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第30話 ファン

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 僕たちが寝泊まりさせてもらっている宿屋の一階は食堂としての役割もあるらしい。
 二階がお客さんが泊まる場所だね。
 僕と、シルヴィさん、アイリさん、ミーナは、そんな宿屋の一階でテーブルを挟んで食事をしていた。
 リザード便のこともあるので早めの時間にしてもらった。なので人は少ない。
 ミーナとアイリさんが肉料理。シルヴィさんと僕が魚料理だ。
 量もある上に、スープもついてきているので、腹持ちがよさそう。
 長期保存のため塩漬けされてたみたいで味は濃いめだけど美味しかった。
 薄めのスープと一緒に食べると丁度いい。
 そんな食事をしている折に皆に聞いてみた。

「実はリズ・ドラグニルさんのファンなんですけど……サインとか貰えませんかね?」

 よかったら皆からも頼んでもらえないかなーという。
 続けて言葉を口にしようとした僕だったけど口いっぱいに広がったお肉の味がそれを止めた。
 むぐっ、となる。アイリさんが僕に料理の切れ端を突っ込んだようだった。
 訳も分からずいるとアイリさんは少しムッとした表情で僕を見ていた。

「アタシたちがいるのを差し置いてファンだサインだってのはちょっと妬けちまうな」

 言われてからハッとなった。
 それもそうだ。なんで気付かなかったのか。
 付き合ってもない女性のファンって言うのは彼女たちにとっては面白くないことだろう。
 軽い気持ちで聞いたことを後悔した。
 謝ろうと思って口の中のものを急いで咀嚼する。

「悪い悪い。冗談だ」

 アイリさんが、くくっ、と悪戯な笑いを浮かべる。

「……こういうの憧れてたんだよな」

 そう言って恥ずかしくなったのかアイリさんは誤魔化すように残りの料理を食べ始めた。
 言われてみれば今のって「あーん」だな。それと間接キスも。
 僕も照れ臭くなって視線を逸らした。
 その先にいたミーナが頬を膨らませているのが目に入る。

「……ずるい。私もそれやりたい」

「そ、そうか? でも隣じゃないとやり辛くないか?」

 自分への意識を逸らしたいのだろう。マイペースなミーナの言葉にアイリさんは乗った。
 アイリさんの言う通りここのテーブルは広めに料理を並べている。
 対面に座るミーナに「あーん」はできないだろう。

「アイリ、席の入れ替えを所望する」

「行儀が悪いぞ、次の機会でいいだろ」

「むぅ」

 不満そうではあったけどミーナが押し黙った。
 料理も運ばれてるから席を変えるのは難しいと思う。
 ミーナがどことなく落ち込んでいるのを見て悪い気がしてきた……
 今度機会があれば僕からミーナにやってあげよう。
 ……勿論その隣で膨れっ面をしているシルヴィさんにも。
 アイリさんを睨むシルヴィさんだったけど、睨まれてる方はどことなく勝ち誇った気配すら感じさせていた。
 ああ、そうだそうだ。とアイリさんが話題を戻した。

「サインだったか? ああ言ったが、アタシはいいと思うぞ?」

 意外にもその言葉は肯定的なものだった。
 僕の隣に座るアイリさんはあっさりとしている。

「さっきのは冗談だ。リズのやつも喜ぶだろ」

「こっそりサインの練習もしてたみたいですしね。誰かにしてるのは見たことないですが」

「やっと報われる」

 サインの練習してたのか……本の中のイメージとは違うけど、なんか可愛いな。
 対面に座るシルヴィさんとミーナにも聞いてみるけど、二人も概ね賛成らしい。
 ただ僕の隣の席に座るアイリさんはちょっとだけ距離を詰めてきた気がした。

「でも大丈夫ですかね? 僕たちの事とか」

 アイリさんが「ん?」と僕を見てきた。
 さっきのこともあり少しだけ照れてしまう。

「えっと、僕たち付き合ってるじゃないですか」

「お、おう」

「アイリはまだ照れてるの?」

 ミーナの言葉にアイリさんが顔を赤くした。
 照れ臭そうにしている。

「……なんかムズムズするんだよ」

 シルヴィさんが、分かるけど……みたいに頷いた。
 他の二人もだけどアイリさんは特に初心に見える。
 そこが彼女の魅力の一つだとは思うけど……そんな反応されると僕も恥ずかしい。

「僕たちが仲良いとドラグニルさんが気まずくないですかね?」

 四人パーティーで三人が彼氏持ち。それに加えて同じ人物を共有しているとなると、ドラグニルさんの肩身が狭くなるんじゃ?
 その人のことは詳しくないけど、客観的に見たら嬉しいとは言えない状況だと思う。
 僕が原因で皆のパーティーが不仲になるのは嫌なんだけど。

「ああ、それは……どうなんだ?」

「たぶんですけど、そこまで心配はいらないのでは?」

「うん」

 だけど三人ともその心配はないと言う。
 なんでだろう。疑問に感じたので理由を聞いた。

「リズには相手がいるんだよ」

「交際してる人がいるってことですか?」

 それなら納得だ。思ってたより気を遣う必要はないんだなと、僕は胸を撫で下ろした。
 でも異性としては意識してるつもりはないけど、少し相手のことが気になってしまう。
 ファンの心理としては相手もいい人であってほしい。
 内心複雑な気もするけど、さすがに自分勝手な嫉妬だと思うから口には出さない。
 可愛い彼女が三人もいるんだから、そんなことを僕が言ったら彼女たちも面白くないだろうしね。
 アイリさんが食べ終え、コップを片手に対面の二人に目を向ける。

「アタシはその辺は詳しくないな。リズって交際してるんだったか?」

「そこまでは私も知りませんけど、許嫁がいるみたいなことは言ってましたね」

 アイリさんの言葉にシルヴィさんが答える。
 へぇ、そうなんだ。
 本の中では出てこなかった情報だな。

「でも急だったよな。そんな素振りなんて全然見せなかったのに半年くらい前からだったかな。いきなり”将来の相手がいる”とかって……今まで何度自慢されてきたか……」

「ですね……」

 皆が苦笑いしていた。
 だけどそれなら僕が変に気を遣う必要もないかな? 相手はどんな人なんだろう?
 好奇心から聞いてみたけど、アイリさんは首を振った。

「それが分かんねーんだよな」

「というと?」

「なんでか相手に関しては毎回はぐらかされてきたんだ」

 ふぅん? そのあたりの事情は分からないけど、なんでなんだろう?
 同じパーティーの仲間にも言えないって、何か訳ありだったりするのかな。
 だけど少しだけ引っ掛かった。あんまりパーティー内の事情は詳しくないけど……
 なんて不安を感じているとシルヴィさんが胸を張った。

「リズさんに関しては大丈夫ですよ。何かあれば私からもフォローをいれます」

 皆を安心させるようにそう言った。
 自信を見せた彼女の態度に僕も安心感を覚える。
 アイリさんとミーナから「そういえばリーダーだったな」「忘れてた」と、揶揄うような言葉が聞こえてきた。
「そこうるさいですよっ」とシルヴィさんはまったくと言った様子で返す。
 そしてシルヴィさんがいい考えを思いついたと手を叩いた。

「今度こそダブルデートですね!」

「ああ、やってみたいな」

 彼女たちも彼女たちで考えてたんだな。
 僕が口を出すことでもないように思えたので、これ以上何か言うのはやめておいた。

「そろそろ帰ってきてる頃かもな」

 アイリさんの言葉を聞いてミーナの耳が動いた。
 自慢気な顔のまま彼女が口を開いた。

「私たちに恋人ができたなんて聞いたら……絶対驚くと思う」





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