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一話 二人の出会い

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 王都から東部へと抜ける東西道を、一人の赤い髪の女が、東に向かって歩いていた。
 道の周りには、広い草原が広がるばかりで、他には農場も民家も見えない。
 
 彼女は、日除けの外套だけは羽織っているが、他には小さな行李を片側の肩に掛けているだけで、長旅をするようには見えなかった。

 強さを増してきた春の日差しが、容赦なく彼女の外套を照らし、体温を上げる。

「あちぃー……。」

 彼女の口から不平が漏れたが、外套を脱いで日差しに鎧を晒してしまえば、金属の熱でさらに暑くなるのはわかりきっていたからだ。

 彼女は、吹き出す汗を不快に思いながらも歩き続けた。
 さっき通りすぎた木陰で、陽が登りきるのを待てば良かったと思うも、振り返ったところで、もう、その大木の姿も見えなかった。

 彼女の名前はメリダ。
 今年二十一になったばかりの中堅冒険者だった。
 王都で冒険者をしていたが、訳あって東部にある故郷の街、グリンヴィルを目指していた。

 訳と言っても、何か重大な目的がある訳ではなかった。単にパーティーをクビになったのだ。
 パーティーが受けていた、魔牛鬼ミノタウロスの討伐依頼の期日が迫っており、次の日には早朝からダンジョンに潜ると、パーティーで決めていたのだが、そのタイミングでメリダは寝過ごしてしまった。

 元々、リーダーであるサイラス以外には、メリダの酒がらみの失敗は、眉をひそめられていた。
 今まではなんとかサイラスが庇ってくれてはいたのだが、とうとう庇いきれなくなったのだろうなとメリダは考えていた。
 それに、メリダに気を遣うサイラスの事を、今の彼の女で、同じパーティーメンバーのユリカが面白くないと思っていたのも知っていた。

 だから、メリダはこれも良い機会だと思って、王都を出る事にしたのだ。

*

 王都には、それほど未練は感じなかった。
 毎日、ダンジョンに潜っては魔物を狩って、ギルドや商人に売って金に換え、あとは酒を飲んでは寝るだけ。

 自分たちのレベルアップと、生活するのに過不足のない収入は得られていた。
 それは、リーダーであった、メリダの幼馴染のサイラスが決めたことで、実際、効率を考えれば、それが一番良いのは彼女にもよく解っていた。
 ただ、命が危険に晒されるような事ももう無く、ただひたすら作業のように討伐を行い、そして代わり映えのない毎日を過ごすだけ。
 メリダは、ずっと前からそんな生活に飽き飽きしていた。
 ただ、生活を変える訳にも行かず、酒に逃げて誤魔化していた。

 メリダが成人前に、故郷の救護院を仲間たちと一緒に飛び出して来たのは、幼い頃に読んだ冒険者の物語に憧れたからだ。
 世界中を旅をして回り、何度も命の危険に晒され、人々を助けて回って、そしてかけがえの無い人を見つけて恋に落ちる。
 そんな人生を送ってみたいと、希望に満ち溢れていた。

 シスターたちは、救護院の子供たちが、冒険者と言う職業を選ぶ事には反対だったのだろうと、メリダは大人になってから解った。
 同じ書棚には、魔物の恐怖をこれでもかと刻みこむような、実際にあった事件を追ったホラー仕立ての児童書や、お金を持った者が悪い人間に騙されるような小説、そして、手に職を持たない人間が遭遇する不幸を書いた手記などが置かれていた。

 わざわざそんなことをせず、冒険者の英雄譚を書棚から外してしまえば良いのにと思う事はあったが、冒険者になってから、救護院は冒険者の供給先として、冒険者組合ギルドから運営費の一部を補助されていると聞き、メリダはシスターたちの苦悩を思い知った気がした。

 そして、そんな王都での日々に終止符を打つように、メリダはパーティーからのクビを宣告された。
 その次の日に、メリダは自分の荷物をまとめて旅に出た。
 懐具合にはまだ余裕があり、豪遊さえしなければ一ヶ月は暮らせるくらいの蓄えはあった。
 
 目的地は、とりあえず家出同然に出てきた故郷の街、グリンヴィル。
 まずはシスターたちに謝罪と感謝を述べ、それからもう一度、憧れの暮らしを初めようと思ったからだった。

*

 メリダの後ろから、馬車の音が近づいて来る。また来るか……。と、メリダは身構えた。

 案の定、馬車は速度を落として、メリダの側へと寄って来た。

「お姉さん! どこまで行くの? 」

 メリダが立ち止まって身体を向けると、御者台に座っていた、軽薄そうな男が、わざとらしい笑顔を向けて、彼女を見ていた。

「グリンヴィルだよ。」

 品定めをするように全身を眺める視線が、メリダは気に入らなかった。
 だが、敢えて彼女は外套を肘ではだけて胸を張る。

「……あ、やっぱりいいです……。すみませんでした! 」

 男の目が、メリダの胸に落ちた瞬間、その目の色は興味から怯えへと変わった。
 メリダの胸の上で光っていたのは、冒険者組合ギルド発行の鉄等級アイアン冒険者章タグだった。
 馬車の男は、メリダの返事も聞かず、頭をペコペコと何度も下げながら、あっと言う間に速度を上げて行ってしまう。

 こうして声を掛けられるのは、もう何度目かわからない。

 実際、こんなところを、女一人で歩いているなど、何か訳ありなのだろうと思って近づいて来るのは仕方ない。
 ただ、メリダには、そんな男たちが馬車に乗せてやるから、お前にも乗せろと言い出す姿を、もう数回は見ていた。 

 だが、彼女が鉄等級アイアン冒険者章タグを見せると、逃げ出すか、謝りたおすかだった。

 その度に、東に向かっていたはずの馬車が用事を思い出すので、面倒になったメリダは、最初から冒険者章タグを見せる事にしたのだ。

 鉄等級アイアンの冒険者と言えば、討伐に頭数を必要とする魔物以外であれば、大抵は一人で倒す事が出来る。
 いくら男だとは言っても、軽く野生の羆を狩れるような戦闘力を持つ者に、わさわざ挑もうとは思わないだろう。

「はぁ……。」

 メリダは、ため息を一つ吐くと、再びブーツを鳴らしながら歩き始めた。

*

 メリダは、既に数刻(時間)は歩き通しだった、歩いても歩いても変わらない景色に、いよいようんざりして来て来る。

「しっかし……次の街はいつになったら見えるんだ……。 」

 王都を出て三日目、街道沿いの宿を陽が登ってから出て、二刻(時間)ほど歩くとこの平原に入った。
 それからもう昼を過ぎて二刻(時間)ほど経っているのに、次の街の姿はまったく見る事が出来ない。
 平原にまっすぐ伸びた道は、遥か先で森に消えているのが見えるだけだった。
 普段は、こうして旅をする事があっても、リーダーが全て行程を把握しており、メリダは今までいかに周りに頼りきりだったかを思い知らされていた。

「やっぱ、平原に入る直前の宿に泊まらなきゃダメだったのかな……? 」

 先ほどの男を最後に、反対から来る馬車の姿も見えない。
 飲み水も、先ほど尽きてしまい、メリダは急に心細くなって来た。
 今から引き返しても、平原の入り口にあった宿には、日没までには戻れない。  
 日が暮れて、アンデッド系の魔物を警戒しながらの野宿という、最悪な状況が頭をよぎる。

「おい! あんた何やってんだ? こんなところで。」

 不安に塗り潰されそうになっていたメリダに突然声が掛かり、彼女は驚いて振り向いた。
 大きな樽を満載にした馬車に乗った若い男が、メリダを睨むように見ていた。
 相当重い荷物なのか、足の太い二頭の荷馬も、汗にその体毛を濡らしていた。

「……何って……旅の途中に決まってるだろ……。」

 驚いたメリダは、用意していた言葉を返す事も出来ず、なんとかそれだけ言い返した。

「……あのさ。この時間にこの場所を歩いてたら、次のラムゼイの街には日没までに着かないんだぞ? 」

 メリダの答えが、あまりにも意外なものだったのか、男は呆れた顔で言う。

「……そうなのか?」

「……ロシェ平原に入る前……いや、ここの入り口にあった宿で聞かなかったか? 」

「いや……通り過ぎはしたけど、寄ってないから……。」

「…………ま、いいから乗って。」

 説明は諦めたとでも言いたげな男に、メリダは少し腹が立った。

「別に、間に合わなかったら野宿するだけだよ。あんたに関係ないだろ? 」

「……ああ。関係は無いね。ただ、あんたがいくら鉄等級アイアンだと言っても、一人で不死魔術師リッチーを相手に出来るのかい? 」

「……え……ここ、不死魔術師リッチーが出るのか? 」

 通常のアンデッドである、骸骨兵士スケルトン程度であれば、メリダは充分戦える。
 数体程度なら、囲まれてしまったとしても、十分戦えるだろう。
 
 ただ、上位種である不死魔術師リッチーは、剣だけでは何度も復活し、また、魔法攻撃も使ってくる。
 聖属性の魔術を使うか、強力な治癒魔法を使わないと、倒しきる事も出来ない。
 通常は、魔術師を守る陣形が取れるパーティーで挑まなければならない魔物だ。
 メリダの頭の中に、自分が喰われていく姿が思い浮かぶ。

「そんな事も知らないんだろう? 追々話すから、先ずは乗ってくれ。俺も間に合わなくなっちまう。」

「わかった……。」

 その男を良く見れば、腕っぷしも強そうでは無かったし、肌もどこか蒼白い。
 歳の頃は、少し下の十八から十九くらいだろうか。と、彼女は思う。

 もし、身の危険を感じても、十分制圧出来るだろうと踏んで、メリダは御者席の男の隣に座った。

「遅くなっちまった……。聖域まで飛ばすから、しっかり捕まっててくれ。」

「…………へ? 」

 そして馬車は石畳の街道を滑るようにして走り出した
 ごうごうと音を立て、石畳の上を車輪が回る。

 徐々に後ろに流れて行くように見える景色が、メリダには珍しく感じられた。
 馬たちの蹄の音が規則的に響き、身体が風を切り出す。
 今までの不快な汗はあっと言う間に乾いていき、草の香りのする風が、彼女の身体を優しく冷やした。

「気持ちいい……。」

「え……なに!? 」

 メリダの声が、風と馬車の音で聞こえなかったのか、隣で手綱を操っていた男が、大声で尋ねてくる。

「ううん! なんでもない! 」

 メリダは、微笑みながら、隣の男になんでもないと首を振って返した。
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