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第二章「魔法使いの町。」

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 工房から、やけに騒がしい窓の下を見下ろす。
 彼が寝泊まりをしているビルの前には、人だかりが出来ていた。


「……うん?」


 窓を少し開けて、下の喧噪を耳に入れる。
 ほどなくして、彼らがビルの警備員に何を詰めよっているのか理解できた。

(列車が止まっている、と)

 ほとんどありえないことだ。
 その車体を作り上げたのは他でもない彼であり、整備を務める職員にも顔見知りが何人かいる。
 原因不明の故障などでっちあげにも等しい。
 何しろ過去数百年ほど、ただの一度も故障などなかったのだから。

(僕にどうにかしろというわけか)

 自分ではどうにかできないからと他人に押し付ける性は生まれながらのものらしい。
 少し考えれば『異常などあるわけがない』と気づき、これが『ほかのモノ』による陰謀だということには気が付きそうなものだが……。


「……サン・ジェルマンめ……」


 彼は窓からそっと離れると、頭を抱えた。
 先ほどやけにすんなり諦めていくとは思った。それが奇妙なことだとも理解していた。
 けれど深くは考えなかった。……結局は下で喚く烏合の衆と、自分も変わらない。


「失礼します」


 ノックの音と同時に、女が入ってきた。
 このビルのオーナーの秘書を務める女だった。
 長く伸びたエルフ耳がぴくぴくと動いている。
 背から伸びる妖精の羽根は、儚げにきらきらと光り輝いていた。
 ──この女は、妖精……ではなく、妖精に似せて作り上げた『ホムンクルス』である。
 その長いまつげも、透けるようなブロンドの髪も、年を取らない整った顔立ちも、数百年と変わらない。
 まるで陶器のようだ。当然である。作り物なのだから。


「そろそろ来る頃だと思っていたよ、リゼ」

「では用件もおわかりですね」


 彼女はニコリと口元だけ弧を描いて見せた。
 その目はまるで笑っていなかった。


「どうせ僕に今回の件をどうにかしろというんだろう」


 マギサは、大げさにため息をついて見せた。


「お断りだ。あのサン・ジェルマン伯爵が裏で糸をひいているにきまってる。僕程度の錬金術師がどうにかできるわけないだろう」

「おや、そこまでお分かりになっているのに『何も』なさらない、と?」

「当然だ。……待て、どうしてお前はそれを知っているんだ?」


 リゼと呼ばれた女は、今度は瞼もにっこりと弧を描くようにして笑って見せた。
 やはり作り物のような人形の笑顔だ、とマギサは思った。


「何故って、サン・ジェルマン伯爵から声明がこちらに届いておりましたので」

「声明?」


 マギサは顔をしかめた。
 そんなものは聞いた覚えはない。
 が、リゼはきょとんとしている。


「聞かせましょうか」

「ああ」


 コホン、と咳ばらいを一度してから、リゼは音声を再生するように言葉を紡いだ。
 ……サン・ジェルマン伯爵の声音を、ぴったり真似して。


「敬愛なるストレーガ鉄道局長。此度の細工をどうか許してほしい。目的が達成されれば、この事態はただちに解消すると約束しよう。私の目的とはこの町に潜んでいる『隻腕の魔法使い』の確保である。もし協力してくれるのならば、事態はすぐにでも好転するだろう」

「……ハッ」


 思わず吐き捨てるような笑いが漏れた。


「なんだそれは。脅迫文じゃないか」


 サン・ジェルマンらしい厭らしさがよく出ている、とマギサはつづけた。
 対照的に、リゼは笑いひとつこぼさなかった。
 何が面白いのかわからないようだった。
 表情を無に戻してから、マギサは言った。


「いいだろう。その隻腕の魔法使いとやら、僕が探して見せよう」

「では、捕獲も?」

「いいや、それはしない」


 クツクツと、マギサはまた笑った。


「僕はアレの邪魔をするだけだ。魔法使いに味方して、サン・ジェルマンの企みを砕いてやる」

「……まあ、オーナーは解決を望まれておりましたのでその方法を問うことはないでしょうが……」


 リゼは、抱えていたバインダーをテーブルの上に置いた。


「一応、声明文のコピーと、『隻腕の魔法使い』についての情報です。どうぞ」

「ん」


 もはやマギサの視線はそこにはなかった。 
 足は実験テーブル側に向き、視線はその棚に向いていた。
 リゼは、それを見てから部屋を出ていった。
 それを確認してから、マギサは置かれたファイルに手を伸ばす。


「これは……」


 彼は小さく感嘆の声をあげて、それからすぐにローブをひっつかむと、その部屋から飛び出していった。
 ──というのが、つい一時間ほど前のことだ。
 マギサは、まじまじと目の前に座る、魔法使いを見つめた。
 隻腕の魔法使いだという、小さめの背丈の青年もまた、マギサを見つめたまま何も言わなかった。


「何か飲むかい」


 見かねたように、店長の男が厨房から出てきた。
 その問いかけにマギサは、「紅茶を」と告げた。


「サン・ジェルマン伯爵と君とが『グル』じゃないという証拠は何かあるかい」


 店長が紅茶を運んでくると、ようやくのこと魔法使いは口を開いた。


「証拠だと?」

「そう。マギサ・バルサーモといえばあの列車を手掛けた錬金術師だろう。僕だって名前くらいは知っている」

「それは光栄だ。僕も『隻腕の魔法使い』の逸話はかねがね聞いているよ」


 名前くらいは、といわれるほど偉大なつもりはマギサにはなかった。
 目の前の隻腕の魔法使いにくらべれば、それはもう月とすっぽんだ。
 彼が敬愛してやまない『原初の魔法使い』──その弟子かもしれないと詠われるほど、隻腕の魔法使いが扱う魔法はすさまじい。
 ほかの誰もが扱うことのできない、特異な魔法なのだ。


「何しろ魔法使いは今も何人かいるが、君ほどの魔法使いとなると稀有だ。あの十人の弟子にも並ぶことだろう」

「錬金術師だってそう多くはないだろう? それにこの町にいる連中なんて、みんな似たり寄ったりさ」


 魔法使いは目を伏せてそう言った。
 が、マギサはすぐに否定の言葉を述べた。


「そんなことはない。君の代わりというのが『ない』というサン・ジェルマン伯爵の気持ちがわからないわけじゃないからな。──だが、それをわかったうえで、今の僕は『彼』の邪魔がしたい」


 ニタリ、とマギサがほほ笑むと、魔法使いは少しキョトンとした顔を浮かべた。
 そうして、それから、


「なんだ。キミも彼が気にくわないのなら、そう言ってくれればよかったのに」


 と呟いた。
 肌につたわるピリピリした空気が緩和されるのを感じた。
 どうやら、味方であると信じてくれたようだった。
 魔法使いの隣に腰かけていた男の方は、こちらには関せず、ナポリタンの入った皿に視線を落としていた。







***







 ユキさんがそのマギサだかいう男と少し打ち解けたのは、あの騒動から少し経ってからのことだった。
 なんだかいけ好かない感じだったが、ユキさんが警戒心をなくしたのをみて、俺も睨みつけるのをやめた。
 サン・ジェルマンだかいうあの商人の男が気にくわないのは、この三人、見解が一致しているのだ。
 二人がどう思っているかはしらないが、俺は一発ぶん殴ってやりたいと思っている。


「ウェルダーパークという町はご存じかな」


 俺たち二人は、マギサという男の錬金術工房であるビルの一室に招かれていた。
 室内はまるで理科の実験室だ。
 ビーカーやらフラスコやら試験管、アルコールランプまで懐かしいものがたくさんある。
 ダッチオーブンのような鉄の鍋もいくつかあるし、昔ながらの釜のようなものもあった。
 あとは真鍮で出来た見たこともない器具がいくつかあって、それにいたっては名前すらわからない。


「知っているよ。魔術師の町だろう」


 ユキさんはコクリと頷いた。
 俺は当然のことながら、そんな街に覚えはない。


「あの町に、原初の魔法使いがとった十人の弟子たちのうち、一人が現れたらしくてね」

「それはまた、珍しいね」

「サン・ジェルマンはそこにいくつもりだった。……少なくとも最初は、僕と共にね」

「断ったというわけだね。賢明なことだ」


 差し出された紅茶を一口飲んで、ユキさんは頷いた。
 俺は全くの蚊帳の外である。


「そして候補は僕に移ったわけか。全く、その弟子にあって彼は何をするつもりなんだか……」

「さあな。僕には想像もつかない」


 だが、とマギサは続けた。


「つまり僕は奴の誘いを断り姿をくらまし、お前も元の場所に帰ればさすがのアレも諦めるとは思わないか?」


 くつくつというこの卑屈な笑い方は、きっとこの男の癖なのだろう。
 俺も紅茶を一口含む。
 あ、存外美味しい。


「そうはいっても、列車を直す方法にあてはあるのかい?」

「あるとも。そこで隻腕の魔法使い、キミの出番だ」

「僕?」


 ユキさんは、小首を傾げた。


「あのね、僕は魔法使いだけれど、万能ってわけでは……」

「使い魔がいるじゃないか。そいつに強化魔法をかけて、アレを足止めしてくれていればいい」


 ようやくのこと、俺に視線が向いた。


「使い魔って俺のことか?」


 そりゃまあ、確かにユキさんに買われた身だ。
 そういう呼ばれ方をするのかもしれないが、そんな呼ばれ方をするのは初めてだ。


「ちょっと。阿久津くんは僕の片腕であって、使い魔なんてものじゃないよ」


 ユキさんはむう、と頬を膨らませて抗議した。
 可愛い。なにその挙動。


「なんだっていいが、伯爵は魔法こそ使えないが身体スキルはアホみたいに高いからな。僕ではとてもじゃないが止められない」

「……そりゃまあ、僕の阿久津くんは優秀だけど……」


 ちらり、と俺の意見をうかがうようにユキさんが視線をくれる。
 がしがしと頭を掻いた。
 こういう作戦会議は、なんだか苦手だ。やっぱり居心地が悪い。


「あー、俺があの伯爵ぶん殴って止めてる間に、あんたが列車直してくれるんだな?」

「ああ。それは約束しよう。三十分もあれば間違いない」

「それじゃ、そうしようぜ。ちょうど俺もあいつ殴りたかったところだし」


 ユキさんとマギサは、キョトンとした視線を俺に向けた。


「なんだよ」


 居心地の悪い視線に、俺の目もおのずと細くなる。


「いや……怖いもの知らずだな、と」


 マギサは、そうつぶやくと、続けて言った。




「あのサン・ジェルマン伯爵という男は素手でドラゴンと戦う男だ。その拳は分厚い鉄板を容易に貫くといわれている」


「ユキさん? やっぱここに住まない?」


 
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