とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第二章「記憶奪還。帝都潜入騒動。」

01

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 星が散りばめられた天井を見つめて、彼女、ゼノンはため息をついた。
 居城であった東魔王城から、『人質』としてこの帝王城に連れてこられてから、数日が経つ。
 父親である東魔王サタンが時たまに訪ねてくる他は来訪者はなく、与えられる食事にもとくに不満はない。
 ──のだけれども。


「ひま、ひま、ひま……暇すぎる……」


 ふかふかのソファにふんぞり返りながら、彼女は嘆く。
 彼女に与えられた部屋は特別なものだ。
 深い夜の闇を閉じ込めたもので、壁も天井もそこにあることが疑われるほど、真っ黒だった。
 部屋の明かりは、彼女の机にある古めかしいカンテラと、天井に散りばめられた星々だけ。


「星の数を数えるのも飽きた……疑似展開じゃやっぱり物足りない」


 魔界の夜は、赤黒いものだ。
 昼間赤い空が、夜は黒くなり。昼間黒い雲は、夜には赤く反転する。
 だからこういう星空というものを見れるのは、昼間、青空が見えたときだけ。

(まあ、ソレこそ、あいつらがいないとどうにもならないんだけど)

 彼女の脳裏には、ぼんやりと幼馴染らが浮かんでいた。
 同い年、というよりは彼らの方がいくらか年上だが、それでも幼馴染だ、と言い張りたい。
 彼らと、ひと夏の冒険をした。
 ひと夏の、淡い恋も味わった。


「……会いたいな、デス」


 星の光よりも綺麗な銀髪。
 深い夜の闇にも似た、深い青の瞳。
 彼のそばには必ず同じ銀髪を持つ少年と、赤い髪の少女がいた。
 彼等がいなければ、自分がここにいないことは百も承知だ。
 もしあの日、あの時。
 遭遇していなければ、自分は今頃、どこかで震えて泣いていたっておかしくはないのだ。


「暇すぎて、暇すぎる。うん、これはもう、仕方ないよねえ」


 ぴた。と伸ばしていた体の動きを止める。
 それから机に向き直って、たんたんたん、と机を軽く指で小突いた。


「にひひ」


 静かな駆動音を立てて、机の内部が振動。
 それからすぐに彼女の目の前に、彼女お手製のコンソールとモニターが現れた。
 かた、とコンソールの一部を指で押す。
 ぴぴ。返答のように、反応。
 今度は引き出しをあけて、その中にしまってあったゴーグルを引っ張り出すと、彼女はそれを装着した。


「ちょーっとだけ、探っちゃおーっと」


 セキュリティが無防備なのが悪いんだよ、と笑みを漏らし。
 ゼノンは、かたかたとコンソールを叩き始めた。





***







「えーと、ちょっと待って。もっかい、もっかい言って」


 ハイゼットは困惑していた。
 これで彼が話をとめ、繰り返しを求めるのは数十回目である。
 さすがのデスも深いため息をついて、頭を抱えた。

(こんなに覚えが悪いやつだったろうか)

 ちらり。親友の姿を見る。
 涙目で困惑する姿を見る限り、ちゃかしたり、ふざけているふうではない。


「ご、ごめんね、ごめんね、どうしても、頭に入っていかなくて」

「……いいや。お前は悪くないかもしれない」


 デスには心当たりがあった。
 彼の記憶を奪った正体も、その手法も知っていたが、彼が施術されたのはそれだけではないかもしれない。


「帝都に、そういう認識齟齬に対して術を使うやつがいたからな。そいつの仕業って可能性もある」


 すでにフェニックスやエターナルは二階にあがり眠っている。
 ファイナルは付き合う、と言ってはいたがつい先ほど、ソファの上で眠りに落ちた。
 時刻は深夜に差し掛かろうとしていた。
 心配していた刺客の姿はいまだ見えないが、それでも気の抜けない状況であることは確かだ。
 早めに切り上げて、ハイゼットを休ませたいところだった。

(魔界の現状理解も半分。制度については説明しても理解が追いつかない。これじゃ選択させるのは難しい……)

 デスも、全てを知っているわけではない。
 帝王というものにどうやって『成る』のか、それを実際目にしたことはない。

(それに、ファイナルのことも理解はあんまりできてなさそうだ)

 デスが特異な存在であるように。
 彼女もまた、この世界においては特異な存在である。
 ある意味ではハイゼットもまた特別な存在ではあるが、それとは根本的な部分が違う。


「今日はこのへんにして……」

「だ、だめ! だって、ファイナルのことを何とかするには、俺が帝王になるのが一番手っ取り早いんでしょ? だったらそうなるしかないもん」


 立ち上がろうとしたデスの腕を、ハイゼットが強く引き留めた。
 彼の目は真剣で、デスは思わず言葉を失った。


「ファイナルが生きてると世界が終わる、なんて、そんなの絶対に納得できない」

「でも帝王になったところで、どうにかできるって確証はないんだぜ?」

「それでもだよ! 何もしないでずっとファイナルを守り続けるよりは、根本からちゃんと解決したい」


 そうじゃなきゃ……とハイゼットは言葉を詰まらせた。
 何度も敵を撃退することは恐らく可能だろう。
 デスもいる。二人なら何でもできる気がした。
 けれどそれは長くは続かない。いつかは綻びができ、いつかは何かを『失う』日がくる。
 撃退する、とはつまり、奪い続ける、ということだ。
 奪い続ければ、いつかは失うものだ。


「俺は、ファイナルが笑って生きられる世界が欲しい」

「……はあ」


 強い瞳に押し負けるように、デスは立ち上がりかけた腰を再びソファに戻した。


「終焉が死んで、始まりが目覚めて。また始まりが眠って、終焉が生まれて。その繰り返しなんでしょう? だったら、ファイナルは一体何度、こんな目に遭うかわからない」

「その枠組み自体を変えるって? そんなもん、世界創造と変わらない所業だぞ」

「できるよ。デスとファイナルが傍にいてくれたら、俺はなんだってできる」


 その言葉に一切の嘘がないことは、デスも理解していた。
 だからこそ頭を抱える。一度やるといったらきかない。そういう頑固なところはきっと血筋なのだ。
 あの家族はみんな頑固だった。頑固で、強固だった。

(こいつは、本当に)

 変わらない、と思った。
 記憶をなくしていようが、いまいが。
 強欲で図々しくて傲慢で、それでいて何も知らない子供のようにへらっと笑うのだ。


「はーあ、じゃあ、行くしかねえなあ」

「?」


 罠のような気がするんだけどなあ、とデスはぐぐーっと上半身を伸ばす。


「帝都だよ、帝都。術者見つけてぶっ飛ばせばお前のソレもどうにかなんだろ」


 ハイゼットへ「ええ!」と飛び上がった。
 ゴルトが本当の父親ではないこと。
 また彼の策略により、ハイゼットは帝王城に捕らわれていたこと。
 このへんのことを聞いたばかりで、ついこの前までの居城は敵の本山のように思えた。


「ほ、本気? ファイナルたちもいるし、皆で一緒に行くのは危険なんじゃ……」

「それでも分断するよりはきっといい。ゴルトは頭の回るヤツだ。どちらにしろ面倒を仕掛けられるなら、俺が傍にいた方がまだ対処できる」

「む。なんかそれ、俺らをお荷物だっていってるように聞こえてやだ」

「事実だろうが。俺が城でどんな評価受けてたのか、お前知らなかったのか?」


 自慢するような微笑みに、ハイゼットはぐっと押し黙った。
 彼が城で『最強』だとか、『不死』だとか、『無敵』と称賛されていたのは知っている。
 あの陰謀渦巻く、嫌な空気の城の中で、彼だけは周囲から別の視線を浴びていた。
 それは強さ故だ。
 ゴルト宰相よりも強いのに、どうして殺さないんだろう。
 そうつぶやいている兵士の声を、ハイゼットですら幾度か耳にした。


「お前さんが『帝王』とやらに早めに成ってくれれば俺もラクできるんだけどな」

「な、なるよ! なるもん! もうすーぐになっちゃうよ!」


 むきになって怒るハイゼットを、デスはけらけらと笑った。
 正直なところ、これは賭けだ。
 いや、これも、というべきか。
 しかし彼の望みを叶えるならば、これしか道はない。


「じゃ、まずは腹ごしらえとして外にいる連中をぶっ飛ばすか」


 デスが立ち上がると、ハイゼットも立ち上がって大きく伸びをした。


「そうだね! 俺たちが寝るまで待っててくれるなんて律儀だなーって思ってたけど」

「女子供が寝てるところに忍び込むって考えたらまあ、ちょっとなあ」

「うん、許せないよねえ」


 二人はそういって拳をこつん、と当てるとお互い少し悪い顔をして笑った。
 そうして音もたてずに夜の闇へと消えていった。


 わずか数秒後には民間の周りで刺客張っていた刺客たちは地に伏せることとなった。
 数にして二十はいたのだろうか。ちょうど半分になるように二手に分かれたが、ハイゼットが倒した数は十だった。
 不意に上空を見る。
 いつもと違う空だった。赤と黒の反転した世界ではない。

(──あ、これは)

 きらきらと、夜空に輝く星々。
 深い青、いや黒に近い空。
 今日は確かに赤と黒の空だった。青空なんて、どこにも……。

(あ。ファイナルたちがきたとき、帆船がアオゾラを連れてきたんだった)

 よくみれば星空が出ているのはここら一帯だけで、遠くの方はいつもの空だ。
 終わらない戦火の煙と、時たまに落ちる落雷。
 それらがこの開けた場所からは、まるで異世界のように映った。


「おら、帰るぞ。んでお前はとっとと休め」


 べし。
 背後から手刀を落とされて、ハイゼットはハッと我に返る。


「……デス」

「ん?」


 自分と同じ銀髪には、星の光がきらきらと集まって見えた。
 改めて見る彼の目は夜空のようだ。
 自分を見下ろす彼の表情は、帝王城でみていたものよりも穏やかなものだった。

(記憶のあるまま。記憶のない、阿呆な俺にずっとついていてくれた)

 ぎゅ、と腕をつかんでみる。
 たくましい太い腕だ。
 ゴルトからの指示で幾度も一緒に仕事をしたが、危ない時はいつも助けてくれた腕だった。


「ずっと、その。ありがとう。……これからも、よろしくね?」

「……はいはい」

「わわっ」


 わしゃわしゃとデスに頭を撫でられて、ハイゼットは思わずよろけた。
 何とか片目で彼の顔を見る。
 なんだか、少しだけ朱色に染まっているように見えた。


「馬鹿なこといってねーで、とっとと来い」

「ちょ、引っ張らないでよ、もー!」


 こんなに星空がきれいなのに! とハイゼットは叫んだ。
 それからすぐに民家に腕を引かれて戻ったが、ファイナルは変わらずソファに眠りこけていた。


「ううう……」

「はいはい、とっとと寝ろ。ソファがいいならこっちを譲るが」

「ううん、いい! 俺ここに寝る!」


 起こして星空を眺めたいところだったが、その穏やかに眠る彼女を起こすこともできず、ハイゼットはそっと床に腰を下ろした。

(今度は俺が、こっち側)

 にへへ、と頬が緩む。
 昼間、二階でされたように。
 ハイゼットはファイナルの眠るソファに背を預けて、目を瞑った。
 そうしてそんな姿をやれやれと眺めながら、デスは向かい側のソファに改めて腰を下ろした。


 

 
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