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第8章 夏祭りと桜のペンダント
6 桜のペンダント
しおりを挟む「ただいま」
「お帰り」
「楽しかったかい?」
「うん」
「楽しかった!!」
「よかったねぇ……」
施設に帰ると、春子さんが玄関先で、皆を出迎えてくれる。
「……おばさん……ただいま……」
「涼子ちゃん、ご苦労様……」
施設長の表情は暗くて、今の時期にピッタリといえば、聞こえがいいけど、ここまで落ち込んでいる姿を見ると、自業自得とは言え、少し気の毒に思う。
「蒼空!」
「はい」
「涼子ちゃんどうしたんだい? 桜も帰ってくるなり、部屋に閉じこもるし……」
「実は……」
蒼空は、祭りでの出来事を春子に話した。
「ふぅ……それは、桜が怒るのも、無理もないわね……」
「でも、子供達は、楽しかったって……」
「うん、それは、あの子達をみたらわかるわ」
「どうして……?」
「桜は、心配なんだよ……」
確かに、施設長は、はめを外しすぎたと、蒼空は思う。
だけど、桜さんも子供達の前で、怒らなくても……
「どうしたら……」
「あの子も、大人だからねぇ……今日は、そっとしといたら……」
「そうします」
桜と涼子に かける言葉が、浮かばない。
蒼空も、部屋へ戻る。
「わたしそびれたな……」
コンコン
借りた浴衣を脱いで、たたみ終えた時、ドアを誰かが、ノックする。
ドアを開けると、白のTシャツに紺色のジャージ姿の桜が、缶ビールを2本持って、立っていた。
「桜さん….」
「ちょっと、付き合わない」
「はい……あまり飲めませんけど……」
蒼空は、部屋を出る時に、小さな紙袋を手に、部屋を出る。
「春子さんは?」
「さっき、おじさんが迎えにきたわ」
蒼空と春子は外へ出る。
円い月の白い明かりが、辺りを照らす。
かつて校庭だった施設の広場のすみにあるブランコに腰かける。
「お疲れ!!」
「お疲れさまです」
缶ビールを開けると、1口飲む。ゴクリと呑み込む音が、互いに恥ずかしくなるほど大きくて、苦笑いする。
「私……ひどいこと……言ったかな……?」
「あれは、施設長が悪いですよ!」
「悪気は、ないのよね……」
「……」
桜は、ビールをまた1口、ゴクリと呑む。
「でも、楽しそうでしたよ……」
「そうねぇ……だけど……」
「だけど、何ですか?」
楽しかった……
だから、この後が、心配だと桜が言う。
「あの拍手の意味って、何かしら?」
「意味……ですか?」
「うん」
舞台に立つ子供達へ、向けられた拍手は、子供達への称賛と励ましの拍手。
蒼空は、そう答えた。
「かわいそう……だから、励ますのかしら?」
「それは、いけない事ですか?」
「そうね……」
桜は、月を見上げため息をつく。
「桜さん……あの子達、笑ってましたよ」
「そう……」
「僕……思うんですよ……」
「……」
勢いとは言え 、舞台に上がった子供達は、それなりの決意が、あったのだと……
学校でも、親がいない事をからかわれたりする。
「僕達は負けない! 血がつながってないけど、素敵な家族がいる」と言い切った。
自分の気持ちを世間へぶつけた事は、これからも、容易な人生ではないと、自分に言い聞かせているのではないかと……
そんな、決意であったのだと……
「蒼空……まるで……あなたが、子供達みたいね……」
「いえっ、そんなつもりは……」
自分だったら、そんな決断をした。そう、思った。
「でも、現実って、酷いよ……」
「そうですね……」
『現実は酷い』
それは、わかってる。
子供達には、これからも辛い事が、待っている。
「桜さん……桜さん! 」
「何よ!!」
「ぶっ飛ばしてくださいよ!! 僕も、ぶっ飛ばしてやりますから!!」
「ハハハ……それしか、ないか!!」
「そうですよ!! あの子達が、宣戦布告しちゃたんだから、僕らが、助けるしかないですよ!!」
「しょうがない……か……」
やっと、桜さんが笑ってくれた……
「でも、涼子は、許せないわねぇ」
「施設長……泣いてましたよ……」
「しばらく、そのまま反省してもらうわ!!」
「……そうですね」
「ハハハ」「ハハハ」
静かな、夏の夜。2人の笑い声だけが、月明かりの下、響く。
「あっ、痛たた……」
「大丈夫ですか?」
お腹手を当て身体少し曲げる桜。
指の間から、紫色の煙が、一瞬、見えた。
月明かりに照らされているとはいえ、色まで、はっきりと見えていた(今のは……??)。
「大丈夫……笑い過ぎたみたい。ところで、それは、何?」
「あっ、これどうぞ!」
蒼空は、紙袋を桜にわたした。
桜の手に、シルバーチェーンの先に、桜の花を模した、桜色のペンダント。月明かりに、キラキラと揺れる。
「浴衣のお礼です! 出店にあったんです!」
「桜!? 夏なのに桜ぁ……」
「季節外れで、すみません……」
「フフフ……つけてくれる!?」
桜は、ほどいた髪をフワリと持ち上げる。
白くて細い桜の首。
2つに、離れたチェーンの端と端をつなぐ。
「うっ!!??」
桜は、振り返ると蒼空の唇に唇をあわせる。
「さっ、桜さん!!??」
「これは、お礼よ!! ありがとう……」
「……」
「もう……行くね!」
「おっ、おやすみ……なさい……」
桜は、ニコリと笑い施設の中に入っていく。
微かな甘い匂いと、唇に残るゼリーのような感触。
蒼空は、桜の後ろ姿を見つめるだけだった。
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