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036:毎度ありぃ

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 日常が忙しくも穏やかに過ぎていく。

 さて、まだまだ冬の寒さの厳しい季節が続く。春はまだまだ先だが、暦では新春の節として一足早く春になっていた頃のこと。

 昼に休憩がてら、店の方でエステラと軽くお茶を飲んでいた時のこと。行商人のテレンスさんがやってきた。

「やぁジンくん。エステラさん」
「あっテレンスさん。お久しぶりです」

 俺とエステラが挨拶を返す。なんか何時も以上にニコニコしているな。

「あぁ。どうだい最近は?」
「えぇ。順調ですよ。お陰様で暇をせず忙しく生活していますよ」
「あっはっは。それは良いことだ。これで閑古鳥でも鳴いていたら私が寂しい」
「あはは。それで。どうしたんですか? 何か買いに? それとも売りですか?」
「あぁ。売りだな。まぁまずは物を見てもらいたい」
「はい。何でしょう」

 そう言って見せられたのは一冊の本。

「これは本? 中を見ても?」
「あぁ。いいよ」

 許可をもらって見てみる。そこにあったのは魔法陣だ。1ページが分厚い。そしてどのページにも魔法陣が描かれているのみ。こんな特徴を持つ本は世界広しと言えども一種類しかない。

「これは魔導書ですね」
「おぉ! やっぱりか!」
「えぇ。何処で手に入れたんです? これ。かなり貴重ですよ。見た感じ各種属性がバランスよく描かれています。かなりの品ですよ?」
「おぉ。そこまで分かるのか! 売ってくれた者の説明どおりだ! 良かったぁ」
「あらら。半信半疑だったのに買ったんですか?」
「そうなんだよ。魔導書や魔法アイテム関係は魔力のない人間にしたら目利きが難しいからね。偽物も多いし。でもこの本を、ひと目見た時ビビッときたんだよ」

 そう言ってニヤリと笑うテレンスさん。ここからが本題のようだ。

「どうだい。買わないかい?」
「え。俺がですか?」
「そうだよ。私の知り合いで魔力を持つ人間は限られるからね。この本を見た時、真っ先に思い浮かんだのがジン君さ。どうだい?」

 存外に買えと言っているように聞こえるが……

 でも確かに、この魔導性は汎用性もあって良さげだな。ちなみに魔導書は魔導書作家と呼ばれる人たちの秘匿技術だ。錬金術師にも作れない。

「でもなぁ。俺には別に必要な──」

 そう言いかけたところでテレンスさんがズイッと顔を寄せてきた。

「おわっ! 何ですか?」
「いざという時。力がないと誰も守れないよ?」

 おぉ。それは、まぁ確かに。

「う~ん。でもお高いんでしょう?」
「それはもう」
「う~ん。使うかどうか分からない物に大金を……ですか」
「きっと必要になる日が来る!」
「そんな日が来たら、その時は村の一大事ですよ」
「そこを何とか」
「泣き落とししてきたよ」
「ジンくんは優しい子」
「止めて下さいよ」

 はぁ。

「で? 幾らなんですか?」

 するとテレンスさんが間を取った。悩んでいるようだ。俺はその間にお茶をすする。ずずっとな。するとテレンスさんが待っていましたとばかりに言い放った。

「プラウ金貨370枚でどう!」

 俺は飲んでいたお茶を吹き出した。

「ぶふっ!」

 するとエステラに吹き出したお茶がかかった。彼女が悲鳴を上げる。咳き込む俺。カオスだ。しかし、そんな俺達に構うこと無くテレンスさんが更に無茶苦茶なことを言う。

「本当は400枚は欲しいところだけどね」

 流石に突っ込む。

「無茶言わないで下さいよ! 大きな街に結構な邸宅が一件は買える値段じゃないですか! 庶民の俺に何を期待してんですか!」
「でも、持っているんだろ?」
「そりゃ、持っていますけど……でも、それもこれも夢の研究のために貯めているお金ですよ! この魔導書に、どんだけ散財してんですか!」
「頼むよぉ。これが売れないと、かなりやばいことになるんだよぉ」
「泣き落とししてきた!」
「ジンくんは優しい子!」
「止めて下さい!」

 その後、侃々諤々とやりあった結果。プラウ金貨357枚で購入することになった。

「毎度ありぃ」

 ウハウハしているテレンスさんに俺は釘を差しておく。

「次は買いませんからね!」

 まったくもう!
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