あやかしよりまし

葉来緑

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続章【逢魔】追憶編④

夏祭り

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雨が降っていた。
雨に濡れながら、眼の前にいる男達を睨みつけていた。
「何だあ? その眼は!?」
膝蹴りが腹に食い込む。
「…………!」
激痛で思わず前かがみになった。
その時視界に、雨に濡れた靴が映る。
よろけながら俺は楓姉に買ってもらった靴を拾いに行った。
「おい、待てよ。まだ話は終わってねえだろうが!!」
襟首えりくびを掴まれる。
だが、俺はそれを振り払い靴を拾い上げようとした。

だが、靴を拾い上げる前に────茶髪に蹴飛ばされた。
それを小太りが拾い上げる。
「ははは!! そんなに大事なのか、これ」
「────触るなッ!!」
吽狛が拾い上げようとした靴を跳ね上げた。

「な、何だあ!?」
靴は大きく宙を舞い、懐に入った。
しかし、直後に────背中を蹴飛ばされた。
そのまま前のめりに倒れこんだ。
「話は終わってねえって言ったろ? 舐めてんのか、ガキ」

「……もう我慢ならん」
手にしてた傘化けが独りでに動き出した。
「────ぐあッ!?」
傘化けが坊主頭の側頭部を直撃する。
「手前ェ……やりやがったな!?」
「……吽狛」
傘化けを軸にして立ち上がり、吽狛を呼び寄せた。
吽狛は怒りで少し、歪んだ表情を見せる。
坊主頭が胸元を掴み上げ、腹に向かって拳を振り上げてきた。
────吽狛が唸り声をあげ、それに合わせて飛び込もうとした。

「────おい、そこで何をしている」
雨音の中、静かな声が響いた。
「ああ?」
坊主頭の拳の動きが止まる。
(…………?)
────そして、まさに坊主頭の拳に喰らいつこうとした吽狛の動きも止まった。



路地裏の向こうには、傘を差した男が立っていた。
男は傘を閉じ、ゆっくりとこちらに向かって来る。
その顔には見覚えがあった。────楓姉の友達の男だ。
「何だぁ? 兄ちゃん……すっこんでろよ」
へらへらが近付いて睨み付ける。
「それとも兄ちゃんが金くれるんすか?」
それに付き従う様に小太りも肩をいからせながら、男に顔を近付けた。

「……息が臭いな、お前。消化器官でも痛めてるんじゃないのか?」
小太りは真っ赤になって怒り────男に掴みかかろうとした。
────だが、男はそれを捌く様に受け流し、勢い余った小太りの顔面は壁に激突した。「あがっ!?」
……あれは、天狗がたまに披露する合気の動きだ。
「ぶははっ!! 何だ、お前? かっこ悪ぃなあ」
へらへらは小太りを馬鹿にして、更に逆上を煽った。
「ぶっ殺す!!」
今度は本気で男に向かって蹴りを入れた。
男はまたもやそれを避け、腕を小太りの首に掛け、そのまま引き倒した。
「野郎ッ!!」
へらへらは傍にあった鉄パイプで男の背後から打ち付けようとした。
「危ない!!」
吽狛を使い、鉄パイプを奪おうとした。
だが────男は体を翻し、相手の腕を潜りへらへらの手首を取った。
「痛てててッ!!」
そのままひねり上げて押さえ付ける。
「暴れるな、折ってしまうぞ」
「ざけんなッ!! おいッ!!」
小太りは立ち上がり、助太刀しようとした瞬間────鈍い音がした。
「あ、ひゃ……ッ!! う、うぎゃあああ!!」
「……ッ!!」
間接の外れる音だ。
へらへらが地面をのたうち回る。
襲い掛かろうとした小太りは、そのまま後頭部を掴まれ壁に打ち付けられた。
寒気がする程の大量の鼻血が出る────止血出来ない事が瞬時に判った。



「おいコラッ!! ふざけんなッ!!」
その状況に坊主頭は怯まず、懐から小型のナイフを出した。
いや……出そうとした手前で坊主頭は腕を掴まれ、大きく振り回された。
────下がった頭を掴まれる。

そのまま垂直に回転させる勢いで頭部を地面に強打された。

「あ!? ……────がッ!!」
鈍い音がして、坊主頭は身を反らした。
その時────坊主頭の手にしていたナイフが、地面のコンクリートに当たって跳ね返った。
「……!」
男は、咄嗟に交わしたが────その刃先が、男の腕を掠めてしまう。
「……あれは!」
男の背後に────鏡のお化けが出現していた。
ナイフは空中で軌道を変え、坊主頭に目掛けて落下していく。
「ひいッ!」
────それは坊主頭の腕を掠めた。
坊主頭は、軽い呻き声をあげると、意識を失った。

立ち上がる男の腕を見てはっとする。
……全く同じ傷が、坊主頭の腕に付いていた。
(今のは……妖の仕業か?)
路地裏は残り二人の呻き声に覆い尽くされた。
「や、やり過ぎじゃないのか……?」
余りの状況に礼を忘れて慌てふためく。
「やり過ぎくらいで丁度良いのさ……こんな奴等は」
男は冷徹な顔のまま、口元を釣り上げた。
「身の程ってのを知らなければいけない」


男はもうこの場には興味が無いように、自分の傘を拾い上げる。
そしてそのまま道路に出て、振り返った。
「どうした、早く来いよ? お前には少し話があるんだ」
「あ……わ、わかった」
慌てて、自分の荷物を拾い上げる。
小太りとへらへらはすっかり戦意を喪失し、がたがたと震えていた。



「ありがとう……って、一応礼は言うけどさ」
傘化けと荷物を拾い上げ、男に付いて行く。
「あれはやっぱりやり過ぎだ。警察に捕まるんじゃないのか?」
「……ふん、明らかなやり過ぎじゃない限り過剰防衛にはならないな。……この明らかってのがまた曖昧だ。案外、正当防衛の幅は広いのさ」




男に連れて来られた店は、少し高級そうな喫茶店だった。
「あら、キョウ君いらっしゃい」
カウンターの女主人が嬉しそうに笑いかける。
男は常連なのか、主人に軽く会釈をした後席に着いた。
「好きな物を頼めよ」
そう言って男はメニューを差し出した。
ランチメニューとして軽食やソフトドリンクもあって安心した。
「そんな事言ったて……どうしてオレンジジュースが八百円もするんだよ。いいよ、俺は水で」
「子供の癖に遠慮がちだな、お前は。じゃあ俺が勝手に頼むぞ」


オレンジジュースとケーキが目の前に置かれた。
ケーキは更に高かった
「……セットはないのかよ」
男は構わず自身が頼んだコーヒーを口に含む。
「ふん、余りかしこまるなよ。これは稲生楓の弟に対する好意さ」
「楓姉……」
泥まみれになった靴を、出来るだけ綺麗に拭く。
「俺はキョウスケだ。お前の名前は?」
「……シュウイチロウ」
お互いの挨拶を済ませた後、キョウスケと名乗ったそいつは口を開く。


「さて……本題に入るか。俺が聞きたいのはな……俺に取り憑いているモノについてだ。お前もお前の姉も────……見えるんだろう? そう言ったものが」
「────!? お前……妖の事を知っているのか?」

「ああ、お前の姉……楓から多少は聞いた。だが楓はこれがどう言った物か、どう言う姿をしているかは話さない。だからお前に教えてもらおうと思ってな」
(そうだ、こいつは楓姉の友達だったけ……)
「……別に知る必要はねえと思うけど。憑かれてても気付いてないのが大半だし、いつの間にか居なくなったりもする」

「そうか、だが俺はな……興味が出て来たんだよ。ふふ、目に見えないものが見えるなんて神秘的な話じゃないか。量子論的には反物質とでも言うべきかな」
「……リョーシロンとか何だか良くわからねえけど俺には“見える”って事と“良いものか良くないものか”って事ぐらいしかわからないぜ?」
「それで構わないさ、教えてくれよ」
「…………“鏡”かな。鏡の形をしている。そして……ちょっと歪んでる」
「“鏡”? ────そうか、自分の名前と同じ魔物なんて……まるで冗談の様な話だな。歪んでいるってのはどう言う事だ?」
「あんまり良くない妖って事さ。妖は衰弱したり、良くない方向に力をつけると姿が歪むんだ」

「なるほど。それで、この鏡はどちらの意味で歪んでると思う?」
キョウスケは真剣な眼差しで尋ねてくる。その眼と鏡に映りそうな自分の姿に寒気を感じた。
「……どっちかってーと後者だな」
「はは、お前は正直だな。気に入ったよ、シュウイチロウ」

キョウスケは食事も薦めたが、楓姉に怒られるのでやめといた。
雨の中、キョウスケにひとつ忠告をしとく。
「妖は自分の力で祓えるんだ。憑人の心掛け次第で気生める事が出来る……」
「ああ、わかった。せいぜい気を付けるさ。またお前とは────逢いたいものだな」
「……俺は遠慮してえな。何だかお前……腹黒そうだ」
「ふふ、俺は正直な奴は好きだ。楓も正直な奴だよな」
「何だ? お前……楓姉の事、好きなのか?」
「ああ、あいつは良い女になるよ。あれほど“自分”を持っている奴は珍しい」



(……“ジブン”? ……よくわかんね)
キョウスケに憑いている“鏡”に自分の姿が映る。
鏡には吽狛も映っていた。
こういったモノを怖いとは、滅多に思わないが……。
鏡に映る自分には……少し、寒気がした。





次の日は七夕だった。
縁側では楓姉が、どこからかかっぱらって来た笹に、短冊を飾り付けている。
「『目指せ! 絵本作家!! 楓』……、と。ほら、修一郎も何か願い事書きなさいよ」
そう言って白紙の短冊を差し出す。



「俺は良いよ、そんなんで叶ったためしねえし」
「がははっ!」
おおかむろと一緒にテレビを観る方が楽しい。
七夕なんて、学校で済ませたし────興味ない。

「修一郎はロマンがないニャー、そんなんだからガールフレンドも出来ないんだニャ」
又三郎は『求ム女!! 又三郎』と言う短冊を飾りつける。
ロマンと言うよりただの欲望じゃねえか……。
「はー、じゃあ修一郎の願いはわたしが書こうかな? 『友達が出来ますように 修一郎』……と」
「おい、止めろって! そんな恥ずかしいもん飾るな!」


「ふざけてなんかいないわよー? 全くもう、せっかくのお祭りだってのに誰も友達が誘いに来てないじゃない?」

今日は商店街を上げて、七夕祭りが開催されている。
楓姉は、九条庵のバイトから帰ってきてくたくただった。
それにも関わらず、短冊の飾りつけを済まし、今からは友達と祭見物に行くそうだ。
飾りつけが終わると楓姉は服を脱ぎ、浴衣に着替える。

「おお! 姐御色っぽいニャー♪ おいらも姐御と一緒に行くニャ!! 浴衣も良いけど水着が良いニャ! 海にも行きたいニャ!」

「あんたはそこで泳いでなさい!」
又三郎は放物線を描き、池の中へと落下する。
そんなやり取りに、他の妖達が騒がしくなった。
「……ん? ああ、ほらー。妖達もお祭りに行きたいって言ってるわよ? 連れてってあげたら? ほら、お小遣いあげるから」



……何故だか妖達を連れてお祭りに行く羽目になった。
家に居る妖達は気は優しいが、臆病なので俺や吽狛や多少は力がある妖が用心棒代わりをしないと中々外に出れない。
「お前らはぐれんなよ、はぐれても責任とらねえからな」
ぞろぞろと────端から観れば一人で、お祭りへと向かった。



七夕祭は、商店街をあげての開催だから人込みが凄かった。
至る所に短冊が飾られ、あらゆるお店が出店をしている。
食材を扱う店のフランクフルトや焼きそば、じゃがバターなどの匂いに食欲をそそられた妖達が買ってとせがむ。
あんまりうるさいので安い割には量が多い焼きそばを買った。

人込みを避け、坂道を越えた神社の階段で食べる事にした。
……食べ始めもしない内に今度は境内内の出店の綿菓子に惹かれたりと付き合ってたらキリがない。
パックを開け、焼きそばを広げる。
普段小食の妖達がわっと群がる。

……あっと言う間に焼きそばはなくなり、紅しょうがだけが残った。
「あ……お前らふざけんな! ……くそ、今度は俺が腹減ってきた」
境内に入り、たこ焼きでも買う事にする。
金魚すくいの近くに空飛ぶ更紗模様の金魚の妖が見えた気がした。
もしかするとそれは……噂に聞いた人魚の里からやって来た人魚の稚魚だったりするかもしれない。
まあ、仮にそうだとしてもここでは関係の無いお話なのだろう。

他にも輪投げやお面屋と露店を見物して行くと、宝つりの前に人だかりが出来ていた。
宝つりは、紐をひいて景品を取るタイプのゲームだ。
「ふふっ、悪いね。おじさん」 
注目されていた奴はどうも三等くらいの景品を引き当てたらしく、宝つり屋の主人は渋い顔をしていた。

その景品は流行の携帯ゲームとかで、ギャラリーから歓声があがる。
(へえ、本当に高価なモノも入ってるんだな)
そのせいか、意外と店は繁盛していた。
そいつはほくほくとした顔で、人だかりから抜けてくる。
────その顔には見覚えがあった。

「あれ、トシゾー? 奇遇だねー」
……イサミだった。
「一人でどうしたの? 友達は?」
イサミは人懐っこそうに笑うといきなりあれこれ聞いてきた。
「……一人で悪いかよ」
何だか恥ずかしくなったが、誤魔化しても空しいだけだし、思わず悪態をついた。

「ううん、別に? 僕も一人だし」
「あ、そう……なのか?」
(こいつ……友達多そうに見えるけどな)
「僕……この町に来てから日も浅いし、友達居ないんだよ。ね、一緒に回らない?」
「は……?」
突然の申し出に戸惑う。
────何だか胸がほんの少しだけ熱くなった。
「い、いいよ、俺すぐ帰るし……」
しかし口に出たのはそんな言葉だった。
妖達はまだまだ遊びたいのか不満の声を背中に受けた。
そんな時、腹の虫が鳴った。

「ぷ……ふふっ! お腹空いてるの? 僕もお腹空いたなあ……何か食べよっか?」
そう行ってイサミは露店に向かって行った。
「…………」
「何してるの? 早くおいでよ!」
「…………!」
無言で付いて行く。

結局、お好み焼きをイサミと一緒に食べる事になった。
「美味しいね」
確かに具の小海老とかがぱりぱりとしてて、美味しかった。
「美味しいけど量が少ねえな」
文句は言いつつも、とりあえず腹の虫は落ち着いた。
「うん、じゃあまたお腹空いたら何か食べようよ。他にも美味しそうなのいっぱいあるし」
「何個も食べてたら勿体なくないか?」
「しみったれだなあ君は。もっと景気良くいこうよ、今日はお祭りなんだから」

イサミは、そのまま一緒に射的やヨーヨー釣りに行きたいと言って連れ回す。
「そんな何回も遊ぶ金なんかねえよ」
「だったら奢るよ、さっきくじも当たったしね。誰かに福を分けなくちゃ」
そんな申し出は初めてだ。
むかつくような嬉しいような……不思議な気分だ。
「いらねえよ。自分で払う」
楓姉からは、結構多めに小遣いを渡されていた。



300円の射的をした。
何故か狙いの景品の隣の景品が落ちた。
10円の価値もなさそうなキーホルダーを手に入れる。
こんな無駄遣いは、久しぶりだ。
その人形の不細工な作りに、思わずふきだした。
「ぷ……はは! 何だこりゃ。いらねえなあ」
「君さ、笑うと可愛いよね。もっと笑えば良いのに」
「お前何言ってんだ? 気持ち悪い」
「ねえ、そのキーホルダーちょうだい。好きなんだ、それ」
「はあ? こんなのが欲しいのか?」
「うん」

イサミに不細工な人形をあげる。
赤くてムカデみたいな人形だ。
物好きな奴だな……。

結局遊びに付き合う事になった。
遊び疲れた後、再びいか焼きとかをつまむ。
何回も奢られるのは気分が良くなかったので自分で買った。
「あ、昨日……言った通り雨だったろう? 木霊、元気になると良いね。ねえ……ああ言う精霊ってさ、こう言う所にも居るの?」

そうだった……こいつとは妖の話とかしたんだっけか。
「精霊? ────妖は結構お祭り好きだからな……、その辺の見えない暗がりで別個にお祭りやってたりするぜ」
「へえー……妖って言うんだね。どの辺でやってるかわかる? 見に行ってみたいな」

イサミは俺の言葉を疑う事もせず、興味津々だ。
「……どうせ見えねえだろうし、危ねえぞ? 下手したらさらわれるかも知れねえ」
神社内に居るのは人の良い妖ばかりだが、何せお祭りだ……酔っ払った陽気な妖が子供をさらう事は良くある。
「それはそれで面白いかも……妖がどこかに連れて行ってくれないかな」
イサミは何も無い暗がりを見つめた後、空を見上げた。
何が楽しいのか、鼻歌を歌っている。
(……こいつ、やっぱりどっか変だ)
こいつと居ると、ペースが乱れて仕方がない。

顔を下げたイサミは、再び暗がりをきょろきょろと見回す。
「ん……?」
何かに気付いたのか突然立ち上がり、賑やかな場を離れ、暗がりの方へ向かっていった。「お、おい! 何処に行ってんだ!? そっちにはいねえぞ!」
……仕方なくイサミの向かった場所へと向かった。



行き着いた先には……人気の無い場所だった。
そこでは、同じくらいの歳の少しガラの悪そうな男子の連中、4、5人程が誰かを囲んでた。
────……?
更によく見ると、囲まれているのは……髪飾りが良く似合う女の子だった。
大将格の様な男子に絡まれ、凄く嫌がっている様子だ。
女の子は抵抗して逃げ出そうとしたが、足をかけられてしまい、そのまま転んでしまう。男子達はげらげら笑いながら、馬鹿にする様に女の子を指差していた。
「…………ッ!」
女の子は大将格を睨み付け、掴みかかる。
────だが、あっさりと押し倒されてしまった。
女の子は更に真っ赤になって怒り、今度は組み合いになる。
しかしか細い腕は、腕力の差でねじ上げられてしまった。
ふざけ半分で痛くはなさそうだが、女の子は悔しさの余り涙ぐんでいる。
「────君達、女の子相手に寄ってたかって……何やってんだよッ!!」
何処かから見ていたのか、イサミは茂みから飛び出し男子達の前に姿を現した。
突然のイサミの乱入に驚いた男子達だったが、やや間があった後、大笑いしだした。

(あいつ何やってるんだ……?)
こんな面倒臭そうな状況に首を突っ込むなんて、軽率としか思えない。

「あっはっは! お前、こいつの事気に入ったの? だよな、こいつ可愛い面してっからなー」
男子の一人が、小馬鹿にした態度で、女の子の背中をばんばん叩いた。
女の子はずっと俯いたまま、震えていた。

「……何がおかしいんだッ!」
女の子の背後に居た男子に詰め寄る。
にやにや笑ってたそいつは、イサミの鼻っ柱を拳で打ちつけた。
「うぅッ!?」
怯んだイサミに更に2、3発のジャブが入る。
最後は腹にストレートを喰らい、イサミはお腹を抑えながら、うずくまった。
「な……何をするッ!!」
男子達は大笑いし出した。

「こいつ、すげーうけるよ。こいつと遊んだ方が面白そうじゃね?」
「おう、そうだな。プロレスごっこでもやるか」
大将格の男がイサミの肩に腕を回す。
「やめろ! 離せ!」
そして他の男子に向かって突き飛ばした。
突き飛ばされたイサミはもう一人の男子の腕に首を掛けられ、ラリアットの様な形で吹き飛ばされる。
「げほっげほっ!」
「何だお前、弱ぇじゃん。面白くねえなあ」
「……ッ!」

イサミは覗き込む大将格の頬を思いっきり平手打ちをした。
「痛ぇなあ!」
平手打ちをされた大将格は、そのままイサミの腹を蹴飛ばした。
「うぅッ!?」
イサミはお腹を押さえ付けながら、大将格を睨み付ける。
体ごと体当たりをして、相手を押し倒そうとした。

「うはは、お前、弱っちいなあ」
イサミの体当たりは、体ごと押さえ込まれた。
そして頭部を足に挟まれ、間接技で体を固められてしまった。
「おーい、今からパイルドライバーやるぜー?」
「首から落とすとやばくねえかー?」
「大丈夫だって、背中から落とすからよー」
「痛い痛いッ!! 離せよッ!!」

必死にもがくイサミを、そこに居る全員が楽しそうに見ていた。
(あいつ……馬鹿だ。こうなる事は目に見えてたじゃねえか)

先日の不良との一件を思い出す。
もうああ言った連中に関わるのは本気で嫌だった。
ある意味妖より性質が悪い。
女の子に目をやる。
女の子は震えていて、止めにも入らない。
大将格は抵抗するイサミの体を持ち上げようとした。
「……くそ、面倒臭えなあ!!」

集団の中に足を踏み入れた。
まさに今、イサミの体が宙に浮く瞬間だった。
視線が一斉にこちらに向かう。
「ああ? また変なのが来やがった! 今良い所なんだよ、邪魔すんな」
男子の一人が俺の襟を掴み上げる。
その手を振り解(ほど)き、睨(にら)みつけた。
わらわらと男子達がこちらに群がる。

「面白え、タッグ戦と行くか?」
「ふん、俺はボクシングが良いな」
先程イサミの鼻っ柱を打ちつけて、にやついていた男子がボックスを踏んでジャブを打って来る。
「……酷え動きだな」
親父や、爺ちゃんのボックススタイルを見ていたせいか、その動きがどれだけ酷いかわかった。
「はあ? 何か言ったか!?」
癇(しゃく)に障ったのかそいつは左ジャブを突き出してきた。
それを避け、お返しに左拳をボディに打ち込む。
「うぐッ!? 手前ェ!!」

逆上したそいつは腹に向かって拳を打ち付けようとする。
────今度は顔面がガラ空きだ。同じ鼻っ柱を殴りつけてやった。
「……痛ぇぇ!!」
「あぁ!? だせえなあ、何やってんだ!!」
周囲が唖然とした瞬間を見計らって走り出す。
大将格に体当たりをかけ、組み合う形になった。
その最中、イサミは解放された。
組み合う中、大将格は膝蹴りをして来た。
腹に衝撃が来るが、そのまま頭突きを顔面にお見舞いする。
「痛ぇ!」
大将格が怯んだ隙にイサミの元に向かう。
「トシゾー! 危ない!」
背後から棒の様なもので打ち付けられた。
────幸い、頭は逸れて肩に当たった。
……それでも痛みをじわじわと感じた。
「────吽狛!」
棒の様なものは角材だった。
返す角材に吽狛が喰らいつき、そのまま奪い取った。
そのまま、角材を持っていた男に向かって思いっきり振り下ろす。
「ひいっ!?」
目の前を物凄い速さで角材が通ったせいか、そいつは足を震わせそのまま腰を抜かしてしまった。
今度は大将格が背後から襲い掛かってきた。
角材の先端を握り、後方へと角材を突き出す。
「うおっ!?」
体を旋回し、角材の末端部分で大将格の動きを制する形になった。
イサミの声で横から石が飛んでくるのが見えた。
────避けきれない。
だが、吽狛が吼え、石を叩き落とした。
「……何だあ!?」
石を投げつけて来た集団の一人は目を丸くして、もう一度石を投げつけてきた。
今度は角材を回転させ、叩き落とす。
「……こいつ!」
イサミは石を投げつけてきた相手を肩ごとぶつかり突き飛ばしていた。
「馬鹿、何やってんだ! 早く逃げろ!」
「う、うん……! トシゾーも逃げて!!」
そう言ってイサミは女の子を連れ、逃げていく。
「おい、待てお前ら!!」
男達の一人がイサミ達を追いかけて行った。
そのまま振り返らずに前方に走り込む。
先程拳を打ちつけた男の前の地面に、角材を突き立てた。
「ひぃっ!!」
棒を眼前に突きつけられた男の軽い悲鳴が聞こえた。
「どけッ!!」
一喝すると、そいつはその場に尻餅をつく。
そのままそいつの脇を目掛けて角材を突き立てた。



そのまま、突き立てた角材で地面を突き────しゃがみ込んだ男ごと、茂みを飛び越えた。
着地して、走り出す。
背後で、奴らのやり取りが聞こえた。
「あ、あれ……?」
「馬鹿野郎ッ!! 何やってんだ、追いかけろッ!!」
角材を放り投げ、人込みの中に紛れて逃げる。
程無くして連中も人込みを掻き分けて追いかけてきた。
「……お前ら、力を貸せ!」
────茂みに隠れていた妖達に命令した。
「うおっ!」
「な、なんだ!?」
何人かは足元がふらつき、転ぶ。
その状況を尻目に、裏門から脱出しようと走り込んだ。
だが……────出口の鳥居には先程イサミ達を追いかけた連中の仲間が立っていた。




《追憶編④終了 追憶編⑤に続く》
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