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第10話 出立

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 窓から差し込む朝日によって僕の意識は目覚めた。
 隣を見る。ベッドは別だったはずなのにノアが僕の寝床へと入り込んで来ていた。相変わらず寂しがり屋は治っていないようだ。
 穏やかな寝息を立てる彼女は、心から安心しきった寝顔を見せている。
 男としてなんとも思わない訳じゃないけど、これを裏切るわけにはいかないよね。
 先に起きて顔でも洗ってこようかな。
 僕は腕に抱き着くノアをそっと引き離した。

「ぅ、ぁ」

 途端に悲しそうに歪むノアの顔に罪悪感を覚える。うーん、これは強敵だな。
 夢の中で僕の事でも探しているのか時折その小さな口からは「ご主人様」と聞こえてきた。心苦しくはあるけどちょっぴり和む。

「さて、顔洗ってくるかな」

 僕は捲れた布団をノアにかけなおす。風邪なんて引かせられないからね。
 その間も彼女の手はずっと僕を掴んだままだ。袖を掴んだ彼女の手をソッと離した。

 ギュッ

 再び掴まれる。今度は両手でしっかりと袖を握りしめてきた。決して離さないぞと言わんばかりに体まで擦りつけてくる。
 「んんっ」とノアが身動ぎをすると、甘い女の子の香りが感じられた。
 ノアはまだまだ甘えん坊だな。微笑ましい気持ちになりながらもう一度離した。

 ギュッ

 ……なかなか手強いな。
 思えば何ヶ月も会ってなかったわけだからな……
 さすがに寂しかったんだろうか。僕は再び彼女の手を離す。

 ギュッ

 手強いとかいうレベルじゃなくなってきたな。
 ちょっと強めに振り払う。

 ギュッ

「…………」







 王都には東西南北にそれぞれ巨大な門が設置されている。
 東門にも、他の場所と同様に貴族用と一般用の二つの門があり、僕たちは一般用の傍で待機していた。
 商人の男性が荷物を確認している。近付くと向こうも気付いたようだ。
 軽く会釈をしておいた。

「あまり見ない格好ですね」

 遠回しに『変ですね』と言われた。

「あー駄目ですか?」

「いえ、構いませんよ」

 こんな朝早くに見つかるかと心配だったけど、丁度北東に向かう用のある商人を見つけることができた。
 護衛として連れていってくれないかとお願いしたところ同乗を許されて今に至るというわけだ。
 ちなみに僕とノアは二人とも仮面を被っている。僕は顔全体を覆う素っ気ないものだけど、ノアは可愛らしい動物を象った仮面をつけている。
 やはり目立つんだろう。一緒に乗る予定の人達からはチラチラと視線を感じた。
 色んな人がいるのは相乗り馬車の醍醐味だよ。あんまり気にしないでほしいな。

「あれ? まだ出ないんですか?」

「もう1人護衛をしてくれる方がいるんですよ。もうしばらく待っていてください」

 これで全員じゃないんだ。
 見たところ冒険者を4、5人は雇ってるみたいだけど。戦力は多い方がいいということかな。
 僕としては少しでも早く出たいんだけど、それはこちらの都合なのであまり我儘も言えない。
 今頃皆は何してるんだろうな。

「クロ様? どうかなさいましたか?」

「ああ、ちょっと他の護衛の人達と話しておこうかなって思って。いざって時に連携取れないのも危ないしさ」

 シロも来る? と聞いてみた。
 ちなみに言うまでもなく、クロとシロは僕とノアのことである。

「お供させて頂きます」

 うんうん、出会った当初の人見知りはだいぶ改善されてるね。
 昔の事ではあるけどパーソナルスペース広すぎたよねノア。

「来られたようです」

 おっと、動き出すのが少しばかり遅かったらしい。最後の一人が来てしまったようだ。
 足音に振り向いた。

「すまんな、少しばかり待たせてしまったようじゃ」

 赤い和服のようなものを身に纏った黒髪の女の子。背はノアよりもさらに頭一つ分低い。
 パッと見僕の世界の小学生か中学生くらいにしか見えないな。
 けど、非常に珍しい種族。立派な角に爬虫類の尾。僕もこれまでに数回しか見たことがない。
 地域によっては信仰の対象にすらなっているらしい。
 それはつまりその種族を神と同列視する人達もいるということだ。

「む? なんじゃジロジロ見て」

 ”竜人族”の少女は僕達の視線を受けて可愛らしくこてんと首を傾げた。
 龍の血を引く彼女達は種族の特性上、全ての人型生物の中で最も高いステータスを持つと言われている。
 要するに生まれながらのチート生物というわけだ。









「妾の名はノエルという」

 それが僕たちに名乗りを促す言葉だと理解したのはすぐのことだった。

「僕はクロ。こっちは仲間のシロ」

 馬車での旅路が始まり数刻ほど経った頃。
 馬を休ませるために馬車は止まり、中継地点で僕たちも休みを取っていた。馬車ってお尻痛くなるよね。
 彼女は暇だったのか、あるいは単に親睦を深めたかったのか、突然こちらに近付き名乗ってきた。
 僕は答えながら軽く背を伸ばした。馬車の中ではあんまり動けなかったからね。体が凝っちゃったよ。
 飲み水を口にしながらノエルを見る。

「お主らはなぜカルディアに?」

「仲間達とちょっとすれ違いがありまして……それでその一人が冒険都市に向かったと聞いたので。あ、ノエルさんも水飲みます?」

 見たところ荷物をほとんど持っていない。
 今日は暑いから水分補給を勧めてみた。もし持ってるなら余計なお世話かもしれないけど。

「む、よいのか?」

 新しい水筒を出してあげた。
 ごくごくと喉を鳴らす。やはり喉が渇いていたらしくすぐに飲み干していた。

「すまんの。助かった」

「いえ」

 カラカラと快活に笑う彼女とは話しやすい。もしかしたら僕とノエルは人としての相性がいいのかもしれない。
 いい友達になれそうだ。
 とはいえあまり喋りすぎるとボロが出る可能性もある。
 僕はノエルが何かを言う前に話を逸らすことにした。ちなみにノアは僕を立てて後ろで聞きに徹してくれている。

「ノエルさんもカルディアに行くんですよね? 何しに行くんですか?」

「うむ、うむうむ。よいなお主」

「? 何がですか?」

「いやなに。妾の姿を見て幼女扱いされることが多かったのでな。そうやって対等に話してもらえると気分がよいの」

 え、違うの? どう見ても幼女だけど。
 すると僕の内心を見抜いたのかギロリと睨まれる。

「なんじゃ? 実はお主も妾の事をちっこい美幼女だと下に見ておるのか?」

 さりげなく美ってつけてきたな。いやまあ可愛いけどさ。
 そういえば竜人族は長寿な種族だと聞いたことがある。
 見た目と一致しない者が多いらしい。出会ったことがあまりないから頭の片隅に追いやっていた情報だ。
 するとノエル……あ、さんってつけたほうがいいかな?
 いや、まあいいか。心の中では密かにノエルって呼ばせてもらおう。
 彼女は「ふふん」と可愛らしく薄い肉付きの胸を張る。

「妾の年齢は50を超えておるでな。お主らよりも年上というわけじゃ」

 自慢げだった。
 というより彼女50歳超えてるって……凄いな。
 見た目は本当に幼女なのに。

「おっと、すまんな。カルディアに行く目的じゃったな。まあ妾も言ってしまえばある人間を探しておるのよ」

「へぇ、そうなんですね」

「お主らも王都にいたなら知っておるじゃろう? あの勇者とその仲間の四英雄とやらを」

「はぁ、知ってますけどその人達に会いに来たんですか? ファンとか?」

 いや、自分で言うと痛いやつみたいだな。自分で自分のファンですか? とか恥ずかしい。
 でも竜人族の子がわざわざ会いに来るなんてそのくらいしか思い浮かばなかった。
 それなら正体がバレないように気を付けないとな。ノアに視線を送って注意しておいた。

「そんなわけなかろう」

 ノエルは忌々しそうに顔を歪めた。
 あまりの豹変ぶりに驚くも、彼女はすぐにその理由を語ってくれた。

「国では救世主だの英雄だのと持て囃されておるが……あ奴らの本性はそんな高潔な人間などではない」

「ん?」





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