80 / 87
【6】終章……④
しおりを挟む『今日はお給料日だから、仕事おわったら迎えに行くね。外でご飯、食べよ』
さっきから青藍は氏子のご婦人方に囲まれている。
見合い話を必死に断っているのだ。そんな青藍を尻目に、仕事が早く終わった佐加江は境内の落ち葉掃きをしていた。掃いても掃いても、大銀杏から黄金色の葉っぱが落ちてくる。
ここは鬼治稲荷とは違い、鳥居を出てすぐ交通量の多い通りがある。周りはビルに囲まれ少し息苦しさはあるが、この境内から見上げる空は広かった。
「宮司さん。いつもいるあの方は?」
「私のつが……」
「弟です! 兄がいつもお世話になってます」
青藍の言葉を遮って佐加江は大声で応え、深くお辞儀をした。
「あら。よく見かけると思ったら、弟さんだったのね。似てなくてびっくりだわ」
「……ですよね、あはは」
つい口から出まかせの嘘をついてしまった。目を丸くしている青藍が嫌いな嘘だと察知した佐加江は、視界の端に天狐の大きな尻尾が見えた気がして、とぼけたふりをして箒《ほうき》を手に追いかけ、その場から逃げ出した。
「天狐様……?」
大銀杏の陰から出てきたのは、人の姿の太郎だ。
「先生!」
「太郎君?!どうしたの? その制服、近くの進学校だよね」
「はい。四月から高校に通ってるんです。一人暮らしはダメって言われて、あの世からなんですけど」
「そっか」
仔狐の成長は早い。人が好きな太郎は、人間社会で生きたいと思っている。が、天狐に一番よく似ている太郎を手元に置いておきたいのが、桐生の本音だった。
「大きくなったね。身長も先生、追い越されちゃったし」
「早く大きくなりたいと毎日、祈ってます。たくさん勉強もしてるし……。これ、桐生から預かって来ました。いつまで隣は空き家なんだって怒ってましたよ」
「はは」
「僕も、先生だけ隣に帰って来て欲しいです!」
「本当?そんな風に思ってくれて嬉しい」
太郎の言い違いに微笑んだ佐加江は、手渡されたドラッグストアの袋の中を見て言葉を止めた。
(桐生さん、……何やってるの!?)
いつものように、あちらで流行っている菓子か何かだと思った。
「袋のなか、見た?」
「妊娠検査薬ですよね。捨ててやろうかと思いました。先生、まだ妊娠してないですよね!?」
「う、うん」
「良かった」
少し浩太にも似ているような気がする太郎の前で、佐加江は顔を真っ赤にしていた。あやかしの世界はまだ良く分からないが、人間だったら微妙な年頃ではないかと思う。
「佐加江先生。そういうところ全然、変わらないね」
保育園でそうしていたように、太郎が背の低い佐加江の頭を撫でて笑っている。
「先生、あのね。僕」
「佐加江、すまない。仕事、終わりました」
「青藍!今、太郎君が来て」
佐加江の頭に大銀杏の葉っぱがふわっと舞い落ち、青藍は笑いながら取ってくれた。辺りに太郎の姿はなくなっている。
「……いなくなっちゃった」
「仔狐が来てたんですか」
「うん。もう仔狐じゃなくなってたけど」
「はは。私はどうやら、太郎に嫌われているようですね」
「そんな事ないよ。どこ行っちゃったんだろう。おーい、太郎君」
「呼んだって出て来ませんよ。気付いていないのは、佐加江だけです」
「何が?」
青藍が佐加江のリュックを持って来てくれていた。手にしていたドラッグストアの袋をいそいそとリュックへしまい、歩き始めた私服姿の青藍の後をついて行く。
「はぁ……」
閻魔は気づいていただろうか。
こっちで仕事をしながら子作りをするのは案外、難しいという事に。青藍の仕事はともかく、託児所でアルバイトをする佐加江のシフトは一ヶ月前には決まってしまう。長期に休暇が取れるあたりで発情を迎えなくては、子作りなどできないのだ。
せっかく閻魔が世話してくれた仕事、中途半端な事をしたら浄玻璃鏡《じょうはりきょう》で見られていると思い、支障が出ないよう佐加江は生真面目に発情抑制薬を飲み続けている。が、さっきのようにお見合い話を勧められる青藍の姿を見ていると、そろそろあの世へ帰っても良いのではと思う。
次の佐加江の発情チャンスは正月休み。だが青藍は一年のうちで一番忙しい。これでは、佐加江の身体の調子が良くなったとしても、子供がでいるはずがなかった。
1
お気に入りに追加
389
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる