上 下
5 / 36
旅立ち編

二本目『罪を裁く者』《前編》①

しおりを挟む
 セオドシア・リーテッド。
 自らを生と死を超える者──死霊術師である彼女にデクスター・コクソンは自身の命と、愛する父の尊厳を救われ、共に旅をするようになった。
 最初は、物語に出て来る英雄のような大冒険を期待し、心おどらせていたのだが、その理想とは異なる旅に、暗黒で鋭い不平を感じていた。
 ……──他ならぬ、彼女のせいで。

「疲れた~……ああ疲れた~……もう休みたい~……」
「…………」
「ねぇ聞いてる!? つ~か~れ~たぁ~!! もう休もうよぉ~!!」
「あぁ~もう!! うるさいなぁ!! 僕まで余計に疲れることになるんだからやめてよね!!」

 デクスターは頭を項垂うなだれながら文句を垂れ続けるセオドシアに嫌気が差し、爆発するように叱りつける。
 旅をする前にも、デクスターは彼女の性格を一人旅に向いていないと評価したが、こうして一緒に旅をし、よりそれを身に染みて実感した。
 エゴイストでサディスト。他人に対する思いやりなど皆無に等しい彼女は、自分の欲望のままに行動する大きな子供そのものだった。またかなり雑な面もあり、旅をする為の地図はあるのかと聞くと。

「別に場所が目的じゃないからいらないだろう?」

 と正気じゃない台詞まで飛び出す始末。
 そりゃあ怪物を拷問するなんてまともじゃない発想出るよな。とデクスターは彼女に対する悪態を心に中にぐっと押し留める。
 そんなセオドシアであるが、旅をして振り回されるうちに、デクスターはふとした疑問を抱き始めていた。
 それは、彼女がどうしてこんな旅をしているのか? ということだった。
 確かに死霊術師のセオドシアなら、この危険な旅路も普通の人間よりかは幾分マシに渡ることが出来るだろう。しかし、出来ることが旅の理由にはならない。
 世間をまるで知らないデクスターだが、死霊術師であるなら死者の軍勢に働かせ、自分は研究に勤しむのが定石なのは父からなんとなく聞いたのを覚えていた。実際ただの歩くだけで文句を垂れるセオドシアも、そういう選択をするタイプに見える。
 それなのに何故、彼女は月住人ムーン=ビーストの跋扈するこの世界を旅することに決めたのか? その答えを知りたくて、デクスターはセオドシアに問いかけた。

「ねぇ、セオドシア」
「はぁ……はぁ……なん……だい……?」
「なんでセオドシアは、こんな危険な旅を続けてるのさ?」
「はぁ……そんなの……決まっているだろう……?」

 セオドシアはそう言うと立ち止まり、空に浮かぶさくを指差した。

「あの……はぁ……沈まぬ月を……ふぅ……引きり降ろして……本物の太陽の光を我々にもたらすことさ!!」

 セオドシアは、疲労に息を荒くしながらも、大事な部分はしっかりと宣言してみせる。デクスターはその言葉を聞いて、更に疑問符を頭に浮かべる。

「なんか、色々言いたいことはあるけれど、意外な理由だな……セオドシアって、太陽大嫌いのインドアに見えるから……」
「別に嫌いじゃないよ、好きでもないけど……」
「好きでも嫌いでもないのに、太陽を取り戻したいの?」
「好き嫌いは重要ではないという意味さ、あの月は『自分はこんな事ができるんだぜ? スゲェだろ』って感じがビシバシ伝わってきてウザいからねぇ……だから即刻消えて貰いたいのさ」

 そんな理由で成し遂げられるものなのか?そう思いながらも、デクスターは心のどこかで、そんな彼女だからこそ、本当にやってのけてしまうのではないかという、謎の期待感がほんの数日の間に芽生えていた。

「まぁ、セオドシアがそれでいいなら、僕は構わないけどね……」
「じゃあ、喋ったことだし、私は先に休ん──……」
「それとこれとは話が違うよ?」

 二人は、新月の光が反射し、白い湖のように輝く砂漠を歩いていた。
 まだ食料に余裕があるとは言え、また野宿となることだけはなんとしても避けたかったのだが、見渡す限りの砂が、そんな希望を打ち砕く。

「今日も野宿か……」

 デクスターがそう呟いた、その時だった。
 地鳴りのような足音が、連続して二人の遠い背後から聞こえてくる。
 二人が振り返り、音の正体を認識すると、サァーッと恐怖で顔が蒼ざめる。

「おい……おいおいおいおいおい!?」
「ボサッとするんじゃない!! 走れ走れ走れぇーッ!!」

 後ろから、砂埃を巻き上げながら、『蹂躙せし者ホワイプス』の群れが迫って来ていた。

「アレって前にお父さんに乗り移ってたヤツか!? なんであんなにいるんだよ!?」
「ホワイプスは知能も低くく、力も弱いが、その性欲の高さからかなりの繁殖能力を……」
「そう言うのいいから結論は!?」
「弱いくせに馬鹿みたいに多い!!」

 二人は身体を斜めにして、全力で逃走する。しかし人間が月住人の脚力に勝てるわけもなく、徐々にその距離を縮められていく。

「ヤバいヤバいヤバい!? こんなの絶対に追いつかれるって!?」
「落ち着け馬鹿者ォォォッ!! こんな時はぁぁぁ……コレッ!!」

 セオドシアは逃げながら、動物の骨を削って作ったナイフで自分の手を切り付け、ツギハギだらけの革製アタッシュケースの中に手を突っ込むと──中からくらを付けた二頭の骸骨馬が飛び出してくる。

「おぉ!? スゲェ!?」
「当然!! それより早く乗るんだ!!」

 骸骨馬に乗り、近づかれた分の距離を取り戻すように加速させる。

「やった! 離れてるぞ!!」

「いや……こんなの時間が経てば追いつかれる……使いたくなかったが……来いッ!! 『葬れぬ者ギガゴダ』ッ!!」

 セオドシアは、更に血液を消費し、ギガゴダの右腕を操る。
 右腕がハエを払うような動作をすると、青白い怨念の炎が拡散され、ホワイプスの行先の障害と化した。

「グギャアアアッ!!」

 先頭を走っていたホワイプス達から悲鳴が上がり、後続のホワイプス達は炎を恐れ、近付けずにいた。

「おお!? やったなセオドシ……おい!? どうした!? 気分が悪いのか!?」

 デクスターがセオドシアの方に声を掛けると、傷口の辺りからみるみる内に黄色く変色していくのを目撃する。

「ぐっ……あの、炎は、私の血液を…… 媒介ばいかいとしている……だから……」

 よく見ると、怨念の炎が燃える分だけ、セオドシアの傷口から血液が抜けていくのが見えた。

「セオドシア!? クソッ……!!」

 二人は骸骨馬を走らせ、ホワイプスから遠ざかっていき、最終的には追っ手を撒くことに成功する。

「やった……って、うわぁッ!?」

 デクスターが安堵した瞬間、骸骨達が崩れ、アタッシュケースの中へと戻っていく。

「も、もう……ダメ……だ……」

 血を抜き過ぎてしまったセオドシアは、骨を回収し終わると、そのまま砂漠のど真ん中で気絶してしまう。

「おいセオドシア!? しっかりしろ! セオドシア!! ……クソッ!! どうすれば……」

 デクスターは、セオドシアを抱き抱えたまま、途方に暮れていると、灯りが一つ、段々と近付いて来ることに気付いた。

「ホワイプス!? ……い、いや、灯りは一つだけだ……もしセオドシアの炎が燃え移ったにしても、青白くなくてはおかしい……あれは本物の火だ!」

 やがてその全体像を確認出来る程まで灯りは近付き、それが馬に乗った少年であるとわかった。並んで確かめたわけでは無いが、背丈はデクスターと同じくらい小柄、淡い金髪にエメラルドグリーンの瞳を持ち、肩上げした修道服に身を包んでいた。
 突如現れた謎の修道服の人物は、二人を睨みつけ、口を開く。

「お前達……こんな所でしているんだ?」
「あ、あなたは……一体……」

 デクスターがそんな質問をすると、修道服の人物は眉をキュッと寄せると。

「ボクは退魔師……聖なる名の下に、罪を裁く者だ」

 そう自らを称して、厳しい視線をデクスターに向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜

ガトー
ファンタジー
まさに社畜! 内海達也(うつみたつや)26歳は 年明け2月以降〝全ての〟土日と引きかえに 正月休みをもぎ取る事に成功(←?)した。 夢の〝声〟に誘われるまま帰郷した達也。 ほんの思いつきで 〝懐しいあの山の頂きで初日の出を拝もうぜ登山〟 を計画するも〝旧友全員〟に断られる。 意地になり、1人寂しく山を登る達也。 しかし、彼は知らなかった。 〝来年の太陽〟が、もう昇らないという事を。  >>> 小説家になろう様・ノベルアップ+様でも公開中です。 〝大幅に修正中〟ですが、お話の流れは変わりません。 修正を終えた場合〝話数〟表示が消えます。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ
ファンタジー
札幌game勝手に振興会のYouTubeの企画「昔小説家になりたかったオッサンが今さらChatGptを利用して面白い小説を書けるかどうか試してみることにした。」において書き上げた小説になります。 世代的にオッサンなので古めかしく重い感じのファンタジー作品となっております。同世代や濃厚なファンタジーが好きな人にはいいかもしれません。 内容:冒険者アリアが仲間二人と共にフローズンシャドウホールというダンジョンの探索を行うという内容です。その場所に秘められた謎とは果たしてなんなのか?? それは作者にも分からない。なぜならば、これはChatGptを駆使して書かれた作品だから。何が飛び出すのかは分からない。最後までご覧あれ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

処理中です...