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青野夜子のお話。
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「あー、だめですよう、お姉さん。そんなところから飛んだって死ねませんってば」
冬の終わり頃だった。
配属された部署で勤めること三年、いつかは慣れると思って仕事に打ち込んで、打ち込んで、打ち込んで──倒れた。そんなある日のことだった。
季節外れの桜の葉がひらひらと、まるで雪のように舞っていて、彼女はそこに立っていた。
私が立つビルのふちよりも、五歩ほど下がったところだ。
(どうして、こんなところに女子高生が)
漫画や映画、ドラマでは定番の「来ないで」というセリフを吐くのも忘れて、私は彼女を振り返っていた。
真っ黒な髪はところどころはねっけがある。
真っ赤な目は宝石のように澄んでいて、よどみがない。
華奢な体躯がまとうのは、今どき珍しいブラックセーラー服。
真っ白な肌がこの三つの要素で、ひときわ目立っていた。
「ささ、どうぞこちらへ」
「え、あ、」
有無を言わさず、女子高生はひょいと五歩という距離を詰めて手を握る。
それからぐいと少し乱暴に手を引かれた。
「どんなふうに死にたいんですか?」
不思議と、手は振りほどけなかった。
ただぐいぐいと引っ張られて行って、屋上のふちからはどんどんと離れていく。
「どんなふう、って」
言葉に詰まった。
あれだけ意を決して立ったふちは、もうあんなに遠い。
二回目はあそこに立てないかもしれなかった。
女子高生は、軽やかな足取りで私をビルの内部へと続くドアの前まで連れて行った。
「ええ、まさか希望なし? どんな死に方でもいいっていうんです?」
「ち、ちが……」
やはり、言葉に詰まる。
ちがう。そういう話じゃない。
そんな話じゃないのだ。
だって、死にたいほどつらいからあそこに立っていたのに。
そう思ったらぼろぼろと涙が落ちてきた。
「世の中にはいろーんな死に方があるんですよ。窒息とか、落下とか、失血とか、薬物とか、毒物とか、四肢切断系とか」
耳が痛い。
そういうひどい言葉なんてききたくない。
耳をふさごうとしたけれど、女子高生は手を放さない。
「なんでそんな顔するんです? 死にたかったんでしょう?」
それどころか、そういうふうに私の顔を覗き込む。
「だ、だって、わた、わたし……」
らくになりたかった。
たった一言だって、この見ず知らずの女子高生にすら、言えないのだ。
「……あの。あなたは、いったい……」
唯一女子高生に言えたのは、こんな言葉だった。
これから死ぬつもりだった私には、どうでもいいことだ。
そんなことは女子高生だってわかっているはずなのに、彼女はにっこり笑って、こう言った。
「ああ。私のことはどうか気軽に、廸子(じゃくこ)さん、とお呼びください!」
冬の終わり頃だった。
配属された部署で勤めること三年、いつかは慣れると思って仕事に打ち込んで、打ち込んで、打ち込んで──倒れた。そんなある日のことだった。
季節外れの桜の葉がひらひらと、まるで雪のように舞っていて、彼女はそこに立っていた。
私が立つビルのふちよりも、五歩ほど下がったところだ。
(どうして、こんなところに女子高生が)
漫画や映画、ドラマでは定番の「来ないで」というセリフを吐くのも忘れて、私は彼女を振り返っていた。
真っ黒な髪はところどころはねっけがある。
真っ赤な目は宝石のように澄んでいて、よどみがない。
華奢な体躯がまとうのは、今どき珍しいブラックセーラー服。
真っ白な肌がこの三つの要素で、ひときわ目立っていた。
「ささ、どうぞこちらへ」
「え、あ、」
有無を言わさず、女子高生はひょいと五歩という距離を詰めて手を握る。
それからぐいと少し乱暴に手を引かれた。
「どんなふうに死にたいんですか?」
不思議と、手は振りほどけなかった。
ただぐいぐいと引っ張られて行って、屋上のふちからはどんどんと離れていく。
「どんなふう、って」
言葉に詰まった。
あれだけ意を決して立ったふちは、もうあんなに遠い。
二回目はあそこに立てないかもしれなかった。
女子高生は、軽やかな足取りで私をビルの内部へと続くドアの前まで連れて行った。
「ええ、まさか希望なし? どんな死に方でもいいっていうんです?」
「ち、ちが……」
やはり、言葉に詰まる。
ちがう。そういう話じゃない。
そんな話じゃないのだ。
だって、死にたいほどつらいからあそこに立っていたのに。
そう思ったらぼろぼろと涙が落ちてきた。
「世の中にはいろーんな死に方があるんですよ。窒息とか、落下とか、失血とか、薬物とか、毒物とか、四肢切断系とか」
耳が痛い。
そういうひどい言葉なんてききたくない。
耳をふさごうとしたけれど、女子高生は手を放さない。
「なんでそんな顔するんです? 死にたかったんでしょう?」
それどころか、そういうふうに私の顔を覗き込む。
「だ、だって、わた、わたし……」
らくになりたかった。
たった一言だって、この見ず知らずの女子高生にすら、言えないのだ。
「……あの。あなたは、いったい……」
唯一女子高生に言えたのは、こんな言葉だった。
これから死ぬつもりだった私には、どうでもいいことだ。
そんなことは女子高生だってわかっているはずなのに、彼女はにっこり笑って、こう言った。
「ああ。私のことはどうか気軽に、廸子(じゃくこ)さん、とお呼びください!」
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