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第一章
植え付け日和
しおりを挟む足を止めずに歩き続ければ、しっかり息が整った頃に一軒の家の前に着いた。
「間に合ったー!!」
そこには中央部よりも少しこじんまりとした二階建ての可愛らしい赤い屋根の家があった。
昔持っていたシル◯ニアの赤い屋根の家に似ている。流石ウサギの獣人、なんて何処かずれた事を考えながらベルを鳴らそうとしたところでハっと気づいた。
右手がルヴァンと繋いだままだ!
「ルヴァン…あの、手…もう大丈夫だから、ありがとう。」
もふもふの姿なら気にならなかったのに…
こちらの世界の彼は実際の私よりも年下だけど、彼方の世界で見たら同じ年だと思うと何だかソワソワしてしまって少しモゴモゴと伝える。
「あ、ごめんね」
と、何事もなかった様子でさっと離された。
うん。離して欲しいと伝えたのは私だけど、私が一人でほんのちょーーーっと照れたりしてるのに余りにもなんでもないことの様に手を離されると少しね、矛盾を感じながら気を引き締めてベルを鳴らせばロビンさんが出迎えてくれた。
「態々いらっしゃって頂いてありがとうございます。狭いですけど、こちらへどうぞ」
「「お邪魔します」」
案内されるままに付いて行けばケインさんと、ピーターにメイプルが迎えてくれ、促された席に腰を下ろす。挨拶もそこそこに出されたお茶を前に2つの野菜を置き
「このどちらかを育てて頂きたいと考えています。」
と言えば皆んなが覗き込む。
「コレは…」
「じゃが芋とさつま芋です!」
そう。炭水化物でもサラダでもスープでも、そして勿論オヤツでも何でもござれ、七変化を遂げる素敵な野菜だ。
そして衝撃的な事実。
「じゃが芋は解るけど、さつま芋ってやつはじゃが芋が変形して色も変わっちまった腐った芋なんじゃないのか?」
「いえ、これは元からこのような色と形なんです。」
そう。この世界でさつま芋は食べないと言うこと。
勿体ない。焼き芋みたいにシンプルに蒸したり焼いたりするだけでも甘くて美味しい物なのに。
もしかしたらこの世界にはさつま芋みたいに食べられるのに食べない物も多くあるのかもしれない。
「台所をお借りできたら簡単に蒸し芋作りますが食べ比べて見ますか?」
「いや、食べれないものなんて作らせないと信じているので大丈夫です。」
とは言ってるけど本当に良いのかな?
そこで思い出した。
お手製ポテトチップスを取り出す。
「ポテトチップスと言って甘くないお菓子です。じゃが芋とさつま芋の2種類で作ってみました。因みにこの紫色の方がさつま芋ですよ。」
そう言えばケインさんは両手にじゃが芋とさつま芋のポテトチップスを取って、じっくり見たり匂いを嗅いだりしてから食べ比べていた。
その様子を見ながらロビンさんは不安そうだ。
ずっと、じゃが芋が腐った物だと思ってたのだからこの反応は仕方がないとは思う。
「!!これは…」
「あなた…」
変なものでも食べて具合が悪いのか、と心配した様子のロビンさんが血相を変えてケインさんに寄り添った瞬間
「美味い!」
とケインさんの大きな声が響いた。
「サラさんが言ってたみたいにこのさつま芋?ってやつの方がほんのり甘いな!けどこの甘さもなかなか癖になる。」
元気なケインさんの様子に呆れながら
「驚かさないで下さいよ、もう」
なんて言っていたロビンさんも其々を食べ比べて頷いている。
「お芋がここまで甘いなんて…」
「コレは薄く切って水気を拭き取って、高温の油で揚げて反り返ったり色味が濃くなったら油を切って直ぐに塩を軽くかけて…と簡単なオヤツなんですよ」
「それだけでこの甘さ…砂糖は?」
「砂糖は一切使ってないですよ。」
「凄い…」
やっぱり主婦は見る所が違うな、なんて感心しながら色々話していればルヴァンと子供達、そしてケインさんまでバリボリとどんどんポテトチップスを食べ進め、気づいた時には後僅かになっていた。
オヤツで作ってきたけど、まさか試食用になるとは…
さつま芋の美味しさも実感してもらったところで、どちらを栽培するか選んでもらうことにして栽培方法を伝える
◇◇◇
「……と、まぁざっくりとした栽培方法はこんな感じです。手間が少なく害虫被害にも痩せた土地にも強いのはさつま芋ですかね。ただ甘みが強いので甘いのが苦手だったり、シンプルなものが好きでバリエーションに富んでるのはじゃが芋だと思います。どちらにしますか?」
と最後に付け加えたが間髪いれずに帰ってきた返事はさつま芋一択だった。
何となく栽培していた花について話を聞いた時にこっちを選ぶ気はしてたけど、こんなに予定通りに事が運ぶとは…
けどじゃが芋と言われたら栽培途中の様子を見に来たりの時間が取れるか心配だったからちょっと助かったと言うのが本音だ。
「そうしたらコレを植えて行きましょう」
と伝え、少しシナっとしたさつま芋の苗を鞄から出して手渡すと本当にこんな草からさつま芋が出来るのか、と心配した様子が伺えたが気付かないふりをした。
取り寄せた苗を態と昨日の夜からバケツに入れて少しシナっとさせたけどあくまでも昔、こうすると良いと聞いただけで何がどういいのかとか根拠なんて説明できるはずもない。
私は素人の家庭菜園、それもお手伝い程度でしか野菜を育てたことはない、勿論プランターで作れるものは別だけど。
そもそも、もう少し時間があれば5日くらい栄養を与えない方が良いとも言われているくらいだ。
それに説明して質問された事に捕捉できるほど農業に詳しくないもの。
スマホで確認しながらでもいいけど、出来れば今日中に苗を植えたいのでロスタイムは避けたい。
自宅から少し離れた畑に着けば花畑の半分は既に更地にされていて、元々お願いしたように畝が作られていた、そこに1メートル位の間隔を空けて苗を植えて行く。
「土を被せて軽く押さえるだけで大丈夫なので叩かないように気をつけてくださいね。雑草は抜いちゃってください。」
注意事項を伝えたり、経過を確認しながら作業をすれば時間はあっという間に過ぎていく。
繰り返し同じ作業をして終わった頃には腰は痛いしクタクタだ。
そしておやつの時間はとうに過ぎ辺りは夕日に照らされている。
それでも少しでも早く終わったのはピーターやメイプルの手伝いがあったからこそだ。
作業が終わった後もう一度お宅にお邪魔してお弁当を取り出す。大分遅くなってしまった関係でオヤツと夕飯の間という微妙な時間になってしまったが
「良かったら、如何ですか?」
とお弁当箱を開きながら聞けば
「良いんですか?!」
と笑顔が帰ってきた。
もし食べてもらえなかったら夕飯になってたけどいっぱい作ったから食べてもらえてよかった。
なんて安心しつつ
料理を説明したり栽培時の注意事項として必ず定期的に畝から溢れた苗はブチブチ千切って欲しいことを伝えた。
この作業1つでかなりさつま芋の出来が変わる。
それ以外は何もしなくても最悪育つ。
勿論、手を加えれば加えるだけいい状態や、ブランド芋の様な特徴が出来るのだがそんな事私に解るはずがない。
お祖父ちゃんが居れば…
一瞬過ぎった思いをしまい込んで前を向けば懐かしい風景を思い出す。
きっとあの風景のように沢山の実りがあるだろう。
そう思えば先程のしんみりした気持ちは何処へやら、今はワクワクした気持ちの方が大きくなった。
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