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00:ヒーローは星と沈む。
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――最後に青空をみたのはいつのことだったろう。
空から落ちてきた地球外生命体を、いわゆる地球への侵略者たる宇宙人を撃退することになってから、おおよそ一か月は過ぎただろうか。ただ、それと戦う戦士のそばを、たまたま通りかかっただけ。ただそれだけだったはずの私は気が付いたら彼の手にしていた武器をその手に持ち、当たり前のように星を守っていた。
どこかのSF小説やアニメでありがちなプロローグにして、ハリウッド映画みたいなアクション。毎日起きては敵を滅ぼして眠る、ただそれだけの日常。
すでに崩壊した各国の『国』という機構の成れの果て、レジスタンス的な彼らに頼られるがままに力をふるって、ようやくのこと、今、私たちの防衛戦は終戦した。
「……終わった」
敵の親玉を撃破した、という無機質な相棒の声を耳に拾って、私も動きを停止した。
足元には死屍累々、敵から味方まで死体のオンパレードだ。
手に握った無機質な刃がやけに重く感じる。
遠くに見える狼煙は、きっと味方のあげた『勝利宣言』だろう。これでようやくのこと元通りに、前みたいな平和な生活に戻れると、私は本気でそう考えていた。
『それ』が、降り注ぐまでは。
「あ」
空の異変に気付いたのは直後のことだった。
キラキラと、敵の船なんてすべて落としたはずなのに、空が輝いていた。
無数の流れ星だ。否、今まで空で輝いていた星が一斉に地球めがけて落ちてきているかのような、そんな地獄絵図のようでどこか神秘的な光景に、私はしばらく気を取られていた。
それがどかんどかんと大きな音を立てて文明を破壊し、屍を一層して、ついには私にも落ちようとしているそんなときに、無線機から男の怒号が響いた。
『至急帰還せよ、至急帰還せよ! 繰り返す、これより我々は生き残ったすべての人間で地球を脱出する! 繰り返す、生存者は至急帰還せよ!』
聞きなれた怒号だった。罵声だった。叫びだった。
彼の無線のBGMは、背後で繰り広げられている狂騒曲だった。
すなわち人々の悲鳴と怒号、罵声、泣き声だ。誰に怒ればいいのか、誰を恨めばいいのか、誰を憎めばいいのか、彼らにはわからないのだろう。きっとわかることはない。私にもわからない。彼らはこの星を出て、ほかの場所にいったとしても、きっと永遠にわからないだろう。
文明が壊れていく。
彼らと、私の祖先らが作り上げた命の結晶だ。
この星で生きていた証が、木っ端みじんに粉砕されていく。
まるで地球が悲鳴をあげているのかのようだ。
地面からは炎が噴き出し、地は割れ、建物が地中に呑み込まれていく。
ああ、痛いだろう。苦しいだろう。つらいだろう。
ふと、私の胸にそんな思いがわきおこった。
私が守ろうとしたものは。
果たして。
「…………」
私は無線機のボタンをかちりと押した。
隕石は私に落下しなかった。その背後で、地面に衝突すると土煙を起こした。
カラカラと空き缶が足元に転がってきた。こんな状況下でも、懐かしいごみはあるものだと、残っているものなのかと少し驚いてしまった。
ざざざ、とノイズの音がやむのをまって、私は告げた。
「――司令官殿。よい旅を。旅立ちはエスコートさせていただきます。ご心配なく」
『……なに、まて、なにをいっている、おい、応答しろ、コード0666、おい、ア――』
――ぷつり。
別れの言葉は、これで十分だろう。
友人も家族も生きている。私はそれを守り切れた。
けれどこの刃を最初に手に取ったとき、守りたかったのはなにも『人類』だけではなかった。
どうせなら、全部守ってみたい。
「わがままにお付き合い願えるかな、相棒」
喜んで、と無機質な声が告げた気がした。
足にはめていたブースターが炎をまき散らして私を空へと跳ね上げた。
落ちてくる隕石を試しに刃で払ったら、さっきまで相手にしていた生命体よりはもろかった。
しばらく進むと、いつのまに造船していたのか、巨大な宇宙船が姿を現した。
ハッチが中途半端に開いていて、そこから一か月、私の上司として面倒をみてくれた『司令官殿』がこちらをにらみつけていた。怒号が聞こえてくる。戻ってこい、こっちにこい、そんな言葉の羅列に聞こえる。
けれど申し訳ない。こればかりは、譲れない。
私の体は急浮上。
宇宙船の進路の先にある隕石を粉々に砕くと、ちょうど素敵な道が出来上がった。
ハッチが閉まる。
宇宙船の速度が加速。
今度は窓から司令官殿がこちらを見つめていた。
もうよくみえなかったが、最後の最後までこっちを見つめていた。
びゅううん、なんて非現実的な音を聞き届けた私の体は、そっと地面に降り立った。
どこからともなく降り注ぐ隕石を見つめながら、私は地面にごろんと寝転がった。
もういいだろう。
もう十分頑張った。
すべての隕石を食い止める力は、残念ながら私にはない。
けれど、見捨てて逃げるよりは。
「私一人で申し訳ないけれど、この地を蝕んでこの地で生きたお礼に、守り切れなかったお詫びに、ともに沈もう」
口角は自然に持ち上がった。
目をつむると、不自然な色に染まる茜色のいびつな空じゃなくて、昔、平和だった頃の美しい青空が思い出せた。
青い空、白い雲、緑の自然と、燦々と輝く太陽、夜には月と星が浮かんで、風はそれらを優しく包み込んでくれた。今はどこにもない。すべて赤く、戦いの寂れた色に染まってしまった。
とても勝ったとはいいがたかった。
結果として、負けたのかもしれないと思った。
侵略者に負けたのではなく。
もっと大きな、別の力に。
「……次生まれ変わるなら、そうだなあ。また、この星に――」
最後に吹いた一陣の風と共に、私の意識はすうと薄れていった。
ひどく穏やかで懐かしくて、それでいて鉄のにおいがする、そんな風だった。
空から落ちてきた地球外生命体を、いわゆる地球への侵略者たる宇宙人を撃退することになってから、おおよそ一か月は過ぎただろうか。ただ、それと戦う戦士のそばを、たまたま通りかかっただけ。ただそれだけだったはずの私は気が付いたら彼の手にしていた武器をその手に持ち、当たり前のように星を守っていた。
どこかのSF小説やアニメでありがちなプロローグにして、ハリウッド映画みたいなアクション。毎日起きては敵を滅ぼして眠る、ただそれだけの日常。
すでに崩壊した各国の『国』という機構の成れの果て、レジスタンス的な彼らに頼られるがままに力をふるって、ようやくのこと、今、私たちの防衛戦は終戦した。
「……終わった」
敵の親玉を撃破した、という無機質な相棒の声を耳に拾って、私も動きを停止した。
足元には死屍累々、敵から味方まで死体のオンパレードだ。
手に握った無機質な刃がやけに重く感じる。
遠くに見える狼煙は、きっと味方のあげた『勝利宣言』だろう。これでようやくのこと元通りに、前みたいな平和な生活に戻れると、私は本気でそう考えていた。
『それ』が、降り注ぐまでは。
「あ」
空の異変に気付いたのは直後のことだった。
キラキラと、敵の船なんてすべて落としたはずなのに、空が輝いていた。
無数の流れ星だ。否、今まで空で輝いていた星が一斉に地球めがけて落ちてきているかのような、そんな地獄絵図のようでどこか神秘的な光景に、私はしばらく気を取られていた。
それがどかんどかんと大きな音を立てて文明を破壊し、屍を一層して、ついには私にも落ちようとしているそんなときに、無線機から男の怒号が響いた。
『至急帰還せよ、至急帰還せよ! 繰り返す、これより我々は生き残ったすべての人間で地球を脱出する! 繰り返す、生存者は至急帰還せよ!』
聞きなれた怒号だった。罵声だった。叫びだった。
彼の無線のBGMは、背後で繰り広げられている狂騒曲だった。
すなわち人々の悲鳴と怒号、罵声、泣き声だ。誰に怒ればいいのか、誰を恨めばいいのか、誰を憎めばいいのか、彼らにはわからないのだろう。きっとわかることはない。私にもわからない。彼らはこの星を出て、ほかの場所にいったとしても、きっと永遠にわからないだろう。
文明が壊れていく。
彼らと、私の祖先らが作り上げた命の結晶だ。
この星で生きていた証が、木っ端みじんに粉砕されていく。
まるで地球が悲鳴をあげているのかのようだ。
地面からは炎が噴き出し、地は割れ、建物が地中に呑み込まれていく。
ああ、痛いだろう。苦しいだろう。つらいだろう。
ふと、私の胸にそんな思いがわきおこった。
私が守ろうとしたものは。
果たして。
「…………」
私は無線機のボタンをかちりと押した。
隕石は私に落下しなかった。その背後で、地面に衝突すると土煙を起こした。
カラカラと空き缶が足元に転がってきた。こんな状況下でも、懐かしいごみはあるものだと、残っているものなのかと少し驚いてしまった。
ざざざ、とノイズの音がやむのをまって、私は告げた。
「――司令官殿。よい旅を。旅立ちはエスコートさせていただきます。ご心配なく」
『……なに、まて、なにをいっている、おい、応答しろ、コード0666、おい、ア――』
――ぷつり。
別れの言葉は、これで十分だろう。
友人も家族も生きている。私はそれを守り切れた。
けれどこの刃を最初に手に取ったとき、守りたかったのはなにも『人類』だけではなかった。
どうせなら、全部守ってみたい。
「わがままにお付き合い願えるかな、相棒」
喜んで、と無機質な声が告げた気がした。
足にはめていたブースターが炎をまき散らして私を空へと跳ね上げた。
落ちてくる隕石を試しに刃で払ったら、さっきまで相手にしていた生命体よりはもろかった。
しばらく進むと、いつのまに造船していたのか、巨大な宇宙船が姿を現した。
ハッチが中途半端に開いていて、そこから一か月、私の上司として面倒をみてくれた『司令官殿』がこちらをにらみつけていた。怒号が聞こえてくる。戻ってこい、こっちにこい、そんな言葉の羅列に聞こえる。
けれど申し訳ない。こればかりは、譲れない。
私の体は急浮上。
宇宙船の進路の先にある隕石を粉々に砕くと、ちょうど素敵な道が出来上がった。
ハッチが閉まる。
宇宙船の速度が加速。
今度は窓から司令官殿がこちらを見つめていた。
もうよくみえなかったが、最後の最後までこっちを見つめていた。
びゅううん、なんて非現実的な音を聞き届けた私の体は、そっと地面に降り立った。
どこからともなく降り注ぐ隕石を見つめながら、私は地面にごろんと寝転がった。
もういいだろう。
もう十分頑張った。
すべての隕石を食い止める力は、残念ながら私にはない。
けれど、見捨てて逃げるよりは。
「私一人で申し訳ないけれど、この地を蝕んでこの地で生きたお礼に、守り切れなかったお詫びに、ともに沈もう」
口角は自然に持ち上がった。
目をつむると、不自然な色に染まる茜色のいびつな空じゃなくて、昔、平和だった頃の美しい青空が思い出せた。
青い空、白い雲、緑の自然と、燦々と輝く太陽、夜には月と星が浮かんで、風はそれらを優しく包み込んでくれた。今はどこにもない。すべて赤く、戦いの寂れた色に染まってしまった。
とても勝ったとはいいがたかった。
結果として、負けたのかもしれないと思った。
侵略者に負けたのではなく。
もっと大きな、別の力に。
「……次生まれ変わるなら、そうだなあ。また、この星に――」
最後に吹いた一陣の風と共に、私の意識はすうと薄れていった。
ひどく穏やかで懐かしくて、それでいて鉄のにおいがする、そんな風だった。
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