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【4】百鬼夜行……②
しおりを挟む「……なぜ、それを知ってるんですか」
「父から聞きました。実は俺、アルファなんです」
「え?」
「おかしいと思いませんか。世の中、アルファもオメガも産まれなくなったはずなのに、家族の中で父と末っ子の俺だけがアルファなんです。母も兄たちもベータなのに」
オメガと診断されてから文献を探して読んだ佐加江にとって、その答えは明白だった。
アルファ男性は、アルファとオメガの男性同士の掛け合わせでしか産まれない。
この簡単な方程式は、佐加江の脳裏に深く刻み込まれていた。つまり、浩太は婚外子。藤堂には妻とは別に、番になったオメガ男性がいるという事になる。
「だから佐加江さんのことを聞いた時、他人事には思えなくて。俺たちは似てるように思いました」
「そんな。アルファなら浩太さんはお勉強もスポーツも、何でもできるでしょう。僕なんか、駆けっこはいつもビリだったし、勉強もあまり……」
「でも、美人だ」
「美人ってのは、女の人に使う言葉だよ。それくらいは出来の悪い僕でも分かる」
「佐加江は、出来が良すぎるくらいだよ。小さい頃から素直で誰にでも優しくて」
フォローしようとしたのか、越乃が佐加江の肩に手を置いて笑っていた。
「ふたりは歳も近いから、うちで預かって欲しいって村長に言われたんだ。仲良くできそうで良かった。部屋は佐加江の隣の部屋を使ってもらうから。浩太君はこの村は初めてだから、荷物を置いたら案内してあげなさい」
「うん。浩太さん、行きましょ」
案内すると言っても商店も駅もない。
「きっと都会の人にはこんな田舎、退屈でしょうね」
自分も二年前まで東京に住んでいたと言うのに、佐加江はすっかりこの村の人間のような口ぶりだった。
物置代わりの蔵や外便所を案内し、敷地を出た。ゆるくカーブした道をいろいろな話をしながら浩太を連れ、佐加江はのんびり歩いた。
「あそこが神社ですか」
浩太が指差したのは桜とともに植えられている常緑樹が、こんもりと小山のようになっている鬼治稲荷だった。その裏には岩肌が見える切り立った崖。そこへは案内したくない、そんな気持ちから佐加江は田んぼの畦道を通り、遠回りしているところだった。
「鬼治稲荷神社です。太古の昔、鬼を治めるために狐の神様と一緒に祀られたの」
祀られたのは、青藍ではない。荒くれ者だった先代の鬼だ。
「太古の昔?」
浩太は鬼治稲荷へ向かって歩きだした。佐加江もそれに追いつこうと、小走りで追いかける。
幾重にもかさなる鳥居の前で足を止めた浩太は、中を興味深そうに覗き込んでいた。桐生が言うように普通の人にあやかしは見えないはずだが、佐加江は妙にドキドキしていた。
「浩太さん、待って」
階段を上がり、浩太は鳥居をくぐる。稲荷には目もくれず、裏手へと向かう背中に何か目的のようなものがあるように見えた。が、この土地が初めてという浩太にそんなものがあるはずない、と佐加江は辺りに青藍の気配がない事に安堵し、稲荷に手を合わせていた。
境内は、もぬけの殻。浩太と佐加江、ふたりしかいなかった。
ここに来ると天狐の結界のせいか、妙に落ち着く。祠を見ると青藍に会いたくなってしまうからと社の隅に腰を下ろし、樹々の隙間から覗く空を佐加江は見上げた。
(太郎君、元気になったかな……)
保育園のことは、日に何度も思い出す。越乃に辞めろと言われ納得しているわけではない。が、佐加江の話をいつもきちんと聞いてくれる越乃が、あんな言い方をするにはわけがあるのだろう。いずれは、この世を去るときに辞めなければいけなかったのだから無責任だが、これで良かったのかもしれない。
真夏に比べ、空はずいぶんと高く淡い。ついこのあいだまで、焦りと不安を抱えながらここへ通っていたのが嘘のように今は心穏やかだった。
と、どこかで山鳥の鳴く声が聞こえた。
物音ひとつしない境内。あまりにも静かで、佐加江は心配になった。思えば青藍と再会した日、佐加江は祠の中へと引きずり込まれた。浩太にも同じ事が起こってもおかしくないと佐加江は稲荷の裏手へ走った。
「浩太さん?」
浩太の姿がどこにもなかった。
「浩太さん?!」
周辺を焦って探していると、しめ縄が飾ってある洞窟からライターの火を灯りが代わりにした浩太がジーンズを汚して出てきた。
「浩太さん、何やってるの!」
さすがの佐加江も、そこへ入ろうと思った事はない。
「昼間でもこの中、真っ暗なんですね」
「危ないよ、浩太さん。それにそこは神様の場所なんだから、入ったら駄目でしょ」
「神様の場所か……。ここで神事が行われるって、聞いたんです」
「神事?」
「知らないんですか」
「話には聞いたことがあるけど、詳しくは知らない」
佐加江は膝をつき、浩太のジーンズの泥を払った。
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