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アイウス編
十二本目『夏の死者』②
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「やべっ……調整ミス……」
イアンは着弾する直前に炎を調整しその威力を弱まらせ、その殺傷性を奪うと、今度は撃たれた弾丸を指で弾き飛ばしその威力を増幅させ、単発式拳銃の弾丸にも関わらず、その威力は大砲のそれと変わらないものとなり、彼の目の前には弾丸によってぶち抜かれた壁と、それによって右半分の顔面を失い、脳漿を撒き散らすセオドシアの残骸が存在していた。
(暗殺……だけが目的ってわけじゃあ無さそうだな、さっきの台詞的にも……しかし、脳味噌撒き散らしてやったってのに、この手応えの無さはなんだ……?)
そんなイアンの胸中を知ってか知らずか、セオドシアの死体が突然電気に触れたようにビクンと震えると、皮膚が木の幹の様な皺が出来ていく。
「全くダッセェなぁ~、この俺って奴はよぉ~。折角気持ちよく勝利宣言してたってのによ」
「なッ!?」
そう言いながら起き上がるセオドシアの顔面は、吹き飛ばされた事など────否、吹き飛ばされた以上に奇異な形に変貌していた。
「リン……ゴ……?」
それは、初老を迎えた男性───イアン専属の執事であるリンゴの顔が、残るセオドシアの顔と、互いの居場所を奪い合う様にひしめき合っていた。
「おっと、いかんいかん。いっつも皺を寄せ過ぎてんで、跡になっちまったって奴だなぁ……」
「お前……セオドシアじゃ無いな……グッ……リンゴは、死んだのか? ……お前は、誰だ……?」
イアンがそう問い掛けると、セオドシアでも、リンゴでも無いそいつは、何を馬鹿な事を言うのだろうと可笑しくなった様に笑い出す。
「この俺って奴が何者か? フフフッ!! 水くせぇ事言うない、お前ら人間共とこの俺の仲って奴だろう? 五年前からのよォッ!!」
そう言って腕を横一閃に振り抜くと、爆炎がイアンを襲い、庭に向かって吹き飛ばす。
「チィッ!? 五年前だと……野郎まさか……!!」
「───とは言え、親しき仲にも礼儀ありって奴だ。名乗らせて頂こう」
イアンが見上げると、燃え盛る炎の中を、肩まで伸びた赤髪を靡かせた長身痩躯の青年が歩いてくる。
喪服と見紛うようなダークスーツとシャツを羽織り、深い紅色をしたネクタイが見栄えるよう着こなす姿は、高貴とも、ふしだらなチンピラとも取れる、そんな格好をしていた。
「俺は『夏の死者』───空を朔で覆った死霊術師で、そうだな……お前ら人間共の目の敵って奴だ」
「死霊───術師ッ!! こんな近くに居て気付けなかったとはなッ!!」
自らを死霊術師と名乗ったジェルマに対しての怒りを表すように、イアンは炎を外套のように纏い、ジェルマに攻撃を仕掛けようとする。
───が、飛び掛かろうとした瞬間、窓を割って火だるまの兵士達が出てきたのを見て、踏み込もうと足に込めた力を緩める。
「───ァァアアアアアッ!!」
「何ッ!? お前……コイツらに何をしたッ!?」
「何って……この俺は死霊術師なんだぜ? 死霊使うに決まってるって奴だろ……なぁ~んて喋ってるうちに、ホラ」
「ヴォアアアアッ!!」
火だるまになって出てきた兵士の一人が、持っていた長剣をイアンに対して振り下ろす。火の方は術式を使えばどうとでもなるが、剣の方はそうはいかない。サッと右に避けると、振り下ろされ地に刺さった長剣に触れ、熱でどろどろに溶かし、使い物にならなくする。
「よしッ!! これで──……」
「イア───さ──ま───」
そんな声が耳に入り、イアンはその頭を吹き飛ばそうと伸ばした手をピタリと止める。
(何だ? 今……俺の名を呼んだのか? いや待て、そもそも……何故、生きてる?)
こんな状況でも──否、だからこそ、脳味噌というのはいつも以上に働く。よく考えてみれば、兵士達には例外なく、死後月住人に肉体を奪われぬよう、ボロ炭になる術式を自身に刻む事が義務付けられている。
そもそも、死体を操る死霊術が使える筈が無いのだ。
しかし、目の前の兵士は全身を燃やされていると言うのに、死んで炭になる事はなく、ジェルマによって戦わされているようだった。
「貴様ッ……何をした……ッ!!」
屋根に腰掛け、こちらを見下すジェルマに問いを投げ掛けると、彼は面白い劇場でも観ているみたいにニヤつきながら答えた。
「何って……簡単なタネだ。そいつが火傷でショック死する瞬間、ボロ炭にする術式が発動する前に離れたそいつの魂を戻す。これの無限ループでこの俺の手駒の完成って奴さ」
なんて事ない事のように解答するジェルマに対し、イアンは思わず絶句する。イアンは医学に詳しいわけではないが、人間は体の二割を火傷で傷付けてしまうと、余りの痛みでショック死するということを知っていた。
目の前の兵士は明らかに二割以上を火で燃やされ、今この瞬間も苦痛で死ぬ事も許されず、生き返らせられる無限地獄を味わっているといると知り、イアンは臓腑を絞られる様な葛藤に襲われる。
「くっ!? やめてくれッ!!」
火で弱った緩慢な動きが当たる事はなく、イアンは兵士に訴えながらそれを避ける。すると、狙いを外れた肉体は地面に倒れ込み、黒焦げの足が崩れてしまう。
「あ~あ……いい考えだと思ったんだが、やっぱりソフトとハードがボロボロになっちまうって奴だな……長くても十分で霊力を無駄遣いするゴミにしかならねぇ」
「ウゥッ……アグッ……コロ……シテ……クレェ……」
叫びたくなる程の苦痛であっても、既に衰弱した兵士は声を上げることも叶わず、眼球が沸騰し、空洞となった眼窩からは、血涙が流れて出ていた。
すると、イアンの周りには既に、苦しみに耐えかね、死を求めて彼に寄り縋る兵士達によって四方を囲む壁が出来ていた。
「アァ……オナ……ガイイ……ダカラ……タスケテ」
「コンナ……シニカタ……」
「やめろ……やめてくれ……ッ!! こいつらには残される妻子だっているんだぞッ!! 何故こんな非道が出来るッ!?」
イアンは喉を引き裂きそうな程の、悲鳴にも似た叫びを上げる。すると、ジェルマの表情から笑顔が消え、寒い演出でも見る客の様な表情をして口を開く。
「そういう聖人ぶったの嫌いだなぁ、俺……。お前コイツらを普通に戦争に行かせてたじゃあねぇか、たまたま戦場で死ななかった奴らが、ここで死ぬくらいの違いなのに、自分だけ悲劇気取ってちゃあ、白けるってもんだろ、え? それとも何かい、戦況報告じゃあ勝った負けたしか興味なくて聞いてなかったか?」
「コイツ……ッ!? 言わせておけばッ……!!」
しかし、イアンはそんなジェルマの言い分を、心の中では完全に否定する事は出来なかった。
(……わかってんだよ……そんな事は……大義だなんだと言ってるが、所詮は殺し合い。やってることはコイツと違いなんてそう大差ねぇ……けどッ!!)
イアンは足元から炎を噴出させると、その勢いでジェルマの元まで飛び上がる。
「それを認めたら誇りまで死ぬだろうがッ!!」
「ハッ!! 便利な考え方だなァッ!!」
その勢いそのままに、飛び膝蹴りを浴びせるが、ジェルマはそれを受け止め、掌から炎を溢す。
「だが、嫌いじゃあないぜ」
「不味ッ──!?」
ジェルマは受け止めたその足に組み付くと、炎で勢いを付けたまま、地面に向けて落下する。
イアンは咄嵯に背中から炎を噴き出す事で、衝撃を和らげようとするが、ジェルマの出力はそれを上回り、二人はもつれ合ったまま地面に衝突する。
「ガハァ……!?」
「フフフッ!! この俺を倒せば死霊も止まると考えたんだろうが、秘術を使って日の浅いテメェには負ける気がしねぇって奴だッ!!」
イアンは激突によって苦しむイアンに対し、炎で推進力を作り、何度も何度も胴目掛けて踏み付ける。
血の滴りが体から離れて宙に飛ぶ毎に虹色にキラキラ輝き、やがて肋骨が肺に刺さり術式が練れなくなった所で、蹴りの雨霰も止まる。
「おっと……まだ死ぬなよ? 折角お前を戦争で勝つようにお膳立てしたのに、骨折り損になっちまうって奴だぜ」
「ゴホッ……ガフッ……!! 何、を……グァッ!?」
ジェルマは倒れるイアンの胸に指を突き刺し、引き抜くと、真紅の光が取り出される。
「ハァ~ッ……いっただきま~すッ!!」
イアンはその光を一口に呑み込み、一瞬その身をぴくんと震わせと、確かめる様にその手を握りしめる。
「フフフフフッ!! これが『秘術』の味……美味って奴だなぁ~」
「コイツ……秘術を……奪ったのか……ッ!?」
ジェルマが愉快そうにひとしきり笑うと、空に向かって火の弾を撃ち出す。
それは一つの火種であり、徐々に───徐々に───その大きさを、今はもう失われた『太陽』と見紛う程に膨れ上がらせていき、国を覆う結界の天井を突き破ってしまう。
「さぁ、人間共ッ!! お前らが欲しがってた光をッ!! この俺がくれてやろうッ!!」
「なっ───やめろォォォォッ!!」
「夏式奥義『天喰』ッ!!」
ジェルマが両手を広げながら天を仰ぐと、上空に浮かんでいた巨大な火球から、地獄から命を刈り取りに来た悪魔の舌の様にべろべろと何本も火が地上に伸びると、次第に悲鳴があちこちから湧き始める。
「ククク……フフフハハハハハハッ!! 聞こえるかァ~ご主人様ァ~? 奴さんら、何が起きてるかてんで理解してないだろうなぁ~」
「畜生……ッ!! 畜生……ッ!! ブッ殺すッ!! ブッ殺すッ!! 必ず殺してやるッ!!」
肺に骨が刺さろうが、お構いなしに叫び、血反吐を吐くイアンの首根っこを、ジェルマは掴み、持ち上げる。
「安心しろ、お前もアイツらも、多少火傷はしてるだろうが、残った肉体はちゃんと月住人として使ってやる……どれ、一緒に見てやろうじゃあねぇか、地獄絵図って奴をッ!! フフフフフフッ!!」
ジェルマはイアンの首根っこを引き摺ったまま門の上まで向かい、紅蓮の炎で焼かれた街を見下ろす────が、そこに広がっていたのは、彼らの予想とは違うものだった。
「これは……一体……」
「───おい、どうなってる……なんで、火が呑み込まれてるんだ?」
街は家屋一つ、道一つとしてボヤ騒ぎなど起こってはおらず、どころか地に触れた瞬間、その日は渦を巻いて呑み込まれていき、太陽の様な威光を放っていた火球も、次第に萎んでいき、最後には火種一つ残す事なく消え去ってしまう。
「───どうやら、アイツのやりたい事とやらは間に合った様だな」
「ッ!? 誰だッ!?」
ジェルマが声を聞き、振り返ると、門の下ではジェルマによって燃やされ、支配された兵士達が茨によって次々に拘束されていっていた。
「シスター、お願いします」
「えぇ……しかし、この火傷……全員助けられるか分かりませんよ……」
更によく見てみれば、そこには聖天教会の退魔師パジェット・シンクレアと、シスター・セリシア二人の姿があり、パジェットが茨で捕らえた兵士を、シスターが炎を聖術で鎮火し、火傷を負った体の治療を同時に行っている様だった。
「お前ら、何勝手な事を───」
ジェルマがそれを止めようとすると、突然、彼の右顳顬に矢が刺さる。
「ぐぁッ!? ァァ……ッ!?」
ジェルマは突然の痛みにイアンを手放し、下に居たパジェットの手に渡らせてしまう。刺さった矢を引き抜くと、でろりと眼球がずり落ちる。
残る左目で右を向くと、そこにはいつの間にかデクスターが弓を構えて立っていた。
「お前は……いや、お前達は……ッ!!」
「スゥー…………セオドシアァァァァッ!!」
デクスターは、結界の果てに突き刺さるような鋭く透る声でその名を呼ぶと、遠くの方から、ゴオッと風を切り裂きながら、流星のようにそれは現ると、ジェルマと衝突し、凄まじい轟音と衝撃波を生み出し、吹き飛ばす。
「ブグッ!? グァアアアアアアッ!?」
現れたのは、セオドシアの操る死霊の十八番──『葬れぬ者』の右腕であり、彼女はそれに乗ってジェルマを吹き飛ばし、空に浮かぶ忌々しい朔を背に──……。
「───お待たせサブキャラ諸君、主人公登場だぜ」
そんな、本物の彼女しか使わない決め台詞を放った。
イアンは着弾する直前に炎を調整しその威力を弱まらせ、その殺傷性を奪うと、今度は撃たれた弾丸を指で弾き飛ばしその威力を増幅させ、単発式拳銃の弾丸にも関わらず、その威力は大砲のそれと変わらないものとなり、彼の目の前には弾丸によってぶち抜かれた壁と、それによって右半分の顔面を失い、脳漿を撒き散らすセオドシアの残骸が存在していた。
(暗殺……だけが目的ってわけじゃあ無さそうだな、さっきの台詞的にも……しかし、脳味噌撒き散らしてやったってのに、この手応えの無さはなんだ……?)
そんなイアンの胸中を知ってか知らずか、セオドシアの死体が突然電気に触れたようにビクンと震えると、皮膚が木の幹の様な皺が出来ていく。
「全くダッセェなぁ~、この俺って奴はよぉ~。折角気持ちよく勝利宣言してたってのによ」
「なッ!?」
そう言いながら起き上がるセオドシアの顔面は、吹き飛ばされた事など────否、吹き飛ばされた以上に奇異な形に変貌していた。
「リン……ゴ……?」
それは、初老を迎えた男性───イアン専属の執事であるリンゴの顔が、残るセオドシアの顔と、互いの居場所を奪い合う様にひしめき合っていた。
「おっと、いかんいかん。いっつも皺を寄せ過ぎてんで、跡になっちまったって奴だなぁ……」
「お前……セオドシアじゃ無いな……グッ……リンゴは、死んだのか? ……お前は、誰だ……?」
イアンがそう問い掛けると、セオドシアでも、リンゴでも無いそいつは、何を馬鹿な事を言うのだろうと可笑しくなった様に笑い出す。
「この俺って奴が何者か? フフフッ!! 水くせぇ事言うない、お前ら人間共とこの俺の仲って奴だろう? 五年前からのよォッ!!」
そう言って腕を横一閃に振り抜くと、爆炎がイアンを襲い、庭に向かって吹き飛ばす。
「チィッ!? 五年前だと……野郎まさか……!!」
「───とは言え、親しき仲にも礼儀ありって奴だ。名乗らせて頂こう」
イアンが見上げると、燃え盛る炎の中を、肩まで伸びた赤髪を靡かせた長身痩躯の青年が歩いてくる。
喪服と見紛うようなダークスーツとシャツを羽織り、深い紅色をしたネクタイが見栄えるよう着こなす姿は、高貴とも、ふしだらなチンピラとも取れる、そんな格好をしていた。
「俺は『夏の死者』───空を朔で覆った死霊術師で、そうだな……お前ら人間共の目の敵って奴だ」
「死霊───術師ッ!! こんな近くに居て気付けなかったとはなッ!!」
自らを死霊術師と名乗ったジェルマに対しての怒りを表すように、イアンは炎を外套のように纏い、ジェルマに攻撃を仕掛けようとする。
───が、飛び掛かろうとした瞬間、窓を割って火だるまの兵士達が出てきたのを見て、踏み込もうと足に込めた力を緩める。
「───ァァアアアアアッ!!」
「何ッ!? お前……コイツらに何をしたッ!?」
「何って……この俺は死霊術師なんだぜ? 死霊使うに決まってるって奴だろ……なぁ~んて喋ってるうちに、ホラ」
「ヴォアアアアッ!!」
火だるまになって出てきた兵士の一人が、持っていた長剣をイアンに対して振り下ろす。火の方は術式を使えばどうとでもなるが、剣の方はそうはいかない。サッと右に避けると、振り下ろされ地に刺さった長剣に触れ、熱でどろどろに溶かし、使い物にならなくする。
「よしッ!! これで──……」
「イア───さ──ま───」
そんな声が耳に入り、イアンはその頭を吹き飛ばそうと伸ばした手をピタリと止める。
(何だ? 今……俺の名を呼んだのか? いや待て、そもそも……何故、生きてる?)
こんな状況でも──否、だからこそ、脳味噌というのはいつも以上に働く。よく考えてみれば、兵士達には例外なく、死後月住人に肉体を奪われぬよう、ボロ炭になる術式を自身に刻む事が義務付けられている。
そもそも、死体を操る死霊術が使える筈が無いのだ。
しかし、目の前の兵士は全身を燃やされていると言うのに、死んで炭になる事はなく、ジェルマによって戦わされているようだった。
「貴様ッ……何をした……ッ!!」
屋根に腰掛け、こちらを見下すジェルマに問いを投げ掛けると、彼は面白い劇場でも観ているみたいにニヤつきながら答えた。
「何って……簡単なタネだ。そいつが火傷でショック死する瞬間、ボロ炭にする術式が発動する前に離れたそいつの魂を戻す。これの無限ループでこの俺の手駒の完成って奴さ」
なんて事ない事のように解答するジェルマに対し、イアンは思わず絶句する。イアンは医学に詳しいわけではないが、人間は体の二割を火傷で傷付けてしまうと、余りの痛みでショック死するということを知っていた。
目の前の兵士は明らかに二割以上を火で燃やされ、今この瞬間も苦痛で死ぬ事も許されず、生き返らせられる無限地獄を味わっているといると知り、イアンは臓腑を絞られる様な葛藤に襲われる。
「くっ!? やめてくれッ!!」
火で弱った緩慢な動きが当たる事はなく、イアンは兵士に訴えながらそれを避ける。すると、狙いを外れた肉体は地面に倒れ込み、黒焦げの足が崩れてしまう。
「あ~あ……いい考えだと思ったんだが、やっぱりソフトとハードがボロボロになっちまうって奴だな……長くても十分で霊力を無駄遣いするゴミにしかならねぇ」
「ウゥッ……アグッ……コロ……シテ……クレェ……」
叫びたくなる程の苦痛であっても、既に衰弱した兵士は声を上げることも叶わず、眼球が沸騰し、空洞となった眼窩からは、血涙が流れて出ていた。
すると、イアンの周りには既に、苦しみに耐えかね、死を求めて彼に寄り縋る兵士達によって四方を囲む壁が出来ていた。
「アァ……オナ……ガイイ……ダカラ……タスケテ」
「コンナ……シニカタ……」
「やめろ……やめてくれ……ッ!! こいつらには残される妻子だっているんだぞッ!! 何故こんな非道が出来るッ!?」
イアンは喉を引き裂きそうな程の、悲鳴にも似た叫びを上げる。すると、ジェルマの表情から笑顔が消え、寒い演出でも見る客の様な表情をして口を開く。
「そういう聖人ぶったの嫌いだなぁ、俺……。お前コイツらを普通に戦争に行かせてたじゃあねぇか、たまたま戦場で死ななかった奴らが、ここで死ぬくらいの違いなのに、自分だけ悲劇気取ってちゃあ、白けるってもんだろ、え? それとも何かい、戦況報告じゃあ勝った負けたしか興味なくて聞いてなかったか?」
「コイツ……ッ!? 言わせておけばッ……!!」
しかし、イアンはそんなジェルマの言い分を、心の中では完全に否定する事は出来なかった。
(……わかってんだよ……そんな事は……大義だなんだと言ってるが、所詮は殺し合い。やってることはコイツと違いなんてそう大差ねぇ……けどッ!!)
イアンは足元から炎を噴出させると、その勢いでジェルマの元まで飛び上がる。
「それを認めたら誇りまで死ぬだろうがッ!!」
「ハッ!! 便利な考え方だなァッ!!」
その勢いそのままに、飛び膝蹴りを浴びせるが、ジェルマはそれを受け止め、掌から炎を溢す。
「だが、嫌いじゃあないぜ」
「不味ッ──!?」
ジェルマは受け止めたその足に組み付くと、炎で勢いを付けたまま、地面に向けて落下する。
イアンは咄嵯に背中から炎を噴き出す事で、衝撃を和らげようとするが、ジェルマの出力はそれを上回り、二人はもつれ合ったまま地面に衝突する。
「ガハァ……!?」
「フフフッ!! この俺を倒せば死霊も止まると考えたんだろうが、秘術を使って日の浅いテメェには負ける気がしねぇって奴だッ!!」
イアンは激突によって苦しむイアンに対し、炎で推進力を作り、何度も何度も胴目掛けて踏み付ける。
血の滴りが体から離れて宙に飛ぶ毎に虹色にキラキラ輝き、やがて肋骨が肺に刺さり術式が練れなくなった所で、蹴りの雨霰も止まる。
「おっと……まだ死ぬなよ? 折角お前を戦争で勝つようにお膳立てしたのに、骨折り損になっちまうって奴だぜ」
「ゴホッ……ガフッ……!! 何、を……グァッ!?」
ジェルマは倒れるイアンの胸に指を突き刺し、引き抜くと、真紅の光が取り出される。
「ハァ~ッ……いっただきま~すッ!!」
イアンはその光を一口に呑み込み、一瞬その身をぴくんと震わせと、確かめる様にその手を握りしめる。
「フフフフフッ!! これが『秘術』の味……美味って奴だなぁ~」
「コイツ……秘術を……奪ったのか……ッ!?」
ジェルマが愉快そうにひとしきり笑うと、空に向かって火の弾を撃ち出す。
それは一つの火種であり、徐々に───徐々に───その大きさを、今はもう失われた『太陽』と見紛う程に膨れ上がらせていき、国を覆う結界の天井を突き破ってしまう。
「さぁ、人間共ッ!! お前らが欲しがってた光をッ!! この俺がくれてやろうッ!!」
「なっ───やめろォォォォッ!!」
「夏式奥義『天喰』ッ!!」
ジェルマが両手を広げながら天を仰ぐと、上空に浮かんでいた巨大な火球から、地獄から命を刈り取りに来た悪魔の舌の様にべろべろと何本も火が地上に伸びると、次第に悲鳴があちこちから湧き始める。
「ククク……フフフハハハハハハッ!! 聞こえるかァ~ご主人様ァ~? 奴さんら、何が起きてるかてんで理解してないだろうなぁ~」
「畜生……ッ!! 畜生……ッ!! ブッ殺すッ!! ブッ殺すッ!! 必ず殺してやるッ!!」
肺に骨が刺さろうが、お構いなしに叫び、血反吐を吐くイアンの首根っこを、ジェルマは掴み、持ち上げる。
「安心しろ、お前もアイツらも、多少火傷はしてるだろうが、残った肉体はちゃんと月住人として使ってやる……どれ、一緒に見てやろうじゃあねぇか、地獄絵図って奴をッ!! フフフフフフッ!!」
ジェルマはイアンの首根っこを引き摺ったまま門の上まで向かい、紅蓮の炎で焼かれた街を見下ろす────が、そこに広がっていたのは、彼らの予想とは違うものだった。
「これは……一体……」
「───おい、どうなってる……なんで、火が呑み込まれてるんだ?」
街は家屋一つ、道一つとしてボヤ騒ぎなど起こってはおらず、どころか地に触れた瞬間、その日は渦を巻いて呑み込まれていき、太陽の様な威光を放っていた火球も、次第に萎んでいき、最後には火種一つ残す事なく消え去ってしまう。
「───どうやら、アイツのやりたい事とやらは間に合った様だな」
「ッ!? 誰だッ!?」
ジェルマが声を聞き、振り返ると、門の下ではジェルマによって燃やされ、支配された兵士達が茨によって次々に拘束されていっていた。
「シスター、お願いします」
「えぇ……しかし、この火傷……全員助けられるか分かりませんよ……」
更によく見てみれば、そこには聖天教会の退魔師パジェット・シンクレアと、シスター・セリシア二人の姿があり、パジェットが茨で捕らえた兵士を、シスターが炎を聖術で鎮火し、火傷を負った体の治療を同時に行っている様だった。
「お前ら、何勝手な事を───」
ジェルマがそれを止めようとすると、突然、彼の右顳顬に矢が刺さる。
「ぐぁッ!? ァァ……ッ!?」
ジェルマは突然の痛みにイアンを手放し、下に居たパジェットの手に渡らせてしまう。刺さった矢を引き抜くと、でろりと眼球がずり落ちる。
残る左目で右を向くと、そこにはいつの間にかデクスターが弓を構えて立っていた。
「お前は……いや、お前達は……ッ!!」
「スゥー…………セオドシアァァァァッ!!」
デクスターは、結界の果てに突き刺さるような鋭く透る声でその名を呼ぶと、遠くの方から、ゴオッと風を切り裂きながら、流星のようにそれは現ると、ジェルマと衝突し、凄まじい轟音と衝撃波を生み出し、吹き飛ばす。
「ブグッ!? グァアアアアアアッ!?」
現れたのは、セオドシアの操る死霊の十八番──『葬れぬ者』の右腕であり、彼女はそれに乗ってジェルマを吹き飛ばし、空に浮かぶ忌々しい朔を背に──……。
「───お待たせサブキャラ諸君、主人公登場だぜ」
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<ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。
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