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第五章 アルク野獣の森

第269話 野獣の森横の惨劇その4

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帝国兵士は混乱している。
進軍してる横から魔獣が溢れ出してきたのだ。

「グワアアアアッ!!」
恐ろしいバケモノが吠え声を上げる。

「ウワァァァァ」
「逃げる、俺は逃げるぞ。

「どけ、どけよ」
「バケモノが来るじゃねーか」

帝国兵士は我先にと逃げ出す。

彼等を笑う事は出来ないだろう。
何故なら相手は、人間を越えるサイズ。
二つの首を持ち、四つの腕で襲い掛かる。
『野獣の森』最強クラス。
悪夢の中から這い出たような外見。
双頭熊ダブルヘッドベアー”であった。

「弓だ、弓」
「弓兵ども、後ろから全員で打ってなんとかしろ」

相手は3メートルは有る巨大魔獣。
近付きたくはない。
だが弓ならば。

矢が放たれる。
一斉に魔獣に突き刺さる矢。
魔獣は右手で払いのけるが。
胴体にも突き刺さる。

よし、この調子だ。
ドンドン撃て。
なんとか混乱から立ち直る兵士達。
しかし。

「グワアアアアッ!!ウグゥワアアアアァッ!!!ガァアアアアアアアア!!!!」

魔獣が『咆哮』を上げる。

兵士達が総崩れになる。
全員がパニックになっていた。

「助けてくれ!」
「死ぬ、殺される、バケモノが来る」

「いやだいやだ、いやだーっ」
「コワイコワイ、コワイーッ」

全員が逃げ出す。
蹲って動けない者もいる。
パニックに陥った者は蹲る兵士を踏みつけて逃げていく。

抵抗の無くなった兵士達。
“双頭熊”は悠々と動き出す。
殺戮が始まろうとしていた。



下士官は逃げている。
四人の下士官の一人。
ムゲンを嘲笑い、倒れて行ったウチの一人。
運よく逃げ出した下士官。

彼は首尾よく逃げおおせた。
“双頭熊”を見た途端逃げたのだ。

何故俺があんな恐ろしいバケモノと戦わなきゃいけない。
戦うのは兵士どもの役目。
兵士達が逃げないよう、戦場へ蹴り出すのが自分の役目だ。

父は良く言っていた。
彼は代々続く貴族の家系、軍人になる者が多い。

いいか。
一般兵どもは貴族じゃない。
帝国の為に戦う。
そんな意味を理解しないアホウどもばかりだ。
奴らは金のために兵士になった卑しい連中だ。
すぐに楽をして逃げ出す事ばかり考える。
そいつらを一人前の戦力にする事がお前の仕事だ。
遠慮する事は無い。
逃げ出すヤツは蹴り上げろ。
2,3人殺してもかまわん。
見せしめの為だからな。
お前はまだ若い。
血が滾って前線で戦いたくなる事も有るだろう。
だが、我慢しろ。
それは一般兵の役目だ。
後ろから奴らを監視する。
それが我らの為すべきことだ。

父の言う通り。
前線に立とうとした連中はやられてしまった。
死んでるかどうかは分からなかったが。
身動き取れなくなっていた。
今頃は生きていないだろう。
父の言葉が有ったから、自分はすぐ後方へ下がった。
兵士達を差し向けた。
だから生きているのだ。

見れば今も兵士達は逃げようとしている。

「コラ!貴様ら戦わんか。
 帝国兵士だろう」

「しかし、軍は総崩れです」
「士官殿、これはどう見ても非常事態です」

「魔獣が何体いるのか分かりません」
「一度ベオグレイドまで戻って、態勢を整えましょう」

「上官に指図する気か。
 いいから魔獣と戦え。
 キサマラはそれで給料を貰ってるんだ」

「そんなに言うならアンタが戦え」
「死んだら給料も何もあるか」

兵士達は逃げていく。

クソッ。
役割というモノを理解しないバカどもめ。

自分も逃げよう。

ムラード大佐の所まで行く。
大佐の周辺には歴戦の兵士達が配備されてる。
こんなバカどもとは違う筈だ。

COCK-A-DOODLE-DOO。

なんだ。
騒がしい音。
逃げようとしている方向からけたたましい音が聞こえるのだ。
兵士が立ち止まっている。
先程の口答えをしたバカ。
そいつらが立ち止まっているのだ。

「どうした、戦う気になったか」

士官は兵士の後ろから声をかける。
しかし兵士は答えない。

いや答える事が出来ないのだ。
兵士の顔。
軍服から出た顔が肌の色をしていない。
士官は兵士の前に回り込む。

「……こっ、これは?!」

兵士の顔は石で出来ていた。
他の兵士達を見回す。

全員、肌が、顔が、軍服から出た手が人間の肌ではない。
石だ。

全ての兵士が石で出来た彫刻。
下士官はへたり込む。

俺は悪夢でも見ているのか。

何かの気配。
動く物の気配を感じて振り返る。
そこには。

鶏冠がある。
どこを見ているか分からない鳥類の目玉。
嘴が突き出てる。
鶏に似た顔。

しかし。
鶏より遥かに大きい。

「グワッ、アアアァァ」

下士官は跳ね起き逃げ出す。
這うように巨大な鶏から離れる。

後ろから息。
巨大な鶏から息を吹きかけられた気がする。


「ハァッ、ハッ、ハァッ」

少しでも魔獣から離れようとする。

目の前には木々。
森の方向へ逃げてしまったのか。
方向をずらして。

ベオグレイドはどっちだ。
左、左方向のハズだ。

だが。
体が動かない。
足が、手が意志通りに上手く動かないのだ。
手が。
服から出た自分の手が。
人間の肌の色をしていない。

「オッ、うぉぉぉぉぉぉ」

両手を擦り合わせようとする。
既にほとんど石と化した腕。
内側はほんの少しピンク色が残ってる。
石化が遅くならないか。

蛇雄鶏コカトリス
聞いた事が有る。
石化の呪いを使うと言う魔獣。
あれか。
あの巨大な鶏がそれだったのか。

では自分は。
俺は石になってしまうのか。

全身石になって身動き取れずに一生を終える。
いやだ。
いやだ。
そんなのはいやだ。
そんなのは一般兵士の役目だろ。
俺は貴族だ。
上等な存在なんだ。
俺がそんな目に遭うはずが無い。

しかし。
両手が石になる。
手を見ていた顔。
自分の顔の向きが自由に変えられない。
首が石になりつつあるのだ。

いやだ。
止めてくれ。
石になるのだけはイヤだ。
誰か。
誰でもいい。
助けてくれ。


……彼の願いは叶えられた。

彼が這っていた後ろの森。
木々が、その光景がズレる。
木々に見えていたものが動き出す。
全く気が付かない下士官。

“森林熊”
その姿は木々に酷似し見分けが付かない。

魔獣の一撃が下士官の首をへし折る。
下士官は一瞬で絶命する。

石になるのだけはイヤだ。
その願いは叶えられた。
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