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第9章 変わりゆく世界
3 職員健診
しおりを挟む「桜ぁ、健診の事なんだけど……」
年に1回の職員検診。西野児童養護施設も、健診を受けるように、本院から通達が来ていた。
「どうするの、診療所で受けるでしょ」
「それが、診療所のレントゲンが、調子悪いのよ……」
「えぇ……じゃぁ、本院に行くんだぁ……」
「そうね……順番決めないとね……」
「わかった、決めとくね…」
「悪い!」
「皆、受けるんですか?」
「そうよ、蒼空! あなたもよ」
蒼空は、身元がわからない自分が、受けていいものなのか? ちょっと疑問である。
先日、大木を訪ねた時、帰りに派出所にもよった。
身元調査に、進展はない。
『碧 蒼空』窓の外に見える透き通るような青い空を見て、不意に出た名前だから、いくら調べたところで、真実には、たどり着く事はない。
蒼空は 、『碧 蒼空』へとなった。
もし、真実を知ったしても、蒼空でいようと、思っている。
それは、許されるのだとうか?
皆を……思う度に後ろめたい気持ちが、ましてしまう。
「蒼空は、私の車で行こうか……」
「はい、お願いします」
*
蒼空は、桜の車に乗ると街へ向かう。初めて、桜と2人きりで、出かけるのは、4ヶ月ぶり。買い出しについて行って以来になる。若草色の木々の葉が、色あせていく。
「桜さん、憶えてますか?」
「何を?」
「初めて、出かけた日の事?」
「なんとなくかなぁ……」
桜は、あの時は蒼空に対して、いい印象はなかったらしい。
春子さんの『襲ってもらえば』その言葉が、頭の中で渦巻いていたらしい。
「襲いませんよ……」
「あぁ、それって、どういう意味かしら……!?」
「あっ、いや……」
2人で、笑った。
西野病院に着くと、桜が受付へ案内してくれる。
「桜さん、久しぶりです」
「元気!?」
「小川さん、元気そうね」
「看護師長も、お元気そうで!」
病院の職員が桜を見つけると、次から次へ挨拶にやって来る。照れくさそうに、少しの会話を楽しむ。
「やぁ、桜に蒼空、元気そうだね?」
西野先生が、やって来た。
「蒼空、気分はどう?」
「いいですよ」
「元気そうって、1ヶ月位しか経ってないけど!」
「そうだけど……ねっ!?」
「今日は、健診お願いします」
「あぁ、聞いてるよ」
蒼空は、ここへ来るのは抵抗は、なかったけど、西野先生と桜が会うことは、抵抗があった。
桜が、泣いた夜の事を知っているから、桜の事を考えると、たまらない。憎悪さえわいてくる。
だけど、気丈にふるまう桜の姿を見ていると、自分も、普通で いなくては、いけないと思う。
「私は、別の病院で受けるから、蒼空をお願いします」
「あぁ、わかってるよ……」
「じゃ、蒼空、また、後でね!」
「……はい」
桜は、病院を後にする。
「あっ、君。この人の事よろしく!」
「はい、先生」
西野先生は、手をあげてその場を離れる。
「では、こちらへ」
「はい」
そつなく、採血にレントゲンが終わっていく。手際のよさに、さすがだなと感心する。
「最後、先生の問診ですよ」
「はい」
診察室に入ると、診療所とは比べ物にならない程 、整えられた診察室と、西野先生の派手な柄のネクタイ。
「検査は問題ないね!」
「はい」
「記憶はどうだい?」
「いえ」
「そう」
以前は、年も近いしそれなりに、会話ができたけど、今日は上手く話せない。
どうしても、桜の泣き声が耳から離れない。
「あのう……先生……」
「うん、なんだい?」
「ネクタイの柄……派手ですね……」
「そうかい」
「はい」
西野は、首をかしげて、『何で、そんな事を……?』不思議そうな顔をする。
蒼空は、以前、西野が絞めていたネクタイが、桜色だったのは、桜を思っていたからだと……自分が、桜を模したペンダントを送ったから、わかる。
「あのう……もう、いいですか? 桜さんが迎えに来るんで……」
「そうか……でも、もう少しかかるかもよ」
「えっ!?」
西野が言うとおりだった。桜が、来たのは、40分後だった。
「ごめん、待った!?」
「大丈夫です」
蒼空は、笑顔で答えた。桜の回りに青い雲ような物が、浮かぶ。意味はわからいけど、省吾が『悲しんでいる』そう教えてくれた時に、見えた色と近かったから、蒼空は、その雲吹き飛ばしたくて、笑顔で桜に手を振った。
「さぁ 帰ろうか……」
「そうですね……」
「桜さん!」
「ちょっと、挨拶してくるね」
「あっちで、待ってます」
桜は、看護師に呼び止められる。去年までは、本院で看護師をしていたから無理もない。
蒼空は、2人から少し距離をとり、待合室で順番を待つ人から、不意に見える様々な色を見ている。
やはり、色が持つ色の意味は、わからないけど、弱々しく不安に満ちているように感じてしまう。
「あれっ!?」
蒼空は、1人の年老いた女性が、目に入った。
歩く時、身体が右に傾き、真っ直ぐ姿勢を保とうとするが 、また 右へ傾く。
「あのう……すみません」
「はい、どうされました?」
「あそこの、女性….…どこが、悪いんですか?」
「他の方の事は、お話しかねます……」
「そうですよね……」
(個人保護ってやつか……でも……)
「蒼空、どうしたの?」
「いえ……あそこの女性が……」
「ねぇ、あの人は?」
「あぁ……森さんか……」
「脚か腰でも悪いんですか?」
「いえ、風邪をひいたとかで、風邪薬と痛み止めを、もらって帰るところです」
痛み止め……
「解熱剤ではなくて……?」
熱が、あって、身体がふらつくなら……
蒼空は、違和感を感じた。
「あのう……こちらに、脳外科あるんですよね?」
「蒼空、急にどうしたの?」
「あの人、脳に……」
蒼空が、そう言いかけた時、だった。
「だっ、大丈夫ですか!!??」
「しまった!!」
蒼空が、気になった女性が、その場に倒れてしまった。
蒼空は、自然と身体が動き 、病院内の誰よりも早く女性のもとへ走りよる。
「蒼空!!??」
「桜さん!! 硬膜下血腫かもしれない!!??」
「あなた……」
「さっきから、ふらついてたんですよ!!」
「……わかった!! ストレッチャーと脳外科の高田先生を呼んで!!」
「はっ、はい!!」
*
「桜さん、どうでしたか?」
「大丈夫よ……蒼空の言うとおりだった……」
「そっ、そうですか……」
「でも、どうして?」
「歩き方が、変だ……と、思って」
「そう……」
蒼空には、何故、おかしいと感じたのか、説明はできない。
彼女からは、頭から、紫の煙のような物が出ていた。
それが、意味するものは、何かわからない。
ただ、身体にしみついた、知識と経験、直感のようなものが、あの時、身体中に、駆けめぐった。
「桜、蒼空、助かったよ! よく気づいたね、さすがだ桜!」
「私じゃないわよ、蒼空よ!」
「蒼空、あろがとう」
「いえ、なんとなくでしたから……」
西野が、2人の所に感謝を伝えに来た。
気づいたのが、桜でない事に西野は、驚いた。
「こんな時にだけど、蒼空の仕事って医者か看護師かもね……」
「医者が、記憶喪失? 西野先生……ないですよ!」
蒼空は、笑って否定した。
*
「ただいま」
「お帰り、2人とも大変だったね……」
「そうよ、おばさん」
「でも、大丈夫だったんだろ?」
「予断は許されないけど、とりあえずわんねぇ……」
夕食の時は、その話しに持ちきりだった。
「蒼空兄ちゃんって、お医者さん?」
「違うよぉ……」
「わからないわよ……」
「へぇ……」
子供達は、少し、尊敬の眼差しで蒼空を見る。
桜が蒼空の事をどこか自慢気に話してくれる事が、嬉しく、恥ずかしかった。
でも、蒼空は、深刻な事に気づいた。
女性に見えた紫色の煙のような物が、桜のお腹に、見えた物と同じ物。
それは、桜が患っている事を意味付ける。
何故、僕にこんな力を……
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