あやかし百鬼夜行

佐藤紗良

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【6】終章……④

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『今日はお給料日だから、仕事おわったら迎えに行くね。外でご飯、食べよ』

 さっきから青藍は氏子のご婦人方に囲まれている。

 見合い話を必死に断っているのだ。そんな青藍を尻目に、仕事が早く終わった佐加江は境内の落ち葉掃きをしていた。掃いても掃いても、大銀杏から黄金色の葉っぱが落ちてくる。

 ここは鬼治稲荷とは違い、鳥居を出てすぐ交通量の多い通りがある。周りはビルに囲まれ少し息苦しさはあるが、この境内から見上げる空は広かった。

「宮司さん。いつもいるあの方は?」
「私のつが……」

「弟です! 兄がいつもお世話になってます」

 青藍の言葉を遮って佐加江は大声で応え、深くお辞儀をした。

「あら。よく見かけると思ったら、弟さんだったのね。似てなくてびっくりだわ」

「……ですよね、あはは」

 つい口から出まかせの嘘をついてしまった。目を丸くしている青藍が嫌いな嘘だと察知した佐加江は、視界の端に天狐の大きな尻尾が見えた気がして、とぼけたふりをして箒《ほうき》を手に追いかけ、その場から逃げ出した。

「天狐様……?」

 大銀杏の陰から出てきたのは、人の姿の太郎だ。

「先生!」
「太郎君?!どうしたの? その制服、近くの進学校だよね」

「はい。四月から高校に通ってるんです。一人暮らしはダメって言われて、あの世からなんですけど」
「そっか」

 仔狐の成長は早い。人が好きな太郎は、人間社会で生きたいと思っている。が、天狐に一番よく似ている太郎を手元に置いておきたいのが、桐生の本音だった。

「大きくなったね。身長も先生、追い越されちゃったし」
「早く大きくなりたいと毎日、祈ってます。たくさん勉強もしてるし……。これ、桐生から預かって来ました。いつまで隣は空き家なんだって怒ってましたよ」

「はは」

「僕も、先生だけ隣に帰って来て欲しいです!」

「本当?そんな風に思ってくれて嬉しい」

 太郎の言い違いに微笑んだ佐加江は、手渡されたドラッグストアの袋の中を見て言葉を止めた。

(桐生さん、……何やってるの!?)

 いつものように、あちらで流行っている菓子か何かだと思った。

「袋のなか、見た?」
「妊娠検査薬ですよね。捨ててやろうかと思いました。先生、まだ妊娠してないですよね!?」

「う、うん」

「良かった」

 少し浩太にも似ているような気がする太郎の前で、佐加江は顔を真っ赤にしていた。あやかしの世界はまだ良く分からないが、人間だったら微妙な年頃ではないかと思う。

「佐加江先生。そういうところ全然、変わらないね」

 保育園でそうしていたように、太郎が背の低い佐加江の頭を撫でて笑っている。

「先生、あのね。僕」

「佐加江、すまない。仕事、終わりました」

「青藍!今、太郎君が来て」

 佐加江の頭に大銀杏の葉っぱがふわっと舞い落ち、青藍は笑いながら取ってくれた。辺りに太郎の姿はなくなっている。

「……いなくなっちゃった」

「仔狐が来てたんですか」
「うん。もう仔狐じゃなくなってたけど」

「はは。私はどうやら、太郎に嫌われているようですね」

「そんな事ないよ。どこ行っちゃったんだろう。おーい、太郎君」

「呼んだって出て来ませんよ。気付いていないのは、佐加江だけです」

「何が?」

 青藍が佐加江のリュックを持って来てくれていた。手にしていたドラッグストアの袋をいそいそとリュックへしまい、歩き始めた私服姿の青藍の後をついて行く。

「はぁ……」

 閻魔は気づいていただろうか。

 こっちで仕事をしながら子作りをするのは案外、難しいという事に。青藍の仕事はともかく、託児所でアルバイトをする佐加江のシフトは一ヶ月前には決まってしまう。長期に休暇が取れるあたりで発情を迎えなくては、子作りなどできないのだ。
 せっかく閻魔が世話してくれた仕事、中途半端な事をしたら浄玻璃鏡《じょうはりきょう》で見られていると思い、支障が出ないよう佐加江は生真面目に発情抑制薬を飲み続けている。が、さっきのようにお見合い話を勧められる青藍の姿を見ていると、そろそろあの世へ帰っても良いのではと思う。

 次の佐加江の発情チャンスは正月休み。だが青藍は一年のうちで一番忙しい。これでは、佐加江の身体の調子が良くなったとしても、子供がでいるはずがなかった。






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