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第三章 亜人の村はサワガシイ

第178話 夕暮れの死闘その7

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エリカの目の前の男が馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
降参しろだと。
こんな卑劣漢に。

「誰が、アンタなんかに負けるってのよ」

エリカは言ったモノの腕は思ったように動かない。
手足にも腹にも傷を負っている。
深手では無いけれど、ジワジワ体力が奪われている。

でもまだ反撃のチャンスが無いワケじゃない。
コイツはアタシを殺そうとはしていない。
相手は槍だが、短槍。
そこまでリーチの差は無い。

一端エリカは距離を置く。
後ろに下がってタイミングを待つ。

「分かってるだろ。
 自分が不利だって事くらい。
 これ以上続けたら、殺しちまうぜ」
「フン、卑怯者。
 アンタこそ、コノハさん達を返して逃げ出しなさい
 女の人を全員返せば見逃してあげない事も無いわよ」

エリカは絶対降参したりしない。
女を攫うような連中に屈するものか。

イタチが槍を突き出してくる。
柄の下の方を握って距離を取った攻撃。
これを待っていた。

『武器砕き』

剣戦士のスキルを使うのだ。
相手の武器を砕く。
成功するかどうかは相手の武器の頑丈さにもよるけれど。
こんな普通の木の柄に刃先を付けた槍くらいなら。
と思ったのに。

……アレ……

エリカの目の前からイタチが消える。

いや。
視界の風景が変わっている。
これは何度か経験した事がある。

『変わり身』

コザルの忍者スキル。
どういう仕組みか。
コザルとエリカのいた場所が入れ替わるのだ。
不思議な技。

多分、エリカがやられそうになってるのを見てコザルが使った。
余計だわよ。
これから逆転するところだったの。

でもさすがね、コザル。
信頼度抜群のチームメンバーに心の中で語り掛ける。
エリカは全身傷だらけ。
正直立ち回りはシンドかったのだ。


エリカのいる場所は、先ほどまで自分がいた処より少し離れた地面。
さっきまで対峙していたイタチが見える。
亜人の村の卑劣な男。
槍を突き出した先にいるのは小柄な人影。
布装束の忍者。


そこまでは予測した通りの光景。
そこまでは分かっていたのだけど。
これは予測していない。

イタチの槍は布装束に刺さっている。
かすめたどころではない。
コザルの体の中心部に深々と刺さっているのだ。

「コッ……コザル?!」











戦場のど真ん中。
ハチ美は倒れている紳士服の男を踏みつける。
足に刺さった矢を抜こうと悪戦苦闘していた男。

「ウンバラゲクッ。
 な、何をする!」
腹を踏みつけられた男は意味不明な叫び声を上げる。
弦を引いた弓矢を突き付ける。

「な、な、なーっ?!
 や、やややっや、やややっや」
矢を向けないでと言いたいのか。
やめてくれと言いたいのか。
情けない男だが、おそらくこいつがトップ。
これで終わったかもしれない。

「キサマリャ……」
キサマラ、抵抗を止めて大人しくしろ。
そう言おうとしたハチ美。
だが後ろから彼女の顔に布が掛けられた。
声が出ない。
布を振りほどこうとする。
が腕に力が入らない。
目が明かない。
自分の身体が倒れていく。
地面へと。

「アブねぇな。
 大丈夫かよ?」
盾を持った男は、紳士服の男を助け起こす。

「助かった。
 アンタを雇っといて正解だったぜ。
 チェレビー」
「報酬にイロつけといてくれよ。
 上手い事逃げられたらな」









コザルは忍者。
その任務はエリカを助ける事。
槍を持った男がエリカを襲おうとしている。

エリカは傷を負ったのか。
動きが鈍い。
走りながら唱える。

『変わり身』

コザルの視界がフッと変わる。
エリカのいた場所。
コザルのいた場所。
二つが入れ替わったのだ。

コザルの目の前に槍を持つ男。
確かイタチと呼ばれていた。
通常なら避けられるレベルの槍撃。
しかし。

慣性の法則。
その古典力学の名前をコザルは知らない。
でも身体は法則に縛られる。
すべての物体は外部から力を加えられない限り等速直線運動を続ける。

先程までエリカに向かい走っていたコザル。
その身体は前へと動く。
槍の突き出される方向へ。









「コッ……コザル?!」

エリカは胸の中で叫びを上げる。

ウソでしょ。
どんな攻撃でも避けて見せたじゃない。
こんなところでモロに攻撃を喰らうなんて。

喰らってるように見せて、何かの技で避けている。
そう思いたいけれど……

槍は布装束の中心を貫いてる。
イタチは倒れたコザルから槍を引き抜こうとしている。


エリカの体から力が抜ける。

全身に傷を負っているエリカ。
イタチと対峙している時は気合で持たせていた。
その気合が抜けてしまったのだ。

体中が痛い。
チンピラを切った時、指を切り落としてしまった。
その光景で動揺してしまった自分。
そんな自分が情けない。


「……おい、嬢ちゃん。
 降参しときなよ。
 ダンナが今降参すれば、嬢ちゃんは見逃してもいいってよ」

振り向くエリカの目に入ったのは、盾を持った男。
その男に支えられた紳士服の男。

「アイツ放っとくとヤバイぜ。
 嬢ちゃんが降参すれば、オレが薬で治療してやるよ
 その剣を下に置きな」

盾を持った男がそう言う。

アイツとはコザルの事を指してるみたい。
治療。
治療しないとヤバイ。
槍は体の中心を貫いている。

「分かった」

エリカは絞り出すように言った。
剣から手を離す。
鋼鉄の剣は刃先から落ち地面に刺さった。
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