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第21話 最弱の勇者
しおりを挟む王都探索を終えた夕暮れ時。
帰り道で夕焼けに照らされた通りを皆で歩く。
今日は楽しかった。お祭りで疲れた後みたいな疲労感はあるけどね。帰ったらやっぱり慣れたところが一番だなってなるやつだ。
でも、たまにはこういうのも悪くはなかった。
皆で今日一日の出来事に話題を咲かせた。一緒に回ったあそこが楽しかった~とか。
今は各個人で好きに行動した午前中の話をしている。
「禁書庫?」
「は、はい。何か一部が禁止指定図書とかってなってて入れない場所があったんですよ」
「あれかな。禁呪みたいなのとかあるのかな」
というかそんな危ないところがあったのか。
ちなみに王立図書館は一般公開されている場所と、王族御用達の王城内にある図書館の2か所がある。
一般公開されている場所では寄贈された物も多いらしく、王城内の物は新書が多く整理整頓されていたけど、今回秋山さんが見た一般公開用の場所には様々なジャンルの蔵書が乱雑に並んでいたらしい。と、秋山さんの談だ。
「勇者でも入れないの?」
ふとした疑問だった。
するとリリアが横から僕の疑問に答えてくれた。
「禁書庫に入ることは勇者や貴族だろうと固く禁じられていますよ。許可なく入ればどれだけ良くても罰金ですね。悪質な場合は長期の禁固刑もあり得ると聞いています」
秋山さんが顔を青くしていた。もしかして入ろうとしてたんだろうか?
「姫木さんが行ったのは武器屋だったよね。気になるのとかあった?」
「はい。生憎と刀はなかったですが、興味深い武器がいくつかありましたよ」
刀がお目当てだったのか。
姫木さんは一見すると大和撫子って感じの和美人さんだし、刀を持ってる姿とか似合いそうだ。
なんて考えているとリリアが思い出したように「そういえば」と、口を開く。
「セラ・グリフィス団長が帰ってきたそうですよ」
「団長、ってことは……騎士団の?」
「はい」
あれか。例のリリア曰く狂っているらしい人か。
栗田さんが尋ねる。
「帰ってきたって、どこかに行ってたんですか?」
「たぶん魔物狩りにでも行ってたんじゃないでしょうか……独断で」
独断、って……それいいの?
団長ってことは騎士団で一番偉い人だよね。
勝手な行動が出来る立場じゃないと思うけど。
「いえ、彼女はそういう人間ではないんです。団長という役職もこちらから頼み込んで就任してもらったと聞いています」
「頼んだ? 誰が?」
「ルベリオ宰相です」
宰相? って、あの宰相だよね。
そんな偉い人がわざわざ頭を下げてまで、ってこと?
「彼女は強過ぎました。元Sランク冒険者。悪鬼の守護神という二つ名で呼ばれていますが……正直二度と会いたくないですね」
リリアは露骨に嫌そうな顔をしていた。
そこまで言われると好奇心から一目見たくなる。
どんな人なんだろう?
「や、やっぱりファンタジー世界には色んな人がいますね」
「だね。案外いつか仲間になって一緒に冒険したりするのかな」
「無いとは言えませんよね……あ、そ、そういえばこんな本買ったんですよ。ちょっとだけ、高かったですけどね」
ふと、秋山さんが懐から一冊の本を取り出した。
表題には【最弱の勇者】と書かれていた。
「なにそれ?」
「タイトルでビビッと来たんですよ。せっかくお小遣いも貰っているので1冊くらい買ってみようかなって……」
リリアが覗き込むと、ああ、それですか。と言う。
知ってる話なのかな?
「過去の勇者の冒険譚ですね。作家によって脚色されたり、色んな結末に変更されたりしている有名なお話ですよ」
「へぇ、どんな話なの?」
「冒険譚とは言っても今となっては寓話みたいな話になってますけど。大筋は――……」
聞けば誰も殺さずに世界平和を目指した勇者の話らしい。
魔物だろうと、盗賊だろうと、殺すことなく自分の道を突き進んだ男の話。
それこそが正義だと信じた男は、あまりにも呆気なく死んでいった。
「バッドエンドなの?」
グリム童話みたいなイメージだろうか。
今ではハッピーエンドに書き替えられてはいるものの、後味の悪い物語も僕たちのいた世界にはあった。
シンデレラの落とした靴に合わせるために継母の娘は足の一部を切り落とした。
白雪姫という今では誰もが知ってる物語も、初版では殺して食べられそうになっていたと聞いたこともある。
残酷でとても子供には見せられない創作物。
これは幸せだけを描いたおとぎ話ではないということか。
「……そうみたいですね。なんでもとんでもなく強いスキルを持っていたそうなんですけど、結局使うことなく死んじゃったとか」
「ふぅん? なんか悲しい話だね」
「あ、でも凄い気に入ったページがあるんですよ。こことか」
秋山さんは心なしかテンション高めだ。
好きなことの話で楽しいと思えるのはいいことだ。僕も秋山さんと同じ人種だから気持ちは痛いほど分かる。
そんな彼女の嬉しそうな顔を微笑ましく思いながら皆と城下を歩いた。
「結局何も成すことなく世を去った男に人々は身勝手にも失望したが、所有していた謎の力の真偽ついては歴史家たちの間でも意見が分かれるところだ」
「『世界さえも破滅させることが出来る』。その言葉が虚言の類でないことも【看破】や【神眼】の所有者たちには理解出来たらしい。だが実際には嘘を見抜かれないスキルを持っていたのではないかという説もある。そんなスキルはそもそも存在しなかったのではとも」
「なぜならそのスキルは考え得る”全ての”鑑定系スキルを用いても一切確認できなかったからだ」
「当時、その力を人々は畏れた。しかし、その勇者は生涯一度もその力を使うことはなかった。誰も殺さないあまりにも優し過ぎた最強と呼ばれた勇者は、現代では己の力を恐れた心の弱い勇者だったと揶揄されている」
夕暮れの物寂しい通りで、彼女の言葉が感情を揺さぶるような語り口で紡がれる。
「確かめる術は既にない。だが、彼は――恐らく誰よりも強かったその男は、誰よりも弱かった」
秋山さんは締め括る。
ふいに、一人のある男を思い出した。
ある日突然僕を残して姿を消した――父親のことを。
なぜだろうか……根拠はまだなかった。
だけど――
「勇者シドウ――稀代の大嘘つきと呼ばれている最弱の勇者だ」
子供の頃に優しく笑いかけてくれた男の姿が見えた気がした。
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