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第12話 乙女心と草マーク

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 大鳥奏視点


「んー」

 洗面所で歯磨きをしながら昨日のことを思い出す。
 【りんりん】さんとずっとチャットしてた。
 チャットが終わってからもずっと【DOF】やったり攻略動画を見てたので寝て起きたら気づけば夕方過ぎだった。
 カロリーメイツで栄養補給。
 ポリポリと噛み砕くとしっとりしたクッキーみたいな風味が口いっぱいに広がる。
 ちなみに最近のお気に入りはチーズ味だ。
 唯一の難点は口が渇くことだろうか。
 コップに注いだ牛乳を一気に飲み干した。

――ゥ゛ン。

 自室へと戻るとパソコンの前に座りさっそく起動する。
 ハードの電子的な起動音をBGMにしながら時間を確認した。

「6時半過ぎ……夕方か」

 いや、ギリギリで夜だろうか? 
 窓の外を見るとちょっとだけ夕日が見えるからやはり夕方?
 でも見えるといっても本当に少しだけだし。

「判断に迷うね……」

 そんな誰も得をしないようなことに思考を割きながらマウスを操作する。
 公式サイトのお知らせ情報を確認してからゲームスタートだ。
 いつものように【ドラゴン・オブ・ファンタジー】にログインをすると、キャラクター選択画面で【カナデ】を選択。
 自身の分身が【DOF】の世界へ降り立つと【グリードメイデン】の皆のチャットが聞こえてきた。

『こんちゃー!』

『カナデさんこんばんは!(*゚ェ゚*)ノ』

『こん(`・ω・´)ゞ』

 こうしてネトゲで同じ時間を共有すると孤独なニートにも仲間がいるんだと励まされる。
 皆は学業や部活動に励んでいる女子高生だ。
 交わるはずのない時間軸。
 それがこんな風に一緒にいられるというのは奇妙な縁みたいなものを感じるね。

『家族の皆にシチューつくってあげた~』

『私は照り焼きハンバーグ。良い色に焼けたよ!(ノ∀ ̄〃)』

 料理か。
 おそらくリアル関連の話なのだと察した僕は、自分が出しゃばることでもないなと成り行きを見守ることにした。
 聞いているとどうやら通っている高校で家庭科の授業があったらしい。
 ギルメンの皆は家事のことや料理のことについて語り合っていた。

『今日は部屋の掃除したから疲れたよ……』

『掃除は少しずつでも毎日やるといいよ~』

『ホホゥ(o-∀-))』

 僕の場合は掃除してるけど、ついゴミ捨てを後回しにしちゃってるんだよね。
 外に出るのは嫌だけどこればっかりは仕方ない。
 今度の可燃ゴミの日にまとめて捨てないとな……

『お母さんに良いお嫁さんになれるって褒められた~!(゚∀゚)アヒャ』

 と、今のは皆の話題に乗った【りんりん】さんの発言。
 元々よく話すフレンドさんの一人ではあったけど、昨日の遅くまでのチャットでさらに仲良くなれた……っていうのは思い込みじゃないと信じたいな。
 彼女さえよければまたやりたいなって思ってたり。
 【りんりん】さんの可愛らしい笑顔が浮かんで来るようなチャットをもう一度見て内心ほっこり。
 すぐに皆からも返信がやってきた。

『ヾノ ゚ω゚ )ナイナイ』

『りんりんはまず体臭をどうにかしたほうがいいと思う』

『お前をハンバーグにしてやろうか?』 

 ……な、なんでそんな【りんりん】さんにだけ辛辣なんだろうか。
 リアルで何かあったのかな?
 喧嘩とかにならないといいんだけど……
 僕が現実で顔を引き攣らせていると【りんりん】さんは何故か余裕を見せた。

『おおっと、そんなこと言ってもいいのかな? んん? 例のスクショは一部だということを忘れてはいないかい?』

 スクショ?
 スクリーンショットのことだよね。
 ゲームのプレイ画面を保存した画像の略称だ。
 僕には分からないけど、皆には何のことか分かったらしい。
 チャットから動揺が伝わってくる。

『く、卑怯な……!』

『りんりん絶対ロクな死に方しないと思う』

『(`д´)ケッ』

 さっきはびっくりしたけどやっぱり皆は仲が良い様に見えた。
 リアルで付き合いがあるとこうして気安いやり取りができるんだな。
 望んでヒキニートになった僕もこればかりは少し羨ましいかも。
 そうしていると再び【りんりん】さんのチャットが打ち込まれた。

『カナデさんカナデさん』

『ん?』

『やーあれですね』

 突然会話の矛先が此方へと向けられた。
 ……あれと言われても、どれだろう。
 僕が首を傾げていると続けて文字が打ち込まれる。

『いや、ふと気になったんですけどね、カナデさんはどんな女の子が好きなのかな~って』

 ラブコメ系の話題か……随分と急な話題転換。
 突然のことだったのでちょっとだけタイピングの手が止まった。

『ん~そうですねぇ……』

 恋バナは苦手ではないけどニートなんてしてるから答えに迷う。
 ニートが人を好きになっていいんだろうか。
 ……いや、そりゃいいだろうけど何か妙な罪悪感とかそういうあれがさ……
 駄目だ、ちょっと長く引き籠りすぎたせいで卑屈気味になってきた。
 気合を入れ直さなくては。

『逆にりんりんさんはどんな人が好きなんですか?』

 そして、沈黙。
 最近こんな沈黙が多い気がする。
 たっぷりカップ麺と同じ時間待ってからようやく返事が返ってきた。

『私の好きな人はカナデさんに決まってるじゃないですか~w』

 おおっと、告白されてしまった。
 これは恥ずかしい。
 ……なんて、チャットでの冗談を真に受けるほど童貞を拗らせてはいない。
 中学時代の黒歴史を思い出しそうになったよ。
 いくら貞操観念逆転世界でもネトゲで告白なんてあるわけないからね。
 けどなんて答えようか迷う冗談ではある。
 真面目に答えて白けさせるのも忍びない。
 僕はアイテムボックス内の不要アイテムを整理しながら無難に答えた。 

『ww』

 困った時は草マーク。
 ネットで草マークってほんとに便利だよね。 
 どんな会話にもある程度対応できるし。
 けどこれが嫌いな人もいるから気を付けないといけない。
 普段からネトゲしてる人はそこまで抵抗ないとは思うけどそれでも使いすぎには注意である。

『りんりんさん、氷の巨神兵倒しに行きませんか?』

 アイテム整理を終えると【りんりん】さんを最近行ってなかったボス戦へ誘ってみた。
 しかし、【りんりん】さんは答えない。
 最近の不思議な間の空き方といい回線が不安定なのだろうか?
 もしそうなら業者に頼まないといけないけど。
 まあ、しばらく待てば回復するだろう……だけどいくら待てども【りんりん】さんが発言する気配はない。

『りんりんさん?』

『あ、ごめんなさーい! ちょっと電話が掛かってきてて! 用事ができたので一旦落ちます!』

 ああ、そういうことか。
 ひょっとして僕が【りんりん】さんを嫌ってるみたいな意味に取られたのかと不安になったよ。
 何かしらフォロー入れないとって思ってたけど杞憂だったならいいだろう。
 僕は胸を撫で下ろしながら、バザーで安売りアイテムを買い漁った。





『りんりん、アタシが悪かった』

『ハンバーグでいいなら作ってあげるよ?(´・ω・`)』

『りんりんって果物みたいな良い匂いするよね』

『りんりんみたいな人を本当の美少女って言うんだって私思うんだよね』

『この前足踏んでごめんね? 痛かったよね?』

『スクショありがとね! 嬉しかったよ!((o(*´∀`*)o))』

『りんりんの足すごく綺麗だよね』

『りんりんマジ天使』

『私で良かったらいつでも相談に乗るからね?』

『私りんりんのこと大好きだよ』

『りんりん好き』





 黒崎加恋視点


『私の好きな人はカナデさんに決まってるじゃないですか~w』

 あ、これ本気だ……っていうのはすぐに分かった。
 付き合いの長さのおかげか、それとも同じ異性に好意を寄せる者同士のシンパシーだったのか。
 とにかく私たちはそれに気付いた。
 まあ、気付けたところでどうしようもなかったんだけど。

 女が勘違いする男性の行動はそれこそ星の数ほどある。
 百合が勘違いするのも無理のなかったことだと思う。
 だって、男の人がチャットとは言え女の人の猥談に付き合ってくれたのって結構凄い事だし。
 しかも夜遅くまで。
 そりゃあ、頭の中ピンク色の妄想で染まった処女の私たちが勘違いしない訳がない。
 結果百合は誤解した。 

 あれ? この人もしかして自分のこと好きなんじゃ? 

 そして、暴走した。
 随分遠回しな告白だったと思う。
 顔も知らない相手へネットのチャットで草マーク付きで、しかも冗談っぽい言い回し。
 というより私たちもよく気付けたなと思う。
 当然そんな曖昧な状況での告白の返事は否定でも肯定でもなかった。

『ww』

 ……うん。
 いや、それはそうなる。
 このパターンの告白の成功はあくまでも現実で顔を合わせている場合に限る。
 むしろネトゲの中であんな風に草マーク付きで言われても気付かないと思う。
 私が仮に男の人の立場なら絶対に気付けない。
 今回私を含めた【ゲーマー美少年捜索隊】の皆がその真意を理解できたのは、やはり百合と同じ立場に立っていたからなのだと思う。
 カナデさんも冗談だと思っていたに違いない。
 しかし、そこは絶対成功すると思っていた処女クオリティ。
 雑すぎる告白計画に緊張しながら明日からの甘い生活を妄想していた百合がどうなったかというと……

「うぅぅ」

 盛大に落ち込んでいた。
 机に突っ伏してうーうー言ってる。
 男の人の実体験を交えたエロスをチャット上のやり取りで教えてもらえる。
 世にも珍しい男性というだけで付加価値がものすごいことになってるカナデさんのチャットログ。
 それを一人占めした百合は許せない、なんてことになってたんだけど……

「うぅう、ああぁ~……」

 こうなってしまったクラスメイトを責めることなんてできるわけもなく。
 今では百合がカナデさんを一人占めにしたことは不問でいいんじゃないかって空気になっている。

「百合……だ、大丈夫だよ~……カナデも冗談だと思ってるんじゃないかな……」

「あれで気付けってのは無理があると思うが……」

 優良と晶がやってきて元気付けようとしてくれる。
 そんな言葉にも百合は呻くだけだ。
 代わりに私が答えた。

「いや、何かカナデさんが本気で自分に惚れてるって思ってたらしくてさ」

「は? なんでだ?」

「チャットした時に下ネタな話題にも対応してくれたから、って」

 男の人と夜遅くまでの意思の疎通。
 羨ましいことこの上ないが、百合は相手がカナデさんだということを忘れていたのだ。
 信じられないことではあるが今となっては疑いようもない。
 カナデさんは女の人にも寛容な男性だ。
 処女丸出しの下ネタにもある程度対応してくれる。
 それ故の勘違いだった……でも私も同じ立場だったらどうなってたか分からない。
 相手が自分への好意を持ってると思っても仕方ないと思う。
 冗談っぽい言い回しだったとしても告白は告白。
 チャットだったとしても本気の告白があっさりと躱された百合は理解したのだ。
 思っていたほど好かれているわけではなかったのだと。

「ま、まだ分からない……ギルチャだったから返しづらかったのかもしれない」

「いや、そもそも告白だとさえ気付いてなかったと思う」

 恐らく……たぶんだけど百合は悩んだのだと思う。
 頭の中で葛藤した。
 その結果があの冗談っぽい言い回し。
 草マークを使っての保険だったんだと思う。
 もし万が一にも好きじゃないって言われたときに『冗談ですよ』と冗談っぽく言えるように。
 失敗しても最低限の交友関係を保って首の皮一枚繋がるために。
 その保険の結果1ミリも想いが伝わらなかったのは皮肉だけど。

「草生やしたせいで伝わらなかった、とか」

「それはある」

「じゃあ脈は……?」

「それはない」

 ぐはあ! と、百合が吐血する幻が見えた。

「少しでも脈あるならあの言葉に草マークは返せない気がする」

「私だったら冗談だって分かってても意識するね」

「だよねー」

 ぐさぐさと言葉の刃で全身を貫かれる。
 あの反応を見る限り断言まではできないけど異性としての好意は見られなかった。
 そう考えると冗談として受け取られてよかったんだと思う。
 告白失敗した男女が同じギルドに所属だなんて気まず過ぎる。
 そして、百合は心の底から悔しそうに――

「絶対愛されてると思ってた……」

「すげえ自信だな」

「もう過去形だけどね」

 冷静な一言に百合はまた「う゛ぅう」と、呻き声をあげるのだった。




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