ペルソナノングラータ!2

黒谷

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02:厄日は伝染する

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 ベンチに腰掛けて空を眺める。
 赤と黒のコントラスト、見事にとぐろを巻いたおどろおどろしい雲。
 ここから、何度この空を眺めただろう。
 彼がここを尋ねるときは、決まってこの空だった。
 きくところによると、現帝王が帝都にいるときは嘘みたいに青空になるのだという。
 人間界にあるそれと、まるで変わらない、澄んだ青。きらきらと太陽がきらめいて、真っ白な雲が壮大にたなびいていて──……。
 見てみたい、と彼は思っていた。仕事の合間に何度か帝都をこうして訪れているが、いまだ一度もお目にかかったことはない。
 先ほどまで一緒にいた弟二人は、青空なんて珍しいものじゃない、なんていっていたが、とてもそうには思えない。
 あるいは。
 自分には、見る資格がないのかもしれない。
 手のひらを広げる。黒い手袋をはめた自分の手は、目に見えなくても汚れている。
「…………」
 脳裏によぎるのは、真っ赤な炎だ。
 その炎の中で、彼は一人の少女と立ち会った。
 相手はただの人間、それも年端もいかぬ小娘だった。刀を手にして戦えはするようだったが、それでもただそれだけだ。
 悪魔たる自分には勝てるはずもなく、仕事内容としてもとても軽微なものだった。──いや、そのはずだった。
 簡単な仕事のはずだった。初老の男と、小娘一人から神器を奪い取る。
 ただそれだけのはずだ。しかしそれは困難なものへと変貌した。
 初老の男、神主だと名乗った男は少女を守るために盛大な自爆行為をし、少女もまた、その敵討ちをしようと抗った。
 結果仕事に遅れを生じさせ、邪魔を入るような隙を与えてしまった。
 計画は失敗に終わった。彼と、彼の父親と、その悪巧みに参加していたものたちは勝てなかった。
 決して魔界側の邪魔など入るはずではなかった。一番警戒していた帝王の関係者まで邪魔として入った。
「ああ、そうだろうなと思った」
 この話をきいた弟は、納得したように笑っていた。
「そいつ、きっとただの女じゃなかったんだよ」
「おそらくは魔界の関係者だったのだろうな」
 二人ともこぞって納得していたので、彼はたまらず「どうしてだ」と尋ねた。
 答えは簡単だった。
「類は友をよぶっていうだろ。その無茶苦茶な感じ、そっくりじゃん」
 そういって、弟二人は笑って見せた。
 澄んだ、青空のような笑顔だった。
 よどみがない。曇りがない。迷いがない。
 並んでベンチに座ったのに、まるで自分だけ別の空間にいるように思えた。
 同じ悪魔だ。同じ血が流れている兄弟だ。同じく帝都にいて、このおろどおどろしい空の下にいる──はずなのに。
 まるで自分だけがここにいて、二人は青空の下で、のびのびと生きているような──。
「あっ」
「? ──ぶッ」
 突如、頭に、それも額に何か飛んできた。
 衝撃に首は耐え切れず、上半身ごと思い切りのけぞる。
 それでもなんとかベンチから落ちることはなかった。背後で、ドサッと音がした。おそらくは額にぶつかり、跳ね返った衝撃で背後にとんだものが落ちたのだろう。
 何事かと目をパチパチさせてみる。のけぞったままの体勢で、なんとか飛んで来たものは確認できた。
「本……?」
 分厚い本だった。表紙には『神話の物語集』と記されている。
 ハードカバー装丁されたそれは、魔界で発行されたものだとすぐわかった。
 その装丁には見覚えがあったし、彼自身、その本を知っていた。帝都出版が出した、人間界の話を参考に記した伝記のようなものだ。
 ご丁寧に、魔界の成り立ちまで載っていたはずだ。
 ベンチから降りて、その本を手に取った。わずかに土汚れがついているものの、新品のようだ。
 その装丁にはまだビニールのカバーがついている。
「あ、あの……」
 ふと、下から声がした。弱弱しい、少女の声だ。
 反射的に視線を下ろす。──少女がいた。
 声音が震えていた。怯えているのかもしれなかった。そうさせたかもしれないのは自分の無表情だとは思っている。
 魔界には珍しい感じの少女だった。
 いくら帝都とはいえ、帝王不在の中、自由に出歩けるのだろうかと彼は思った。
「それ、それ……」
 少女の言葉は意味を持たない。
 不安そうに、困っているように、しきりに何かを訴えかけている。
「……もしかして、君のものか?」
「!」
 こく、と勢いよくうなずいた。
 その、長い髪の毛から少し覗く琥珀色の目が懇願するように、彼を見上げている。
「どうぞ」
 本を差し出すと、少女はうれしそうに頬を赤らめた。
 少女の青白いというよりは青っぽい肌は、うっすらと鱗のようなものがみえた。海魔か何かの類か、と彼は推測した。
 その真っ白でふわふわの髪の毛先には、小さな蛇のような顔がたくさん見える。
「…………」
 彼はその真っ白でふわふわ、の髪から目を離せなかった。
 雲のようにふわふわで、それでいて触ることはためらわれるような、そんなものに見えた。
「お嬢様」
 ──ハッと意識が戻る。
 少女の傍らに、いつの間にか銀の鎧に身を包んだ騎士が立っていた。
 この魔界ではあまり目にしない光景だ。鎧に身を包んでいる者など西魔界に一人いるくらいのもので、帝都には門番という存在がいても、鎧をまとったりはしていない。
 帝王の所有する騎士団に、このような者がいた記憶は──。
「……あ……」
 はらり、と何かが舞った。──髪だ。真っ白な髪の毛の、一部だ。
 少女の呆けたような、どこか間の抜けた声が脳内に響いている。彼女のすぐ傍らに、槍が突き刺さっていた。その槍は、どういうわけか「お嬢様」と彼女を呼んだ騎士が握っている。
 彼女の青い顔が、よりいっそう、そうだ、よく知る絶望の色に近くなった。
 かたかたかた、と小さく震えているのが見て取れた。
 本を両手で、胸の前に抱きしめて、その恐怖に耐えようとしている。
「共に北欧の海へ帰りましょう」
「や、やだ……」
「なりません。海神より、手足を切り落としてでも連れ帰るよう、言伝をいただいております」
「だ、ダディは、ここにいろ、って、いった」
「父君の行方はいまだ捜索中ですが、時間の問題でしょうね。逃げる場所などないのですから」
 ──彼は、その次第を黙って見守っていた。
 ただ、呆然と、傍観していた。
 聞く限り、自分には関係のないことだと思った。
 家族の話のようだし、彼にはどうしようもないことだと思った。
 北欧の海のことだなんて、もしかしたらこの魔界にだって、関係のないことなのかもしれない。
「ダディに手を出すな……!」
 シャアアア、と髪の毛が瞬く間に束になって、蛇となった。いや、違う。蛇ではない。触手だ。目はなく、口だけのものだが、蛇ではなさそうだ。
 その琥珀色の目が憎悪に燃えている。否、燃えるように光っている。
「このような陸地では満足に戦えもしないでしょう。貴女方の生きる世界は、ここではないのです」
 きらり、と槍が煌くのを感じた。
 不思議な感覚だった。
 目の前で騎士が槍を振りかざしているのを、彼はただぼうっとみていた。
 少女の目が、琥珀色の目が、こちらをちらりと見た。
「──」
 視線が交錯した。
 彼の赤い視線と、琥珀色の視線が混ざり合った、その瞬間のことだった。
 これまで呆然と、傍観者に徹していて、動きそうにもなかった彼の指先がぴくりと動いた。
 いつものように何かを父親から言いつけられてここにきたわけでもなく、とくに仕事というわけでもない。
 指示を受けていないから、動く必要はない──そう思っていたはずだった。
「──!」
 ぎぎ、と騎士の鎧を何かが阻んでいた。
 槍を振り下ろす手は、途中で止まってしまって、動きそうになかった。
「あ……」
 少女が呟く声が聞こえる。
 彼女の目には何が起こっているかわからないだろう。
 何しろ騎士の全身を捕えた何かは、少女の目には見えていない。
「ぐ、く……なんだ、これは……」
「……無理には、動かないほうがいい」
「なに?」
 騎士の声が彼に向いた。
 そればかりではない。周囲の雑踏の視線も、彼らに向けられていた。
 帝都で喧嘩は珍しくはない。それが行われない場所は『中央広場』と呼ばれる商店街一帯くらいのもので、他は小さないざこざなど日常茶飯事だ。
 それでも視線が集まったのは、騎士の存在と、──彼自身の存在だろう。
「事情は知らないが、お前の行為は、少し、目に余る」
 さほど有名人というわけでもないが、まったくの無名というわけでもない。
 何気なく歩けばさして注目も集めないのだが、こうして目立つ行為をすれば、おのずと彼が『誰』なのか、この帝都ではハッキリしていた。
「故に。──拘束させてもらった」
 彼の名はロイズ=オスカー。
 魔界における権力を持つ御三家が一つ、オスカー家の嫡男。
特殊な魔力で編まれた、ワイヤー糸を駆使しての戦闘を得意とする悪魔──。
 めったに帝都には顔を出さない、いわゆるレア悪魔であると、彼らを取り囲む野次馬たちは熟知していた。
「おお! オスカー家の嫡男だ!」
「珍しいヤツが喧嘩してる!」
「どけ、次にやるのは俺だ」
「待て、押すなって!」
 次第にがやがやと声が大きくなっていって、彼、ロイズは苦虫を噛み潰したような顔になった。
 目立つつもりはなかった。こうなるのは本意ではない。
「……ほう? この魔界では名のある者か、貴殿」
「……どこの誰とも知れぬお前に名乗る名前はない」
「では明かそう。私は北欧の海、ギリシアの海神ポセイドンの使いである!」
 周囲がドッとどよめいた。
 その名はもちろんのこと知っていた。
 ギリシア神話における、ゼウスと同等の力を持った海神。
 魔界とは直接的なかかわりはないにしろ、敵対するでもなく、友好関係を築くでもなく。
 ただお互い、干渉しないようにしているくらいのものだが──。
 そのギリシア神話からも数人、魔界には秘密裏な移住があるのも事実である。
 ロイズも知らないわけではなかった。むしろよく知っていた。
 本で読んだことがあった。北欧の海の全ての支配権を持つ強大な神だ。
 その神の使い魔が、少女を「お嬢様」と呼んだ。
 つまりは。
 少女もまた、ギリシア神話の関係者だということだ。
「それは、失礼した。某も名乗ろう」
 彼はじ、と騎士を見つめた。
 この魔界のものではない者に、彼の名乗りなどはしてもしなくても一緒のことと思えたが、それでも名乗らねばと思った。
「魔界における六大家が一つ、オスカー家が嫡男。ロイズ=オスカーだ」
 名乗ると、わずかな後悔が襲ってきた。
 名乗らないほうがよかったかもしれない、と思った。
 名乗るということは、この所業を家にも持ち帰るということだ。
 ギリシアとの対決を、父親が望むだろうか。否、望まない気がした。
 ふと、太ももあたりに何かがぶつかった。
 少女だ。
 少女がたたた、とロイズの元に走ってきた。
 ぎゅ、とその服の裾を掴む。
 行かないで、といっているようだった。
 助けて、といっているようだった。
 守って、といっているようだった。
 ──少し前に会った少女とは、えらく違うように思えた。
「ふむ。ここでは少しばかり名のある者のようだ」
 騎士は言った。
 その声に自分の行為を責められているようだった。
「しかし、お前の行為は魔界とギリシアの対決を促すものだ。その娘をこちらに返し、この拘束を解けば海神への報告はやめるとしよう」
「それは交渉ということか?」
「そうだ。お前も、お前たち魔界のものも、ポセイドンとやりあいたくはないだろう?」
「…………」
 思わず黙ってしまった。
 ただ、なぜか身体が動いてしまっただけだ。
 気がついたら行動していて、気がついたら口を開いていた。
 ロイズは困ってしまった。
 自分の行為に、自信が持てない。
 ──ぎゅ。
 再び、強く少女が抱きついた。
 白いふわふわの髪が、すぐそばにある。
 手を伸ばせば触れられる位置だ。可愛らしい目が、こちらを見上げている。
「行政や政治のことは、某にはよくわからないが──」
 ふと、脳裏に記憶がフラッシュバックした。
 同じく琥珀色の瞳をした、銀髪の少女だった。あの子も、そういえばそんなことを言っていた気がする。
 敵で、自分の育ての親の仇である彼をかばって、刀を振るった。
 あの時、彼女は確か──
「……某個人として、そんなことはさせない」
 腰につけていた鎖鎌を構える。
 ぎぎ、とワイヤーが鳴った。騎士が動こうとしているらしかった。
「ほう。なるほど──ならばその選択を、後悔するがいい!」
 ──かしゃん、と鎧が鳴った。
 ワイヤーに縛られていた鎧が、バラバラと崩れ落ちた。中身がない。
 中身が、いない!
「!」
 とっさにロイズは少女を抱えて飛びのいた。
 ざく、と彼らが立っていた場所に大きな穴が開いていた。
ぼちゃん、と何かが噴水に落ちる音がする。──敵の姿は見えない。
 傍目で槍を確認したが、槍は彼のワイヤーに絡めとられたままだった。ということは、違う攻撃手段を有しているということだ。
 周囲がざわめいた。噴水のほうだ。噴水がみるみるうちに、膨張している!
(ポセイドンの使い魔か。やりあうのは初めてだが……)
 噴水は、いつの間にか大きな馬をかたどろうとしていた。
 その事態に野次馬たちがじりじりと退いた。
 逃げ出すものもいた。武器を構えるものもいた。
(どうしたものか)
 見るからにワイヤーは通じなさそうだ。
 液体を縛れるほど、彼のワイヤーは万能ではない。
 少女を抱えて逃げてしまったほうがいいように思えたが、彼には思い立つ逃げ場などなかった。
 万が一にも家に連れて帰ることはできない。一か八かの賭けではあるが、帝王城まで突っ込むか、はたまた、弟二人のいる南魔界まで逃げ切るか──。
「誰が暴れてるのかと思ったら、珍しい顔じゃねえか」
 野次馬たちの中から、野次馬を掻き分けてくる銀髪の男がいた。
 その声には聞き覚えがあった。──思わず目を見開いた。彼だけではなく、少女もその視線を男に向けた。
「なあ、ロイズ」
「……死神……」
 歩いてきたのは、銀髪の死神だった。
 野次馬たちから声があがった。歓声だ。彼の登場を喜ぶような声だった。
 彼の傍らには、死神には不釣合いな少女(下半身は異形のものである)と、翼の生えた少年が立っている。
「く、くりみあっ」
「! ミーファ、そこにいたのね!」
 ロイズが抱えた少女のもとに、死神のほうから少女が駆け寄ってきた。
 わっと手をとりあう二人の姿をみて、ロイズは少女を下ろした。
 知り合いなのだろう。とりあえず少女には帰る場所がありそうだ。
「貴方がミーファを助けてくれたのね。お礼をいうわ」
「いや、それほどたいしたことは」
「いいえ。ポセイドンの使い魔相手にキッパリとものをいえるなんて素敵。本当にありがとう」
 下半身が蛸のように、異形の姿をした少女、クリミアはロイズの手を掴むと、その甲にちゅ、とキスをした。
 ロイズはぴしりと固まってしまった。
 年端もいかない少女がするには、あまりに大人っぽい行為だった。
「なんだ。オスカー家もコレに関わってンのか?」
 ロイズはふるふると首を横に振った。
「違う。オスカー家が関わっている、わけではなくて、その……」
「なんだよ」
「……某は今日休暇を貰っている。故に、その、個人的に関わった、というか」
「意味のわかんねえヤツだな」
 ゴキゴキ、と死神は拳を鳴らした。
 噴水の水は枯れ果てようとしていた。
 かわりにその上空には、大きな水で出来た馬が出現している。
 死神の目線は、それに注がれていた。
「クリミア、ミーファ、クロム。今度こそ俺から離れるなよ」
「も、もちろんですわ!」
 三人の子供たちが、死神の周りに──いや、違う。
「……お前もあちらに行くべきなのではないのか?」
「…………」
 ミーファ、と呼ばれた少女だけが、ロイズの傍らに残っていた。
 ぎゅ、と彼の服を掴んでいる。
「ミーファ? 何しているのです!」
 クリミアが叫ぶ。ミーファは首を横に振った。
「……わたし、が、離れたら、あなた、危ない」
「? そうなのか」
「そう」
 こくり。ミーファが頷く。
「あのひと、わたしを、ころしはしないから」
 ロイズにはよくわからなかった。
 わからなかったけれど、この子を守ろうとは思った。
 いつもはよくわからないままに、命を奪うことが多いが──今回は、よくわからないままに、守る。
「ハハ、ハハハ! このような魔界の悪魔など、我々ギリシアに勝てるはずもない!」
 悪役特有の、高笑いが帝都に響き渡った。
 何事かと周囲の建物の、窓やカーテンが開く。
 逃げていった野次馬が、ばらばらと戻ってきた。死神の出現を聞いたのだろう。
「おい、ロイズ。お前確か、動かなくても戦えるよな?」
「? ワイヤーを扱うだけだからな。まあ、相手がアレでは役に立ちそうにもないが」
「それでも魔術くらいは使えるだろ」
「無論。オスカー家だからな」
「じゃあ話が早い。そいつらを、そこでまもってろ」
 死神は乱暴に傍らのクリミアと、少年、クロムを抱えるとロイズに向かって投げた。
 慌ててロイズがワイヤーにてキャッチする。きゅ、という音と共に、ゆっくりと二人は地面に着地した。
「ちょっと、死神さん!」
「安心しろって。俺一人で十分だ」
 クリミアの声に、死神はニヤリと笑みを浮かべた。
 それから一秒経たずにして、彼の身体は水で出来た馬へと飛び出していた。
「ロイズさんていうのよね? 無謀だわ、いくら死神さんでも、あの状態になったクロッグと戦うなんて!」
「クロッグ?」
「あの方の名前よ! ポセイドンの使い魔の中でも優秀な方なの!」
「そうか。だが、多分問題ない」
 ロイズが両腕を振るう。
 飛んできた瓦礫が、四人の前でバラバラと砕け散った。
「某も帝都の事情はよくわからないが」
 続けてこれまた吹っ飛んできた木などもバラバラと砕け散る。
 ワイヤーである。彼の武器だ。それが、彼らを守るように張り巡らされている。
「帝都で、これは無謀だ」
 呆けたように、ロイズは空を見上げていた。
 死神が一人で戦っていたはずのそこには、たくさんの影がいつの間にか増えていた。
 一人は雷をまとい。
 一人は身体をしなやかにしならせ。
 一人は背に真っ白な翼を輝かせて飛んでいる。
 それだけではない。
 三人に混ざって、もう一人、全身を武器のようにして使う銀髪の少女が混ざっていた。
 圧倒的な光景だ。ロイズもそれをみるのは初めてだった。
 帝都の街のあちこちから、武器を携えて笑うものが出てきた。
 ある者は混ざり、ある者は高みの見物を決め込み、ある者は応援に励んだ。
「ああ──」
 思わず呟いてしまう。
 思わずため息が出てしまう。
 その巨体を、死神がバラバラに打ち砕いた。
 続けて真っ白な翼の、そう、マックスがステッキまがいに鉈を振る。
「みんなー! 応援、よろしくねーっ! いっきに、決めちゃうぞーっ!」
「おおおおおー!」
 観衆から声が上がった。
 歓声だ。死神のときとはまた違う、人間を思わせるような。
「な、なんなの、これ」
 クリミアが呆然としたのは、どこからともなく、まるでアニメのように、曲が流れてきた頃だった。
 それにあわせてマックスが踊る。歌う。キラッとポーズを決める。
 そのたびに観衆から声が上がる。高らかに、観衆が光る杖を振る。
 異様な光景は、まるでサバトのようで、ミサのようだった。
 当然人間界にあるライブなんてものは経験したことのない四人は、その身を寄せ合ってただ呆然とそのサマを見ていた。
「帝都の平和を乱すものはーっ! 何人たりともゆるしませーん!」
 マックスが大きく鉈を振りかぶる。
 観衆も大きく杖を振りかぶる。
「くらえ! 『巨人の鉄槌(トールズ・ハンマー)』!」
 バリバリ、と空が鳴った。
 鉈が振り下ろされると同時に、空から、カッと稲妻が走った。
 今まさに、打ち砕かれた水たちが再び集まり、馬に戻ろうとしている最中のことだった。
 大きな稲妻は空中で無数に別れると、そのまま水の塊を貫いた。
 無数に砕け散った水の塊を貫くために、稲妻もまた無数に分かれていく。
「なんて綺麗な……」
 クリミアが呟いた。
 あとはあっという間だ。びりびりとしびれたまま、水はなんとか一箇所に集まると、鎧の中に戻っていった。
 その鎧も、当然のことながら、ロイズに拘束されたままである。
「く、やるではないか……! しかし、よいのか貴様ら。ギリシアとの全面戦争は避けられぬぞ」
「それはよくわかんないけど」
 スチャ、とマックスが鎧のすぐそばに降り立った。
 天使が降り立つ光景に、それがよく似ているとロイズは思った。
「帝都では、巨体になって暴れるのは禁止です! ルールは守らないと、めっ!」
「め、めっ!?」
「ほら、いくよっ。まず噴水の水を元に戻すの。街を綺麗に戻したら、そしたら、一緒にお茶しましょう!」
「は? いやまて、引っ張るな、私を誰だと……」
「ねえさーん、手伝ってー!」
 いわれるやいなや、すぐに彼女のいう『ねえさん』が降りてきた。
 赤い髪の少女と、青い髪の少女だった。ロイズには見覚えがあった。
(リュガ、とフォード、だったか)
 二人はあっという間に騎士の鎧を掴みあげる。
 怪我をしてはいけない、とロイズは咄嗟にワイヤーを解いた。ワイヤーを解いても、騎士は暴れることはなかった。
 いや、暴れられなかったというのが正しいか。少女三人、それからもう一人、
「まって、わたしも、やる」
 遅れてやってきた銀髪の少女が、その髪を触手に変貌させると、あっさりと縛り上げてしまった。
「おお、ルト! 便利だなー、相変わらず!」
「ほんとだよねー、おれもそういう機能あってもよかったなあー」
 そんなことを呟きながら、四人は先ほどまで大暴れしていた騎士をあっけなく拘束して去っていった。
 その際、「覚えておけ」とか「これで終わりではない」とか、「私一人できているわけでもない」なんていう重要な情報を叫んでいたものの、あまり誰にも気にとめられなかった。
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