夜明けのスピカ

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僕のスピカ*前編

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暗闇の中でキラキラ光る星々。
今にも降ってきそうなほどに眩く、ひとつひとつが物語を紡ぎながら背中を押してくれる。

~♪~~♪

口ずさむ僕に重ねるように歌う君。

湿った土と青い草の匂い、何処からか聞こえる虫の声そして包み込んでくれるような温もりと優しい眼差し。
この空間が世界で一番大切で大好きな場所だった。

誰がなんと言おうと世界で一番素晴らしい場所だった。


けど世界で一番大好きな空間は突然暗闇に覆われて、最終的には音までも消えて無くなった。


………

……




なぁーん、なぁーん

カリカリと何かを引っ掻く音と猫の鳴き声が聞こえ、目覚めればベッドの柱で爪を研ぐスピカが目に入った。

「懐かしい夢を見たな」

まだ眠い目を擦りながら片手でスピカを抱き上げる。

「爪とぎ買ってやったのにまたベッドで爪研ぎやがって」

コラッ、と言ったところで何言ってるの?と素知らぬ顔で喉を鳴らしながら戯れてくる。

「可愛いから許す」

我ながら甘々な反応だとは思うが、田舎から連れて来た愛猫が可愛くて仕方がないのだ。

スピカを膝から下ろして、シャツの隙間から脇腹をかきながら洗面所に向かえば、鏡の中の自分はあちこちに跳ねた斬新な髪型をしていて水で抑えてみるも直る気配がない。

諦めて冷たい水で顔を洗い、歯を磨きながら、髪全体を濡らしてドライヤーをかけるか、ワックスで誤魔化すかを悩んでワックスを選ぶことにした。

こんな姿を見たら"だらし無いなぁ"なんて笑いながら君はこの髪を直してくれるだろうか?

あの夏無くした左目の視力と君の声。

全てが受け止められなくて、逃げ出した僕を君は攻めたてることもできず恨んでいるだろうか?


机の上の《同窓会》の文字の書かれた立派な封筒があの夢を見せたのだろうか?


差出人は彼女の名前。


開くことのできない封筒は机の上で只々存在を示してくる。

この封筒が届いてかれこれ1週間が経とうとしている。
返事も出せずにグズグズしている場合ではないのだ。


だが彼女の幸せを奪った僕への試練のように感じる。



◇◇◇

6年前ーーー

山々に囲まれた田舎は僕達にとっての全てで、澄みきった河原は釣りや水遊び、小高い丘の小さな小屋は秘密基地、どこに行っても何でも出来る気がした。

ただ高校生になる頃には町を出て遊ぶ事を覚え、そこは全てではなくなった。

そんな頃に出逢ったのが彼女だった。


同じ高校に通う彼女は大人しそうな見た目に反し兎にも角にも気が強く、正義感が強かった。
強面の先輩でも間違っていると思えば物申し、その態度は教師であっても変わることはなかった。

そして、年頃の男子特有の気怠げでちょっと悪い事をしてる事がカッコイイ、と勘違いし悪戯を繰り返す僕等にはっきりと"ダサい"と言い放ったのも彼女で、始めこそ鬱陶しいと邪険にしていたが徐々に彼女が注意してくれるのを待つようになった。


そこからは必死でアプローチをかけて告白の末交際が始まった。
と言えば聞こえが良いが、実際は二度ほど玉砕し三度目告白の時には呆れたように"OK"の返事をもらった。


初めての彼女、初めてのデート、口づけ…

全てが初めてで夢中だった。


入学してから取ったバイクの免許も1年が経ち、二人乗りができるようになって少し遠出も出来るようになり、ある時星が好きだと言う彼女を連れて天体観測を始めたことから何度も、何度も、星空を眺めるデートを繰り返した。
初めは反対していた彼女の両親を説得しての天体観測は特別な時間で、幸せの塊のような時間だった。

高校入学を機に都会から越してきた彼女にとって、"この星空は夢のよう"だと口癖のように言い、そんな彼女の笑顔が眩しくて、何時迄も見ていられると思ったほどだ。


交際が始まって1年目の2年生の秋、幸せな時間は終わりを告げた。


記念日に流れると言う流星群を見ようと、2人でバイクに跨り、いつもよりも高い峠の展望台を目指し坂道を登っていく途中で"今、流れたよ!"と大きな声で叫びながら指差す彼女の指先を追った直後に、前方のカーブから大きく膨らんで此方の車線にはみ出してきたトラックと衝突し意識が飛んだ。


目を覚ましたのは3日後で、説明を聞くより先に彼女を探した。

身体中が痛い、動かすのもやっとの身体でベッドを飛び出し、途中で視界が悪い、左目の眼帯に手を伸ばせば眼帯に触れる事はなく、視力がなくなったのだと気づいた。
それでも、そんな事どうでもイイくらい彼女が心配だった。
いくつかの病室を手当たり次第探し回った時、目の前に彼女の両親を見つけて必死に謝った、そして、彼女に会いたいとお願いした。

そんな僕を見ながら少し困ったような顔をして、彼女の両親は首を振り会うことは許されなかった。

そして、彼女が"会いたくない"と言っていると聞かされた。

見えない左目だけでなく、見えるはずの右目からも色が抜け落ちた。

左目の視力は脳を強く打った事で見えなくなったと診断され、色については心の問題だろうと言われた。


彼女が事故のショックで休学すると知ったのはそれからすぐだった。


自分の半身を失ったような喪失感と虚無感が一気に押し寄せて全てがどうでもよくなった。

彼女と出会う前の自分が、どんな過ごし方をしていたかすら思い出せないほどに彼女が大切だと気付いた。


"会いたくない"と言っているとは聞いたがそれでも病院に通い、退院後は自宅に通った。会う事は叶わなかったけど諦める事ができなかった。
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