醜いのは誰でしょうか

やぎや

文字の大きさ
上 下
9 / 13

はいいろのせかい

しおりを挟む



 私の醜い顔に視線が集まる。四つの目玉が私を舐めるように見る。その視線はねっとりとしていて、私を嘲笑っているのではないかと恐怖してしまう類のものだった。
 自分の素肌が新鮮な空気に晒されていることが気持ち良い。でも、それ以上に私の顔に集中している視線が気持ち悪くて堪らない。

 ヴェールを全て上げ終わったら、国王陛下も殿下も私の醜さに顔を若干引きつらせた。それを誤魔化すように口元のは笑みを浮かべているが、私の目は騙せやしない。
 私を見くびっているのだ。私が幼い頃からどれだけ好奇の視線を浴びてきたのか、この人達は知らないのだろうか? と思ってしまいそうなほど、誤魔化しきれていないその表情。いっそのことお母様のように嫌悪感をあらわにしてくれた方が気持ちいい。
 中途半端な優しさが私をどれだけ惨めにさせることか!

 なにが「醜くないかもしれない」だ。自分が醜いことなんて自分が一番知っている。怪物のような顔をしていることなど、誰かに言われずとも分かっている。
 どうしてこうやって私を晒しあげるのだろう?
 喉が引きつってきて、私は叫びたくなる。
 誰に向けて? どうして? それもなにもかもがわからないけれど、叫びだしたいと体が私に伝える。
 仕方ないから、私はすぐそばにあった紅茶のカップを取ってちびりと一口すすった。

 「……どうか致しましたか? わたくしは醜いと、自分でもよく分かっております。国王陛下、……様、お顔が引きつっておりましてよ? はっきりお言いになって結構ですわ。わたくしは醜いのだ、と」
 「いいや、でも、君は目の悪い私に良くしてくれ……」
 「取り繕わなくても良いのですよ? そうやって思い出まで持ちだしてしまって。もしかしたら、その記憶も殿下にとって恥すべき黒歴史になっているのかもしれませんけれど……。わたくしと“妖精姫”は天地の差があるのでしょう? 美しいお顔に慣れてしまっているのでしょう? ああ、そうですわね、今頃気がついたのですけれど………。わたくしめのような醜いものを見たのは初めてなのでしょう?」
 
 カップを置いて、ふふふ、と笑ってみせる。ここで泣いてはならないし、顔を歪めてもいけない。私は最後まで気高くありたいのだから。
 そうは思ってもいつも部屋にこもっているばかりの私の表情は、硬くて不自然なのだろう。

 「国王陛下、わたくしを如何なさいますか?」

 もうどうなってもいいような気がした。この人達に何を言っても無駄だろうし、そうする必要性も感じない。私はこの人達に何をされても構わない。
 どうせ家に帰っても、そこは私の家ではない。私は修道院に入れられてしまうでしょうし……いえ、殺されてしまうかもしれないし。お父様は私に興味がないのだから、そこら辺のゴロツキを雇ってザクリ、なんて大いにあり得る。
 
 もう一口紅茶をすすっていると国王陛下が重い口を開いた。

 「まずはそのヴェールを掛け直してくれないか? そなたの言うように、そなたはとても醜い。私もこれほど醜いものを久しぶりに見たような気がする。」

 国王陛下は私に冷たく言い放った。私を醜いと言って、呼び方もぞんざいなものへと変わった。噂になっている私の醜さがどれくらいの醜さなのか、興味があったのだろう。なんと好奇心旺盛な国王陛下! 民衆はこんな男を神だと言っているのか! 立派だと言っているのか! 馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。

 「仰せのままに、国王陛下。ご気分を害されました?」

 面白くて、国王陛下を挑発してしまう。私の未来はどうせ暗いものなのだから、今くらいは楽しんだっていいだろう。今後の不安で手はこんなにも震えているというのに、私の口は閉じることを知らない。
 そう言いながらも、国王陛下の命令に従ってヴェールを掛け直した。

 「ああ、とてもな。こんなの・・・・は王子の婚約者に相応しいとは言えないな。外交などできやしないだろう、その醜さでは。そなたの両親がヴェールを与えたのは賢明な事だな。王子の名を呼ぶことを今すぐに辞めろ。もう王子に近づくな。そなたとこうやって話しているだけで気持ちが悪い。すぐに書類を用意させる。それでいいな?」
 国王陛下が殿下に声をかける。
 「ええ、それで結構ですよ、父上。これは……王太子妃として問題がありますからね。今まで盲目だった私の相手をしてくれていたキャサリン嬢には悪いと思いますけれど、これでは仕方ないでしょう。すまないね、キャサリン嬢。私と君との間で結んでいた婚約関係を解消してくれないか?」
 私の目を見て、刺々しい口調で、はっきりと、殿下は私の告げた。私の知らない殿下のようなその姿に、また叫びだしたくなる。
 
 人は緊張した時……精神的に不安定になった時ほど、冷静に物事を対象できるのだろうか。
 「ええ、承知致しました。」
 私の口から出た言葉だというのに、それは私以外の人が発した言葉のように冷え冷えとしていた。
 殿下は言った。「王太子妃として問題がある」彼は後に王になるのだろう。
 殿下は言った。「私の相手をしてくれていた」「これでは仕方がない」と。私の容姿を嗤った。私は殿下の相手をしたことなど一度もないのに。私はいつも、殿下と話をするのを楽しみにしていたのに、その思い出すらも彼の言葉で踏みにじられてしまう。

 陛下は呼び鈴を鳴らして、陛下の側近が来るのを待っていた。
 その間も陛下は私の顔をヴェール越しに見続けて、妖精姫と私の容姿を比較した。

 そんな中でも、私はどうしても陛下に聞きたいことがあった。返答は分かっているけれど、知りたかった。

 「殿下、少しばかり質問をしてもよろしいでしょうか」
 「ああ、問題ない」
 「殿下はわたくしを、愛しておりました? ……いいえ、そうではないのです、わたくしが聞きたいのは今のことではなくて、今までのことですわ。薔薇園で過ごした時間、わたくしのことを誠に愛してくれていたのかが気になるのです」

 殿下は一瞬戸惑った。瞳を揺らがせて、私から目を逸らし、手を組んだ。
 美しい、白い手を組んだ。

 「……キャサリン嬢には酷いことをしたと思っているよ……きっと私は君に同情していたんだ。私があの頃君に抱いていた感情は愛ではない。……今なら分かるよ」

 ーーー私には“妖精姫”がいるから。
 私にはそう言っているように聞こえた。

 「……そう、ですか。そうですわよね。すみません、このような質問をしてしまって」
 「別に構わないよ」

 殿下はソファに深く腰を掛けて、国王陛下に目線で何かの合図をした。それがどんなものなのかはわからないけれど、悪いものである事は確かだった。
 私はそこではっきりと確信した。殿下が私側・・から居なくなってしまったのだと、やっとの事で気がついた。新聞でどれだけ叩かれても、それだけは違うのではないかと信じていたのがバカらしくなる。新聞に書いてあったことは、れっきとした事実だったらしい。

 殿下は忘れてしまったのだ。私と過ごした薔薇園での日々を、あの幸福な時間を、あの愛を、全て。
 殿下は、全て忘れてしまっていた。
 私の騎士になると言っていたことも、私を愛していると言ってたいたことも、私をはいいろのせかいに戻さないと約束したことも。現に、私の世界はもう色を失いつつあるのだから。
 妖精姫の美しさ・・・に夢中になるのは、誰なのでしょう?
 見た目の美しさなど関係ないと、私の味方だといつも言ってくれたのは、私を慰めてくれたのは、僕も君と同じだと言った人は、どなただったのでしょう?
 私を好きだと言ったのは?
 私に愛していると言ったのは?
 醜くないなどと言ったのは?
 今ここいる殿下ではない、優しげな盲目の殿下はどこにいるんでしょう?
 
 それから数分後に、国王陛下の側近が書類を持って部屋に来た。
 元々紙切れ一枚の契約なのだ、終わるのも随分とあっさりとしていた。
 サインをして、お終い。呆気ない終わりだった。
 今まで過ごしてきた日々などなんでもなかったもののように終わった。きっと、私たちの関係は紙よりも薄いものだったのだろう。

 国王陛下は私の両親に前以て話をしていたらしく、伯爵家には少なくない金額が渡されているそうだ。
 国王陛下は修道院に入る足しにしてくれ、と言っていたけれど、修道院に入っても充分なお釣りが来るだろう。
 国王陛下は私にも金貨をたっぷりと与えた。国王陛下は両親が私のためにお金を使わないということを知っていたのだろう。両親に任せておけば、私はまともな修道院にさえも入れないだろう。
 「これまでありがとう」その言葉の裏を書けば「金輪際王子に近づくな」
 私は第一王子に近づくことをしなければいいのだから、貰った金貨で亡命してもいいのだ。

 全てが虚しくて、悲しくて、惨めて仕方がなかった。
 殿下は私を裏切ったし、絶対などなかった。
 ああ、殿下、とも言ってはいけないのか。

 第一王子様が、私を見捨てました。私は捨てられてしまいました。私ははいいろのせかいに戻されてしまいました。それでおしまい。そう、おしまい。

 でも、本当に?
 私は、本当にそれでいいの?


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

妹の方が綺麗なので婚約者たちは逃げていきました

岡暁舟
恋愛
復讐もめんどくさいし……。

妹が私の婚約者を奪うのはこれで九度目のことですが、父も私も特に気にしていません。なぜならば……

オコムラナオ
恋愛
「お前なんてもういらないから。別れてくれ。 代わりに俺は、レピアさんと婚約する」 妹のレピアに婚約者を奪われたレフィー侯爵令嬢は、「ああ、またか」と思った。 これまでにも、何度も妹に婚約者を奪われてきた。 しかしレフィー侯爵令嬢が、そのことを深く思い悩む様子はない。 彼女は胸のうちに、ある秘密を抱えていた。

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

やっぱり幼馴染がいいそうです。 〜二年付き合った彼氏に振られたら、彼のライバルが迫って来て恋人の振りをする事になりました〜

藍生蕗
恋愛
社会人一年生の三上雪子は、ある日突然初恋の彼氏に振られてしまう。 そしてお酒に飲まれ、気付けば見知らぬ家で一夜を明かしていた。 酔い潰れたところを拾って帰ったという男性は、学生時代に元カレと仲が悪かった相手で、河村貴也。雪子は急いでお礼を言って逃げ帰る。 けれど河村が同じ勤務先の人間だったと知る事になり、先日のお礼と称して恋人の振りを要求されてしまう。 ……恋人の振りというのは、こんなに距離が近いものなのでしょうか……? 初恋に敗れ恋愛に臆病になった雪子と、今まで保ってきた「同級生」の距離からの一歩が踏み出せない、貴也とのジレ恋なお話。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

処理中です...