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第44話 道中

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 龍族の里へ出立した翌日。
 僕は馬を御することができない。
 可能なら教わりたかったけど、いきなり六脚馬は危ないと皆から反対された。落馬したら本気で命に関わるらしい。
 そういうことならと大人しくしていることにした。馬とか段階を経て徐々に慣れていくしかないだろう。
 という理由から銀翼の皆が交代で御者をしてくれているんだけど、さすがに悪い気がしてくる。
 今はアイリさんの順番で、向かい合う対面式の馬車の中では僕の隣にミーナ。その反対にシルヴィさんとリズさんが座っていた。
 僕は何か少しでも出来ることはないだろうかと頭を悩ませる。

「トーワ、どうしたの?」

「何か僕って何もしてないなーって思ってさ」

 いよいよ本格的にヒモになっている気がする。
 前から思ってたんだけど、治療以外の方法で商売は出来ないのだろうか。
 以前アイリさんとシルヴィさんに振る舞ったようかんは好評だったし、知識チートみたいなこととかもいいかもしれないな。
 患者さんには帰る際に特典としてお菓子がつくとか。
 ……僕は馬鹿なのかな? 何だよ特典って。
 こんな思考に陥るのもある意味では焦りからの現実逃避なんだろう。
 現状が置物よりも役に立っていない僕だから、まだまだ頑張らないとなって思う。

「そんなことはない」

 ミーナは僕の先ほどの発言に対して首を振って気を遣ってくれるけど、実際問題僕っておんぶに抱っこ状態というか。

「トーワはこうして傍にいてくれる。私にとっての、神様」

 神様ときたか。
 流石に大袈裟すぎるけど、ここまで言ってくれる彼女の想いが妙にむず痒くあるのだった。
 対面でシルヴィさんも深く頷いている。
 いやいや……
 内心で言い過ぎだと思っていると、シルヴィさんが僕の腕に抱き着くミーナを見ていることに気付いた。

「ミーナさん、くっつき過ぎでは?」

「そう?」

「そうですよ。そろそろ代わってくださいよ」

「やだ」

「席替えをするために戦闘行為も辞さない覚悟ですよ私は」 

「そこは辞してください……」

 最後のは僕。二人のやりとりに思わず突っ込みを入れた。席くらいで喧嘩はしてほしくないな。
 だけどそれでもミーナは引き下がらなかった。
 僕の腕に込められた力が更に強くなるのを感じる。

「トーワと初めてしたのは私。つまり第一夫人。第三夫人は少し遠慮するべきだと思う」

「耳掃除ですよね!? なんかさらっと私が三番目になってますし!」

 シルヴィさんが「ぐぬぬ」って言ってる。
 まるで威嚇してるみたいだ。彼女のこういうアピールは最近では見てなかったから珍しいな。
 それだけ寂しい思いをさせてしまったということなんだろう。
 交際させてもらっている身としては、そこは反省だな。

「……皆、ボクがいるのを忘れてないかい?」

 リズさんが居心地悪そうに頬を掻いた。その顔には苦々しい笑いが浮かんでいる。
 流石に肩身が狭かったんだろう。彼女を見てシルヴィさんも口を噤んだ。
 僕は話題を逸らし、ついでに気になってたことも聞いてみた。

「そういえば龍族の里ってどんなところなんですか?」

 対面で同じく馬車に揺られているリズさんに尋ねると、「うーん」と、頭を捻った。

「あまり大きくはないんだ。いくつかの部族が小規模で集まってて、ようやく村ってくらいじゃないかな」

 リズさんは「自然が多いくらいで、そこまで特色はないかな。ほとんど田舎だよ」とも付け加えた。

「あとは里のまとめ役として長老会っていうのがあってね」

「偉い人の集まりですかね」

「うん、そんな感じだね。最近何かと忙しいみたいでよく集まって話してるんだけど、母も里長達の話は長いって愚痴ってたよ」

 こうしてリズさんと話せるようになったことに僕はいまだに感慨深くなる。
 二つ名を持ったA級冒険者の彼女がいることには慣れても、どこか他人事というか。
 凄い人なんだよね。でもそれを言ったら皆もA級の冒険者パーティーだし、僕だけが何だか大したことのない奴みたいな……また卑屈になってきたな。
 皆と付き合えてる反動からか、将来が不安に思えちゃうんだよね。
 不意に「トーワ」と名前を呼ばれた。
 目を向けるとミーナが僕の袖を引いていた。

「老後はそういうところで暮らしたい。トーワは、どう?」

 年中ずっと自然豊かで人の少ない落ち着いたところってことかな。
 ……いいかも。

「そうだね。いつか皆で一緒に田舎暮らしするのもいいかも」

 皆に冒険者みたいな危ないことはやめてもらって、貯金と僕の治療師としての収入だけで生活していくのも悪くない。
 勿論現実はそんなに甘くない。簡単にいかないとは思うし、問題は色々あるだろうけど夢に見るだけはタダだ。
 危険もなく好きな人たちと一緒に平穏な暮らしは憧れる。

「こ、子供は何人くらいがいい?」

「うん、子供は……子供?」

 早すぎない? 冗談かとも思ったけど、ミーナの目は至って真剣そのものだ。
 華奢な肢体を猫のように丸めて体重を預けてくる。

「そ、そう……子供。トーワが沢山ほしいなら……頑張る」

 思わずミーナの小柄な体を見る。
 しなやかな手足に、健康的な白い肌。
 ミーナも恥ずかしくないわけではないようで、整った小顔が朱色に染まっていた。それどころか首筋までもが赤くなっている。
 可愛らしい上目遣いで見てくるその表情は、僕に媚びるように潤んでいた。
 不覚にも変な気持ちになってきた。そんな僕に畳みかけるようにミーナは控えめな乳房を擦りつけてくる。
 柔らかい膨らみ。程よく弾力があってその先端に何か硬い突起の感触が……
 いや、待て。胸は不味い。

「こほんっ!」

「五人でも十人でも……トーワの子猫、好きなだけ産むよ?」

「げふんげふん! ごほんごほん!」

「トーワが望むことなら、なんでもする。どんなことでもできる。それこそトーワが」

「げーっほごっほ!! ごほ! ごほんごほん!」

「……シルヴィ、五月蠅い」

 シルヴィさんの今にも吐血しそうなほどの咳払いでミーナの求愛が止まった。
 不機嫌な彼女には悪いけど、今回ばかりは助かった。
 ごめんミーナ。折角勇気を出してくれてたとは思うんだけど、僕はまだ童貞なんだ……心の準備ができてないんだよ。この場にはリズさんもいるしね。
 悪い気はしたけど、僕はもう一度話を戻した。

「距離的には遠いんでしたっけ?」

「……遠いというより、道が険しいところが多いのかな」

「馬車で行けますかね?」

 この辺りは整備されていて揺れも少ないけど、道がない所とかだったら大変な気がする。

「そういえばリザード便の魔物も龍なんですかね?」

 確か”砂岩竜”って呼ばれてるんだっけ。
 鱗とか尻尾みたいな特徴も似ているし、あの魔物も龍なのだろうか。

「ああ、それは竜だね。龍じゃないよ」

 リズさんが宙に文字を描くように指を動かした。

「何か違うんですか?」

「色々違いはあるけど、一番の特徴としては体内に魔核があるかどうかだね」

「ああ、魔物と動物を区別するやつでしたっけ」

 魔力を自力で上手く制御しきれずに、それが累積したもの、だったかな。
 魔核と呼ばれる石のような器官を体内に持つようになったのが魔物なんだっけ。

「グランドリザードには魔核があるから魔物でね。龍の体内には魔核がないんだ」

 そういえば聞いたことがある話だ。
 それに関しては魔栓という病気もあったことを思い出す。
 簡単に説明するなら血栓が近い。人の体内に小さい魔核ができて身体に異常が出る病気。
 リズさんのお母さんの容態も、ファンタジー世界特有の症状のことだって考えられるし、里について診断するまでに持ってきた本で復習しておこうかな。

「あ、でもグランドリザードと龍族はあまり一緒にして比べない方がいい」

「というと?」

「龍族に対して蜥蜴はタブーだからね。言ったらたぶん本気で怒られると思う」

 ああ、蔑称みたいなものだったのかな。
 あれを蜥蜴とはとても思えないけど、言い方を間違えたら不快な思いをさせてしまうかもしれない。
 リズさんに怒られたくはないな……気を付けるとしよう。
 いや、それともさっきのは癪に障ったからこれから気を付けてくれという警告だったのだろうか。

「気をつけます」

 それに付け加えて謝ったらリズさんは慌てて訂正してきた。

「ごめんごめん、勘違いさせちゃったね。ボクは気にしてないよ。あくまで他の人にとってはっていうことだね」

「? リズさんは言われても気にしないんですか?」

「うーん、気にはするけど、そこまで怒ることかなぁ、って。それにさ、ほら……ボ、ボクがトーワ君に怒るわけないじゃないか」

 リズさんが言う。少しだけ声が上擦っていた。
 本で見たイメージもあるからか、僕から見た彼女は穏やかな人という印象だ。

「リズさんって誰にでも優しいですよね。怒ったところが想像できないですし」

 その場面が思い浮かばない。
 怒ると怖かったりするのかな。

「そ、そうかな?」

 照れ臭そうにリズさんは頬を掻いた。
 そんな僕たちのやり取りを見ていたシルヴィさんが僕の名前を呼んできたので会話を中断する。

「私も優しいですよ」

「それを自分で言うのは違う」

 冷静なミーナの言葉を聞いて「そうですけど……」と拗ねたような様子のシルヴィさん。
 やっぱり最近寂しかったのかな。

「いえ、ですが言わせてください。私は優しいですよ。何をされても怒りませんので……ほら、色々と、ど、どんなことにもお応えしますよ」

「シルヴィ、少しは慎みを持つべき……第三夫人として」

「それもう確定なんですか……?」

 シルヴィさんの控えめなアピールは最近少しずつ増えてきてる……いや、控えめではないな。
 だけど決して軽視するべき問題ではないだろうし、龍族の里に到着したらまたデートのお誘いでもしようかな。
 彼女さえよかったら今度は手を繋いだりして、もしかしたらその先だって――

「っと」

 突然馬車が止まった。
 アイリさんが取り付けられている小窓から顔を出す。

「今日はここら辺で野営しようと思うんだが」

 見れば外は日が沈み始めていた。
 皆から反対意見が出ることもなく、僕たちはテントの準備を始める。
 ちなみに魔物にはほとんど遭遇しなかった。
 低級の生物は、リズさんの気配を感じさせていると怯えて近づいてこないらしい。今は魔力を拡散させているのだとか。
 そのおかげもあって、リズさんの故郷への道は何の問題もなく過ぎていくのであった。






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