美醜逆転世界で治療師やってます

猫丸

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第14話 似合わない

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 アタシは元々は辺境の貴族の家に生まれた子供だった。
 長ったらしい名前もあったけど全部捨てた。
 今のアタシはただのアイリだ。

 今でこそ冒険者なんて荒々しい仕事してるけど、昔は外で遊ぶのが苦手だった。
 最初のきっかけはなんだったか今では覚えていない。
 何となく覚えてるのは物心ついたころから本を読むのが好きだったってことだ。
 大人しい子供だったと思う。外に出るより家で静かにしてることの方が多かった。

 親はアタシに厳しい人だった。
 欲しいものを言ったら叩かれたし、習い事もさせてもらえなかった。

 誰かのおさがりみたいな古ぼけた絵本がアタシの宝物だった。
 勇者がお姫様と駆け落ちて色んな障害に邪魔されながらも最後は幸せに暮らす話。子供が読むには少し暗い題材だったな。
 ラストシーンの勇者と姫が結ばれる場面で高揚した。
 何度も何度も読み直した。
 アタシもこんな風に幸せになれるのかも、なんて心のどこかで漠然と信じてた。

 ある日のことだ。
 たぶん向こうに聞かせるようなつもりはなかったんだと思う。
 アタシの耳に侍女たちの言葉が聞こえてきた。
 悪口なんて今までも言われてきた。
 聞き慣れた悪意だったはずだったのに。 
 好きだったことを『似合わない』と嗤われた。
 その一言だけが、呪いみたいにずっとアタシの耳に残ってた。







「アイリさん?」

「えぁ? お、おう。なんだ?」

 ぼぅっ、としていたアイリさんの名前を呼んだ。

「これですよ。僕のお勧め」

 あれから話したところアイリさんは読書家だということが分かった。
 週に1冊ほどのペースで読んでいるらしい。
 そこでお互いの読んでるタイトルの話になって、どうせならお互いにお勧めを、なんてことになったのだった。
 アイリさんが勧めてくれたのはどれも僕好みの英雄譚や冒険の話がほとんどだった。
 彼女の説明は搔い摘んだものだったけど分かり易くて、どのタイトルのあらすじを聞いても思わず手を伸ばしてしまいそうになるものだった。
 趣味も近かったし良い読書仲間になってもらえそう。たまに本の感想とかを言い合えたら嬉しいけど。
 気になったのはアイリさんが勧めてくれた本に恋愛がメインの本は1冊もなかったということだ。
 無理には言えないけど、アイリさんが勧めてくれるそっちのジャンルも知りたかったな。

「『ワイバーンの騎士』とか面白かったですね。恋愛要素も少しありますけど。ヒロインの一途さが可愛いかったです」

「あーわりぃ。それは読んだことがあるやつだ。主人公が忠誠を誓った姫のために、だろ? もっとガッツリ戦闘描写があるほうが好きだな」

 どうやらお気に召さなかったらしい。恋愛要素はやっぱり無理か。うーん、残念だけど我儘言っても仕方ないな。
 アイリさんの気が乗らないというなら今は冒険譚や英雄譚で盛り上がろう。

「恋愛要素はおまけみたいなものじゃないですかね? あんまりお姫様出てこなかった気がしますけど」

「4章が黒い石渡したアンナ姫の「待ってるから」で締め括られてただろ? あれの元ネタになったのは神話に出てくる慈愛の女神ヴァレアレ様の逸話でな」

「元ネタがあるんですか?」

 知らなかった。アイリさんはアイリさんでよく知ってるな。

「ああ、あの作者は神話からネタ持ってくることが多いぞ。アタシも気になって調べたことがあるんだが黒い石の贈り物はあなたと生涯を共にする、みたいな意味もあるんだ。黒が縁起良いってのは聞いたことあるか?」

「確か空に浮かぶ神様を休ませる。でしたっけ」

「そうだな。だから黒を贈るのは特別な意味があるんだ。健やかなるときも病めるときも、みたいな祝辞あるだろ? あれもそれに因んでてな」

「なるほど」

「ちなみに最初の章のサブタイトルと最終章のラストシーンが対になってるのには気づいたか?」

「オシャレな終わり方でしたよね」

「そうだな。1章のあれは読者に語り掛けてるように見せかけたミスリードだったわけだ。実際は最後のオチと繋がってたんだ」

「なるほど」

「ワイバーンシリーズは作者にとっても思い入れがあるらしいんだ。最終巻はこれまでにない力作になるだろうな」

「楽しみですね」

「だから『ワイバーンの騎士』はむしろラブロマンスって言ってもいいだろうな。確かに宿敵との再会は熱かったけど、あくまでメインになるのはアンナ姫との関係性だ」

 アイリさんめっちゃ読み込んでるじゃないですか。
 というか凄い喋る。相槌が全く追いつかない。

「だからアタシの趣味には合わなかったな」

 え……嘘でしょ? この期に及んで……?
 いやいや、無理ですよもう。
 そこまで語った後に「合わなかった」は手遅れですって。
 アイリさんも一通り喋った後でハッとなってた。

「い、いや。折角買ったんだから読まないと勿体ねーだろ?」

「まあ……そうですね」

 しかし、何か恥ずかしがるような理由があるんだろうか?
 趣味は人それぞれだと思うけど。
 なんにせよいつかアイリさんの気が向いたら話したいな。

「トーワは……その、アタシみたいな女がそういう恋愛物読むのってどう思う? 似合わないだろ?」

「うん? 絵になるんでは?」

 アイリさんがキョトンとする。
 その後、変な間が空いたあとで彼女はがっくりと肩を落とした。

「……ああ、そうだ。お前ブス専だったな……」

 ここで容姿の好き嫌い云々は関係なくない?
 アイリさんが自分の容姿を引け目に感じてるのは、僕も察してる。
 それ関連?
 もしかして本当に”似合わない”とでも思ってるんだろうか?
 うーん、となるとちょっと解決は難しいな。人の意識なんてすぐに変わらないだろうし。
 でも軽くフォローだけは入れておこう。

「だけど今日は楽しかったですね。趣味の共有できる相手がいなかったんですよね。よかったらまた話しましょう」

 アイリさんの表情が少し緩んだ気がした。
 また話したいのは本心だ。前の世界ではオタク趣味を馬鹿にされたこともあるからなー。

「でもよかったです」

「なにがだ?」

「いや、男が恋愛ジャンル好きって女々しいやつみたいに思われるんじゃないかなって」

 アイリさんがそんなこと言うとは思わないけど、前の世界で友達に揶揄われたことがあるからちょっとだけ不安だった。

「女々しくねーだろ。そんなこと言ったらアタシの方が似合わねーよ。こんな顔だし……っ、も、もし読むなら、だけどな!」

 慌てるアイリさんに苦笑する。

「じゃあここだけの秘密にしましょう。僕とアイリさんは読書友達ですからね」

「わ、分かった。誰にも言わねーよ」

 なぜだか体が強張っているアイリさん。もっと軽い約束ごとっていう認識でいいんだけど。

「あ、シルヴィさんには話してもいいですよ、お友達にも。でもあんまり広めないでくださいね?」

「大丈夫だ。アタシに銀翼以外の仲間はいねぇ」

 それもそれで悲しいですね……

「あー、トーワ?」

「ん?」

「その、アタシはそういうの読まねーけどよ……トーワのお勧めがあるなら読んでみたい」

「ほんとですか!?」

 突然だったけど凄い嬉しい。心を開いてくれたような気がする。
 僕の勢いにアイリさんが仰け反った。

「な、なんでそんな喜んでんだ?」

「あ、すいません。僕故郷では自分の趣味馬鹿にされたことあったんで嬉しくて、つい」

 日本でオタク文化は流行ってたけど、小学生くらいの時はよく揶揄われたせいもあって、それ以来何となく自分の趣味について詳しく話さなかったし。
 こんな異国の……というか世界すら違う場所で同士ができるとは思わなかった。
 え……と、アイリさんの目が見開かれる。

「お前も馬鹿にされたことがあるのか!?」

「そうですねー……まあ子供の頃のことですけど、そういうの読んでるとよく揶揄われましたね……」

「そ、そうか……そうなのか」

 深く頷いてる。
 何かがアイリさんの琴線に触れたらしい。

「というか迷惑かけたわけでもないのに人の趣味にケチ付けるのは無粋だと思うんですよね」

「だ、だよな! そうだよな!」

 なんか凄い共感されてる。
 似たような経験でもあったんだろうか? お前”も”って言ってたし。
 まあそれはさておきだ。
 僕は話を戻した。

「恋愛物だとどういうのが読みたいと思うんですか?」

 目安みたいなのは知りたいかな。
 そうだな……と、アイリさんが考え込む。

「あんまり方向性を絞るみたいなことはしたくねーな。トーワの感性を信じる」

「そう言われるとプレッシャーですね……ちょっとくらい何かないんですか?」

 少しは拘りが知りたい。
 読んだことのある本の数もそこそこ多いし、アイリさんにも出来るだけ好みに合うものを読んでもらいたい。

「しいて言うなら登場人物たちの一途さだな。複数いてもいいけど、全員を平等に愛するところが格好良いと思う」

「そうですね。そういう魅力があると読んでて楽しいですよね」

 この世界そういえば一夫多妻なんだっけ。
 複数の奥さんがいるって考え方が当たり前に浸透してるんだな。

「行動面でも信念みたいなのがほしいな。やってることに一貫性がないと読む側としても困るからな」

「確かに」

「あとは納得できる理由が欲しいな。そうなっても仕方ない。ココはそう思っても仕方ない、ってな。そういう共感みたいなのができると一気に面白く感じるだろうからな」

「ですね。僕もそういうの好きですよ」

「あとはオチが綺麗にまとまってるのが好きだな。意外性ってのもいいんだが、やっぱり最後締めるところでしっかりオチがついてるのが読みたい。読後感はほしいな。読んでよかった、って思いたい」

「なるほど」

「あ、でもバッドエンドはできるだけ遠慮してほしいな。やっぱり物語は幸せに終わってこそだ。色々あったけど最後には幸せを掴んだってのがアタシは一番大事なところだと思う。後味が悪いのは苦手だ」

「なるほど」

「でもまあ、特に強い拘りはないな。なんでもいーぜ?」

 いや、それは無理です。絶対拘りあるでしょ。
 それだけ語っておいて拘りがないことはないと思いますが。
 アイリさんは好きなことに対して熱い人らしい。
 けどそれなら何がいいかな。
 先ほどまでのアイリさんの言葉を思い返す。何個か僕にとっての名作を頭の中でピックアップしているとアイリさんが続けた。

「お前さ……本当にアタシがそういうの読むのが絵になるって思うのか?」

「なりますね。眼鏡も似合ってますし、文学女子って感じが」

 眼鏡かけてるアイリさんの読書してる姿が似合いそうと思うのは本心だ。
 最初は意外だなんて思っちゃって悪かったな。内心でこっそり謝っておいた。
 そちらを見るとアイリさんが頬を染めていた。
 言った後で僕もなんだか照れ臭くなって話を逸らした。

「じゃあ、今度面白かったの貸すので気になったの是非読んでみてくださいよ」

「お、おう」

「また遊びに来てくださいね」

 それから本屋で会計を済ませてお別れした。
 約束もできたしアイリさんと仲良くなれた気がする。
 去り際にアイリさんが嬉しそうに本を抱き締めていた光景が不思議と脳裏に残った。







「意外だったな……」

 本屋に行った帰り道。
 久しぶりに出会ったあいつは全然変わってなかった。
 あそこにいたのには本当に驚いたけどな。
 歩きながらアタシはトーワの言葉を反芻していた。

 絵になるとか、同じような過去があったとか、そういうこと言ってもらえて。
 自分が悪いかもって思ってたことを、あっさり相手が悪いって断言してくれたことが、自分の味方をしてもらえた気がした。

「たぶんバレてるよなこれ」

 冷静になって考えたら分かった。
 いくらなんでもアタシの挙動は不審だった。
 銀翼の仲間以外には口にしたことがなかった。
 人に知られるのが怖かった。また”お前には似合わない”って言われるんじゃないかって。
 でも、トーワになら言ってもいいと思った。たぶんあいつはそんなこと言わないし思わない。
 知られたのがトーワで良かったって思えたんだ。 
 だから、何となく、本当に何となくだけど。
 銀翼のやつら以外で、下心とか損得とか全部抜きにして、本当に仲良くなれた気がした。

 ふと立ち止まる。
 手元の本を見た。
 『赤毛の姫と黒の王子様』に出てくる主人公とヒーローの二人ってアタシとトーワと似てるよな……赤毛と黒髪ってところくらいだけど……なんて、馬鹿みたいなことを考えた。
 まあアタシはこんなに綺麗でも可愛くもないけどよ。
 でも、トーワにとってはアタシの見た目が好みなんだよな……
 珍しくもない赤色の髪。そんな自分の髪に触れてトーワを思い浮かべる。
 照れ臭くなって頭の後ろをガシガシと掻いた。





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