶叫し、最初に対峙した時と同じく全身から血のように真赤なオーラを激しく迸らせた。光は部屋全体に拡散し、建物全体をすら大地震のように揺らし、ボロボロの壁に激突した光はそのまま壁を易々と貫いていった。

 おいおいおいおいおいおいおいおいぃぃぃ~!
 なんだよ、なんなんだよ、一体!
 揺れる地面にどうにか踏ん張りながら、俺は突如変わった男に目を凝らす。
 そうこうする内に、男は反らした上体を戻し血走った目で睨みつけてくる。

「くそぉぉ~! 故郷に帰るぐらいなら、お前を殺して生き延びてやるぜ、死神!」

 その視線には素人の俺でもはっきり分るぐらい明確な殺意が篭っていた。
 完全に覚悟を決めさせちまったらしい。これはヤバイぜ!

 剣を正眼に構え、俺は息を呑む。
 畜生、途中まで上手く行きそうだったのに。コイツの故郷ってそんな帰りたくない場所なのか?

「行くぞ、死神!」

 男は俺から距離をとったまま腕を振る。瞬間、俺の右肩から血が噴き出した。

「え?」

 疑問に思う間も無く、激痛が俺の右足を襲う。痛すぎて声も出ず、膝をついた。

「オラオラオラオラ~!」

 その隙に、チンピラ野郎は狂ったように両腕を振り回した。その度に、俺の全身のそこかしこに何かがぶつかって血が噴き出す。なんとか心臓と頭だけを庇うが、その代わりに両腕がズタズタに引き裂かれていった。

「ぐっ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァ~!」

 男の叫びと共に、俺の体を幾重もの鋭い衝撃が駆け抜けていく。

「ウワァァァァァァァァァ~~~!!」

 正体不明の攻撃に、為す術なく吹き飛ばされる。そのまま壁際まで飛ばされ、地面に叩きつけられた。全身血まみれになり、自分から流れた血が水溜りを作った。

「いッ……てぇ」

 激痛に苛まれ朦朧とする意識で顔を上げる。ふらつくのをどうにかこらえ、なんとか立とうとするが、上手く力が入らない。どうにか剣を杖にして体を支え、膝をついたまま懸命に立ち上がろうともがく。

「はぁはぁはぁ……」

 俺が顔を上げると、視線の先には吸血鬼野郎が肩で息をしているのが見えた。
 男はしばらく放心状態だったが、俺と目があうと驚いたような顔で此方を見据える。
 息を荒げた男と、膝立ちで血まみれな俺はしばし黙ってにらみ合っていた。

「はっ!」

 男は此方を嘲るような笑みを浮かべ此方へ悠然と歩み寄ってきた。
 そして、膝をついたままの俺の襟首を掴み、強引に立ち上がらせる。

「何が死神だ! てんで弱いじゃねぇか! ビビらせやがって、クソガキがぁ!」

 男は掴んだ襟首を振り回し、力任せに俺の体を投げ捨てる。

「グッ!」

 受身も取れずに地面に叩きつけられ、声にもならない呻きが漏れる。
 無様に倒れる俺の腹に、男は容赦なく蹴りつけた。

「舐めた真似しくさりやがって! 何が冥府に送ってやるだ! 何がおとなしく帰れだ、ふざけんな、雑魚がぁ!」

 怒りをそのまま叩きつけられ、俺は呼吸もままならない状態でどうにか意識を保つ。

「殺してやる! 殺してやる! この俺をたばかってくれた礼をしてやる!」

 男は叫ぶと腹部への攻撃が止む。同時に、頭上から真赤な光が降り注いだ。
 首だけ巡らせると、男の右腕の先に巨大な赤い剣が握られていた。
 男はこれ以上無い程の凄惨な笑みを浮かべ、怒りと愉悦を綯交ぜにしたような目で此方を見下ろし、右腕を振り下ろした。

「死ね、ゴミが!」

 ああ、これは死んだな。
 朦朧とした頭でやけに冷静に理解する。迫り来る現実を俺は自然と受け入れた。

「ダメェェェェェェェェェ~~~!」

 と、思った瞬間、聞きなれた声が飛び込んでくる。同時に、俺の視界に華奢な少女の背中が見えた。
 途端、男が驚いて振り下ろす手を止める。

「アイ……シャ」
「この人を殺さないで! 御願い!」

 現れた少女は、両手を広げて男の前に立ちはだかる。表情は見えなかったが、多分彼女の顔が泣いているというのだけは声を聞くだけで分った。

「どけ、クソガキ! そのクソ野郎が殺せねぇだろうが!」
「駄目! この人は、私の為に戦ってくれただけ! だから殺させない」
「どけぇ~!」
「どかない!」

 男のドスの利いた叫びにも少女は一切動じなかった。それどころか、彼女は今までに無い剣幕で男とやりあってさえいる。

「だったら、テメェごと殺すぞ!」
「……やりたければそうして。私は死んだって構わない」
「ッ!」

 アイシャの悲壮な言葉に、俺の意識が急激にはっきりした。俺の視界に小さく震える少女の背中がはっきり写った。

 クソッタレが!
 そして、動かない体に鞭打って、どうにか上体を起こす。

「ジロー!?」
「……何言ってんだよ、お前」

 驚き振り返るアイシャに、俺は掠れた声で言った。

「死んでも良いとか……自分は大丈夫だとか……ふざけた事ばっかり言いやがって」

 俺は力任せに叫び、頭上から見下ろしてくる男を睨みつける。

「こんな奴相手に、何勝手に諦めてんだ! ふざけんな! ふざけんじゃねぇ!」

 それが誰に対しての言葉か、自分でももうよく分らなくなっていた。
 はっきりしているのはただ一つ。勝手に諦めるのだけは無しだ!

「諦めるんじゃねぇ! 勝手に受け入れてんじゃねぇよ!!!」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ、クソ野郎が」

 と、そんな俺に男の声がかかる。男は振り下ろしかけた剣を再び振りかぶる。

「仲良く死ね! 劣等種!!!!」
「諦めてたまるかよぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~!!!!!」

 迫り来る巨大な刃を、瞬き一つせずに睨みつけ、右手の剣を一直線に突き出した。
 途端、俺の剣の切っ先と赤い刃が激突する。

「なっ!」

 男が驚愕の声を上げ、深紅の刃は粉々に砕け散った。突き出した剣は、そのまま直線に進み、男の右目を抉る。

「グァァァァァァァァァ~~~~~~~~~!!!!!!」

 右目を押さえ、男は二、三歩をよろめいて後退した。同時に、俺の腕が剣を握ったまま地面に力なく落ちた。クソ。もう腕が上がらねぇ。
 男は残った左目を血走らせ、俺達を射殺す勢いで睨みつけた。

「くそぉぉ~! このクソガキが! よくも! よくもやりやがったなぁぁ~!」

 男は怒り狂って叫び、再び右手に巨大な真赤な刃を作り出した。

「殺してやる! ぜぇぇぇってぇぇぇえ、殺してやるぅぅぅぅぅう~~~!!」

 迸る殺気を全身に浴びながら、俺は相手を睨み据える。
 くそ! まだだ!
 俺は勝たなきゃならねぇ。勝って諦めてる奴に証明するんだ! あの人の言葉がホンモノだって証明するんだ! 腕が上がらなかろうが勝たなきゃならねぇんだ!

「負けるわけにいかねぇんだよぉぉぉぉ~~~~!
「クタバレ、クソガキ!」 

《まったく。世話の焼ける坊やだねぇ》

 と、男が刃を振るう前に、聞きなれた不可思議な声が響いた。
 そして、俺とアイシャの体を黄金の光が包み込む。

「うおぉぉ!!?」

 男の驚愕が鼓膜を揺らした瞬間、俺達は光に完全に包み込まれた。
 そして、光が晴れた時、樹海のような森にいた。先程までの剣呑な雰囲気とはかけ離れた静謐で済んだ空気が俺達の身を優しく包む。

「ここは……」

 俺が周囲に視線を走らせると、古びたの山小屋が姿が見えた。見間違える筈の無い。

「アイシャの……家?」

 目の前にあのチンピラ蝙蝠野郎の姿はなかった。
 どうやら助かったらしい。どうしてかはまるで分らなかったが。

「あれ?」

 と、そこで意識が再び朦朧とし始めた事に気付く。それどころか、視界がふらふらと揺れている。
 ああ、ヤバイ。
 思った途端、俺は地面に力なく倒れる。

「ジロー!」

 事態に追いついていなかったアイシャが、慌てて俺に飛びついてくる。
 駄目だ。これ、死んだ。間違いなく。
 そんな言葉が脳裏を過ぎって、俺の意識は一瞬にして闇の底に沈んだ。

 ああ。やっぱり俺、平凡な普通の一般人だった。

 ※

「これが貴方の言う余興ですか?」

《……》

「わざわざこんな辺境まで来させておいて、一方的な嬲り殺しを見せられたわけですが、一体貴方は何をしたのかったのです?」

《いや。ここに飛ばされたのは想定外だったし、あそこまでの差があるとは思ってなかったんだよ。肉食スライムも倒せたし、あの程度の下っ端風情は楽に倒せると》

「貴方は大雑把過ぎる。スライム如き倒せた程度で魔人を倒せるなどと。羽虫と象を同列に語るなど、だたの暴論。自分と他人の力が同列と思うのは悪癖でしょう」

《相変わらず、容赦ないね。でも坊やは生きてる。まだチャンスはあるさ》

「あれほどの目にあって、もう一度立ち向かう気になどなりますまい」

《まだ分らないさ。あの坊やがこの程度で終わる奴だとは思えないしね~》

「……仕方ありません。もう少しお付き合いしましょう」

《そう来なくちゃ。苦労して呼び出したんだ。もう少し頑張って貰いたいものだね》
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