34 / 40
第8章 夏祭りと桜のペンダント
7 美桜とペンダント
しおりを挟む蒼空は、夢見ていた。
「……起きて」
「……誰?」
ベッドで、目を覚ますと女性いる。
丸い襟の白色のブラウスを着て、顔を近づけ、「起きて」と優しい声。
首からさがった桜のペンダント(さっ、桜さん!?)。
唇から上は、鼻も目も白くぼやけて、はっきりしない。
でも、唇の左下に、小さなほくろはない。
別の女性……
女性の唇が、近づいてくる。もう、少しで唇が、触れそうになる。
蒼空は、飛び起きるように目を覚まして、頭をポリポリとかく。
「何て夢を見たんだ……!?」
時計を見ると、朝の7時半。
「ラジオ体操……!!??」
Tシャツを着替え、外に行くとラジオ体操は、終わっていた。
「寝坊……?」
「桜さん、ごめんなさい……」
「たまには、いいんじゃない……」
いつもだったら、だらしないと怒るに、優しい……それはそれで、何か胸の辺りが、むず痒い。
薄らっと汗をかいた桜のTシャツが、身体に張りついて身体のラインが、浮き上がる。
顔が、熱くなり、胸がドキドキする。
こんな事は、今までなかった。
おもわず顔をふせる。
「蒼空……どうしたの?」
「なっ、何がですか!?」
「顔……赤いよ!?」
「だっ、大丈夫です!!?? さぁ、朝ごはん、食べましょう!!」
「変なの……?」
食堂に行くと、テーブルに、ご飯と味噌汁、焼き魚が、並べられている。
「春子さん、手伝わなくて、すみません」
「いいよ、たまには、寝坊もするさ……」
「ハハハ……」
「桜、涼子ちゃんを起こしてきてよ」
「えっ、涼子いるの?」
「そうだよ……医務室に泊まったんだよ……」
「しょうがないなぁ……」
「桜、優しくね!」
「はぁい」
(あの返事は、何かたくらんでるな!)
「キャア!!??」
医務室の方から、悲鳴が聞こえる。
食堂にいる子供達も蒼空も、いつもの事だと 驚かない。
「やれやれ……」
春子は、あきれている。
先に桜が、食堂に戻ってくる。
「おっ、おはよう……ございまづ……」
子供達の箸が止まる。美桜にいたっては 、口に含んだ、麦茶を吐き出してしまう。
「だっ、誰ですか……?」
「皆……おはよう……」
ずぶ濡れの髪、薄い眉毛に腫ぼったい瞼。目が細く、右の頬につけまつ毛が、ついている。
「しっ、施設長ぉ……!!!???」
いつも、バッチリメイクして、派手だが、知的な女性のはずが……
「桜……ひどいよぉ……」
「子供達に、あんな事言わせて! 涼子の素顔でも、さらさないと、割りがあわないわ!!」
桜は、テーブルにつくと、ご飯を食べはじめる。
「桜さん……恐ろしい……」
蒼空も子供達も、今後、桜を怒らせないと心に誓う。
「あらあら、涼子ちゃん、昔のまんまだねぇ……」
「おばさん……ひどい……」
春子さんが、とどめをさした。
それから、皆で朝食を摂る。子供達が 何度も、涼子の顔をチラ見する。
桜は、ニヤニヤとした顔でそのようすを見る。
「ちょっと、桜さんひど過ぎませんか?」
「あれくらい、どうって事ないわよ……」
「でも……」
「蒼空に桜ぁ、聞こえてるんですけどぉ」
「すっ、すみません施設長。いつもと、違うもんだから、つい……」
「どういう事……!?」
「僕は、こっちの方が、好きかなぁ……ハハハ……」
「最低……」
皆が、大きな声で笑う。
「ところで、桜」
「何?」
「そんな物……着けてたっけ?」
涼子は、桜のペンダントに気づいた。
「あぁ、これぇ、ペンダント!」
桜は、ペンダントを手の平にのせて、涼子に見せる。
「桜らしくないわねぇ……」
「私だって、ペンダントくらいするわよ」
「子供っぽい、デザインだし、それに……」
「それに?」
「あなたが 、自分の名前にちなんだ物をつけるぅ……!!??」
するどい涼子の追及に、桜がたじろぐ。
「あのう……ぼっ、僕がプレゼントしました……浴衣のお礼に……」
「えぇ、あなたがプレゼントしたの?」
「はい……おかしいですか?」
蒼空は、はっきりと答えた。隠す事なんてない。だって、後ろめたい事なんて、何もかもないから……
「男ができたかと、思った……」
涼子は、ぼそっとつぶやいた。
「残念でしたぁ……」
桜はニヤリと笑う。
*
美桜の様子が、変だ。朝食後から、桜の後を片時も離れない。
掃除の時、昼食の時、トイレ、ずっと桜の後をついてまわる。
「桜さん……美桜はどうしたんですか?」
「さぁ……?」
子供が、する事とはいえ、こうもしつこいと、気持ちが悪い。
「ねぇ……美桜 、何かようがあるの?」
「……」
美桜は、桜をじっと見て指さす。
「なっ、何よ!?」
「桜姉ちゃん、美桜ちゃんは、ペンダントを見たいんだって! ねっ、美桜ちゃん」
省吾が、やって来て桜にそう告げる。
美桜は、首を何度も大きくうなずく。
「何だ……そんな事か……どうぞ」
桜は、ひざまづくと手の平に、ペンダントをのせて、美桜の顔の前に、差し出す。
「うううう……」
美桜は、珍しく興奮した様子で、目を大きく開いて、ペンダントを触る。
「美桜も欲しいの?」
「アアアア……うううう……」
「ダメよ!」
「アアアア……」
「これは、私にとっても大事な物よ……」
桜は、微笑みながら、Tシャツの襟元を引っ張り、ペンダントをしまう。
「うううううう……」
美桜は桜にすがるように、抱きつくが、桜は、首を横にふる。
「美桜……今度買ってあげるから……ね!?」
「蒼空、ダメよ!」
「でも……」
「何でも、簡単には手に入らないの!」
桜さんの言う事は、わかるけど……
6才の女の子に、きつすぎる。
蒼空は、ちょっとびっくりする。
「うぇぇん」
「美桜……」
まさか、こんな事になるとは……
「ちょっと、出てきます」
蒼空は、春子に夕食の準備を手伝えない事を伝え、外出した。
*
夕食の時間。皆、テーブルにつくと食事を始める。
美桜は、箸も握らず、ホッペをふくらませすねている。
桜は、お構い無しに食事をしながら、子供達に声をかけている。
「美桜、いつまでそうしてるの!?」
「……」
「美桜……」
美桜は、眉間に皺を寄せ、赤くなった目は涙で潤む。
「もう……わかった!! 美桜が、大きくなったらあげるわ! そうねぇ……高校生になったらあげるわ!」
「……」
「でも、勉強頑張るのよ! 」
「……」
美桜は、小さくうなずく。
「さぁ、ご飯食べて、大きくなって!」
美桜は、茶碗を持つと、ご飯をかきこむ。その姿に、皆の顔が、ほころぶ。
まだ先の約束……
そう言っとけば、幼い美桜の事だから、あきるだろうと思ってるのかな?
桜さんは、そんな姑息な事はしないだろうな……きっと、本気だ!
女性同士の約束。
蒼空は、ポケットの中の紙袋を出すのを止めた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
最愛は三か月で終わりました
杉本凪咲
恋愛
春の穏やかな風が吹き始めたある日、私の婚約者が決まった。
相手は人気者の公爵子息で、身分違いの縁談に私は驚きが隠せない。
しかし婚約して三か月後、婚約破棄を告げる手紙が突然送られてくる。
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる