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【3】九十九の願い事……⑧
しおりを挟む(眠い……)
翌日、太郎は休みだった。
午睡の時間、なかなか寝付けない園児に添い寝をしていた佐加江は、昨夜あまり眠れず、油断すると一緒に寝入ってしまいそうだった。と、園児がカーテンの隙間を凝視していた。その視線をたどっていくと、角が見えたような気がした佐加江の眠気は、一気に吹き飛んだ。
(何やってるの?!)
青藍だ。隠れているつもりなのかもしれないがカーテンに影も写っているし、隙間から覗く目が佐加江を見つめている。
「怖……」
教室内にいる誰かにバレていないか心配であたりを見回したが、添い寝をしていた園児は眠りにつき、テーブルで作業をする二人の先生は気づいていないようだった。
どこかへ行け、と手を払うが何を勘違いしたのか、青藍は手を振り返してくる。
(違う、そうじゃない)
園児に布団を掛けた佐加江は、青藍を無視して先生たちの作業に合流した。
クリスマス会の演目の桃太郎のお面作り。まだ先だが、芋掘りやら何やらとこれから忙しくなるのを見越して、今から作業を進めていた。
「佐加江先生は鬼のお面、切り取って」
「了解です。これ、怖すぎじゃないですか?」
「だよね。私もそう思う」
「もっと優しい顔してるのに……」
佐加江は切り取った面を本物にぜひ見てもらおうと、顔に当て振り返る。
牙がむき出しになった、赤鬼の顔。佐加江の緩くカールする癖っ毛と鬼の面があいまって、小人鬼の出来上がりだ。
窓からずっと覗き込んでいた青藍の顔が固まった。が、青藍と同じように今にも泣き出しそうな顔をした園児もひとりーー。
「あ……」
口がへの字になり、次第に目が真っ赤になる。みるみる間もなく涙が溢れ、大声で泣き出してしまった。
「佐加江先生」
「すいません! ごめんね、先生だよ。ってか、このお面、怖すぎですから」
面をテーブルに置き、園児を抱き上げると青藍の姿はなくなっていた。
午睡の後も、その姿は見かけなかったが仕事が終わると、青藍は駐輪場の隅で膝を抱えてうずくまっていた。
「……さっきの面、恐ろしかったです。本物より本物のようで」
「そうですね!」
「何か、怒ってます?」
「ナニカ、怒ッテマスゥゥ?!」
すうっと大きく息を吸った佐加江は、自転車のスタンドを勢い良く蹴った。
「なんで保育園まで来るの。誰かに見つかったらどうするの? せめて角をしまっておくとかさ、先生たちは気付いてなかったけど青藍のこと見てた子いるからね。見える子には見えるんだから」
「発情が起こらないか心配で」
「今までなかったんだもん、平気。それに大きくなった僕が嫌なんでしょ。大丈夫だよ、気にしないで」
「そう言うわけでは」
青藍と話しながら、佐加江は自転車を引いて歩いていた。これもリストに書いたような気がするが、テンションが理想とかけ離れている。
「嫌なのが伝わって来る。僕の背中の紋、消してよ。そうしたら番になる約束なんて解消だよ」
心にも思っていない事を言い続け、佐加江の心はズキズキと痛む。
「ーー紋は消せません。私たちは、番にならねばいけないのです」
「義務か。それは義務なのか!?青藍のクソ馬鹿ヤロー!」
佐加江が自転車にまたがり走り始めるとズシっと後輪が重くなり、どうにも先に進めなくなった。
「ちょっと!」
装束の裾を気にしてか、青藍は荷台に女子のように横乗りし、佐加江の腰に腕を回してくる。
「私は佐加江と再会する事なく、このまま時間が過ぎれば良いと思っていたのです」
「それはどう言う意味?」
「そうすれば、佐加江は発情などなく普通に暮らしていけるでしょう。鬼は人の世では嫌われ者です。そんな私と番になるなど……」
「は?何言ってるの?!僕は子供の頃から言ってるよ、結婚してくださいって」
なんとか鬼治稲荷の前まで来ると急にペダルが軽くなり、危うく転びそうになってしまった。
「……また、すぐいなくなる」
青藍の姿は見えなくなっており、佐加江は頬を膨らませながら家へ帰った。
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