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第34話 とある冒険者の会話

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 黒髪の男が、出て行ったばかりの龍王を追ってギルドから姿を消したすぐのこと。

「あーくそ、最悪だ」

 龍王の二つ名を持つA級冒険者。
 本来ならば畏敬の対象になるであろう二つ名を持つトップクラスの冒険者。
 彼女と触れ合った手を男は汚らわしいとばかりに服で拭った。
 今やギルドに備え付けられた酒場ではその話題が多数だった。
 噂の龍王を初めて見たと言う者。噂で聞いていた以上の醜い容貌だと馬鹿にする者。露骨に下に見る態度をとる者など様々だ。それを注意する人物もいたが少数だった。
 彼女を貶める声しか聞こえてこない。A級というにはあまりにもあまりな扱い。
 彼女が気性の荒い冒険者だったなら一悶着あったかもしれない。
 だがそれを不安に思うものは少ない。
 龍王は人に手を出すことは滅多にないという話も冒険者たちの間では浸透していたからだ。
 そのためギルド内では温厚で安全な人物として認識されている。
 だからこそ男は腑に落ちなかった。何故自分は怒られているのだろうかと。

「お前……ふざけんなよ。俺にまでとばっちりが来たらどうするつもりだったんだよ……」

 そう言って苛立たしそうに苦言を口にしたのは先ほどのいざこざを龍王に仲裁された男のパーティーメンバーだった。
 叱られた男は虎の獣人である彼に「分かった分かった」と、大して気にしていない様子で席に座った。
 エールを注文して彼なりの言い分を口にする。

「けどよ、ダイヤウルフだぜ? さすがにあの買い取り額は」

「そっちじゃねぇよ!」

 がんっ、とジョッキがテーブルに叩きつけられた。
 中身が波打ちテーブルに水滴が飛び散る。

「そっちじゃねぇって……なんだよ? 何怒ってんだよ」

「お前なぁ……さっきの態度はないだろ。龍王だぞ?」

 相手が悪すぎる、と獣人の男はジョッキの中身を飲み干した。

「ははは、なんだよ。ビビってんのか? あんな不細工女がなんだってんだよ」

「ばっ、おまっ、マジでふざけんなよっ! あの話知らねーのかよ!」

 容姿を馬鹿にした男の口を獣人の男は慌てて塞いだ。
 誰かに聞かれたことを恐れるように、周囲をキョロキョロと見渡している。
 彼は強そうな見てくれに反して気弱だなと思う反面、嫌な予感も感じ始めていた。
 冒険者にとって危機察知能力は必要不可欠な能力だ。
 男のランクはC級。中堅としてこれまで培ってきた勘が危機を伝えてくる。
 しかし、その内容までは分からなかった。

「なんだよ。実はやべーやつなのか?」

「やべーどころじゃねーんだよ。さっきのは完全にぶっ殺されてても文句言えなかったぞ」

「キレたら手が付けられないとかか?」

「そうだ」

 なんだ、と男はウェイターの持ってきたエールを喉に流し込んだ。
 冒険者に荒くれ者は多い。怒りから我を忘れるくらいの怒りっぽさならよくある話だった。
 温厚に見えて実は……なんてことも酒の肴としては使い古されたものだ。
 白けた男に「本当に知らないんだな……」と虎獣人の彼は憐みのような目を向けてくる。

「確かにそれなりに前のことだし、知らないやつも多いか……お前が本格的にこの街に拠点を移したのも、その後だったしな」

「勿体ぶるなっての、さっさと話せよ」

「ダクトの奴のこと覚えてるか?」

「ん?」

 誰だったか、と頭を捻った。
 しかし、その名前が出てきたのはすぐのことだった。
 そういえば以前はここに問題児がいたな、と。

「もしかして、あのダクトか?」

「そうだ」

 以前にパーティーを決めあぐねていた頃に何度か組んだことがあった。
 結局は分け前をがめつく要求してきたこともあり、素行や分配問題で揉めて解散して疎遠になったが。

「龍王にも絡んだとかそういう話か?」

 結局予想の範疇を出ない話だったな。と、男は内心でガッカリした。
 だがどこかで納得もしていた。弱い相手にはどこまでも強気で、特に新人にはギルドに隠れて頻繁に恐喝していた。そんな素行の悪い冒険者のことだ。いつかこうなるかもしれないとは思っていた。
 素行不良、治療費の踏み倒しに、悪いものでは盗賊と手を組んでいるのではなんて噂もあった。
 再起不能にされた新人もいたというのだから、むしろギルドにとっては逆にありがたいことだったのでは、と。
 ダクトにとってもいい薬だったんじゃないだろうか。

「龍王がキレてたんだよな」

「なんだよ、凄む様なことじゃねーだろ」

 いくら温厚な人物でも腹に据えかねたという話だろう。
 すると彼は、いや……と、声を落とした。

「断言する。あれは駄目だ」

「?」

「人じゃねぇ、あれは怒らせたら駄目な奴だったんだってようやく気付いたよ。多分その場にいた奴なら意味が分かると思うぜ」

 大袈裟な、という男の言葉は顔を真っ青にした仲間の様子によって飲み込まれた。
 よく見ると小さく震えているようだ。
 その言葉を裏付けるようにダクトという冒険者は逃げ去るように街から姿を消している。

「ダクトだけじゃねぇ、その場にいた何人かは今まで馬鹿にしてきた龍王の報復を恐れて拠点を移してる」

「……そりゃあ、ちょっと只事じゃないな」

 尋常じゃない様子に、仮にもA級に対する態度じゃなかったかもしれないなと自身の行動を鑑みた。
 今更になって恐ろしいものに喧嘩を売ってしまったのではないかという不安が沸き上がってくる。

「……ダクトの奴何したんだ?」

 正しく龍の逆鱗に触れたのだろう。
 どんな罵倒を浴びせたのか、どんな失礼な行動を取ったのか。
 好奇心から男は尋ねた。
 しかし、それに関しては腑に落ちないように首を捻り答えた。
 理由に関しては意味がよく分からなかったのだという。

「龍王本人じゃなかったはずだ。なんだったかな……確か、どっかの誰かに絡んだって自慢話にキレたらしい」







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