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スッとコースターに置かれた酒をひとくち飲み、はぁっと大きなため息をつく。ひとりで飲んでいたらしい隣の男性が、くすっと笑って「恋の悩み?」と声を掛けてきた。
レンみたいな人だ。盛り上がる筋肉の目立つぴったりとしたシャツ。お洒落な感じで整えた髭。イタリア人みたいに濃い顔で、一回りは年上に見えるもののかなりイケメンの部類に入るだろう。
バーテンが「この人、ヤリチンだから気をつけてね」と柊に冗談っぽく言い、「心外だ!」と彼が大きな声を出す。ドッと周囲が笑って、いつもの流れなんだとさすがの柊でもわかった。
初めて来た柊をからかう風でもなく、フレンドリーな雰囲気だ。口コミ評価が高かっただけある。
隣の男性はジョーと名乗った。話し上手で、身の上の失敗話をいろいろと聞かせてくれた。気づけば柊も打ち解け、なんだかんだ楽しんでいる。
周囲の音が大きくて、耳元で話されるとくすぐったい。ふわふわとした気分で、柊はずっとクスクス笑っていた。
一杯を飲み終えるころ、ジョーが仕切り直すように質問してきた。
「で、なにか目的があって来たんでしょ?」
「あ……と」
「僕ならどっちも経験豊富だし、初めてでも楽しませてあげられると思うけど」
「えーっと……」
膝にそっと手を置かれ、柊は目をぱちくりさせた。目的。
そうだ……楽しんでる場合じゃないんだった。
失礼のないように躱さなきゃ。目を彷徨わせ、どうやったら相手に誤解させずに会話できるんだろうと、贅沢にも思える悩みを心中に抱える。
――その時、長身のシルエットが視界の端に映った。自然と視線が吸い寄せられ、柊は驚きに目を見開く。
「ゆり、くん……」
「……へぇ、彼か」
先ほど見覚えのあった人の隣に、夕里がいた。暗いし、フロアは人で溢れているけど、実際に見つけてしまうと見間違えるはずもない。
自然と席を立ち、短い階段を下りる。四人で輪になって酒を飲んでいるようだ。頭一つ分背が高いから、横顔だけよく見える。
ああ……彼だ。
久しぶりの実物は、記憶の彼より遥かに格好いい。薄暗い照明のなかではどこか妖しげな大人の魅力を纏っている。
気が急いて、早く早くと近づきたいのにここでも人が障害物になった。音に満ちた空間では、声を上げても届かない。
夕里が誰かに呼ばれてこちらに身体を向ける。向こうも気づいてくれるかと、心臓がドキッと跳ねる。
「あ……」
大股で三歩の距離を残して、柊は足を止めた。夕里は腰をかがめ、隣りにいた背の低い男がその耳元に口を寄せる。手で周囲の音を遮って、声を直接届けるみたいに。
少年のような儚さと色気をもつ、中性的な容姿の美人だ。なにを喋ったのか、ふたりは至近距離で顔を見合わせて弾けるように笑った。
音楽が遠ざかる。ひとりだけ別の世界に取り残されたような心地だ。
見ていられないのに目が離せない。ふたりの距離は異様に近く、友人関係以上に親しく見える。
柊の突き刺さるような視線に気づいたのか、思いがけず夕里がこちらを振り向き、まっすぐに目が合った。
「……!ひいらぎ、さん!?えっ、なんで……」
「ゆりくん……」
夢にまで見た男が、こちらの方へ数歩の距離を詰めてくる。柊は……そこから一歩も、動けなかった。
強い視線に怯み、俯いて自分のつま先を見つめる。嬉しいはずなのに、惨めだ。
「ねぇ、どうしてこんなところにいるんですか!わぁ、本当に柊さんだ……俺、ずっと会いたかっ」
「――柊、どうしたんだ?」
「……んっ」
犬が飼い主を見つけたときのように、夕里は喜びを隠さなかった。DJタイムは区切りを迎えたのか大きな音は鳴り止み、彼の感極まった声がよく聞こえる。
感情がぐるぐると混じり合い、なんだか泣きそうで顔を上げられない。複雑な気持ちをなんとか整理しようとしていると、背中からふわっと誰かに抱きつかれた。
腹に手が周り、肩の上に顔が乗ってくすぐったい。さっきまで隣で話していた、ジョーの声だ。
「……は?なんでアンタが?」
「誰かさんのせいで落ち込んでるようだったから、僕が相手してあげてたんだよ。ね、柊?」
地の底を這うような声が聞こえて、数瞬遅れてそれが夕里の声であることに気づいた。なんか、怒ってる?
ジョーが柊に話しかけてきて、髭が顔にザリと当たる感触にビクッと身体を震わせる。次の瞬間。
――夕里の腕の中にいた。
「あ、れ……?」
「柊さん、この男にどこまで許したんですか?え……てかなにこの匂い。めっちゃいい匂いするんですけど!」
「え。ゆり、くん……?ま、まって。ひゃぁ、あんっ」
胸のあたりに顔がぶつかり、一瞬の暗闇。どこかで嗅いだような、彼の匂い。
無条件に身体が安心しようとしたとき、夕里の手が背中から腰を妖しく撫で下ろした。耳に低い声を吹き込まれ、鼓膜の震えに呼応して身体もぞくぞくと震える。
待って、この手は駄目なんだって……!
逃げようとしても、長い両腕で柊はがっちりとホールドされている。
「あれ、すごい執着されてるじゃん。柊、隙だらけだからすぐ相手勘違いさせちゃうんでしょ?そのユリってやつにもちゃんと話したほうがいいんじゃない?」
「え?いやジョーさん、違……」
「こっち見て」
「んぅっ!」
「あちゃ~~~、これはこれは……若いねぇ」
ジョーの言っていることがいまいち理解できない。勘違い……?
夕里の胸から顔を上げ後ろを向こうとすると、止められた。
見て、と告げた唇が近づいてくる。ぽかんと開いた口にふに、と唇が重なった。
少しカサついた、男の唇。他人の体温。
ぴゅうっと指笛が聞こえる。周囲がなにかを言って騒いでいる。そりゃそうだ。
こんな衆目で…………これって、き、キスですよね!?!?
――――――――――
長らくお待たせしました!
攻めの再登場です~~~(ドンドンパフパフ)
レンみたいな人だ。盛り上がる筋肉の目立つぴったりとしたシャツ。お洒落な感じで整えた髭。イタリア人みたいに濃い顔で、一回りは年上に見えるもののかなりイケメンの部類に入るだろう。
バーテンが「この人、ヤリチンだから気をつけてね」と柊に冗談っぽく言い、「心外だ!」と彼が大きな声を出す。ドッと周囲が笑って、いつもの流れなんだとさすがの柊でもわかった。
初めて来た柊をからかう風でもなく、フレンドリーな雰囲気だ。口コミ評価が高かっただけある。
隣の男性はジョーと名乗った。話し上手で、身の上の失敗話をいろいろと聞かせてくれた。気づけば柊も打ち解け、なんだかんだ楽しんでいる。
周囲の音が大きくて、耳元で話されるとくすぐったい。ふわふわとした気分で、柊はずっとクスクス笑っていた。
一杯を飲み終えるころ、ジョーが仕切り直すように質問してきた。
「で、なにか目的があって来たんでしょ?」
「あ……と」
「僕ならどっちも経験豊富だし、初めてでも楽しませてあげられると思うけど」
「えーっと……」
膝にそっと手を置かれ、柊は目をぱちくりさせた。目的。
そうだ……楽しんでる場合じゃないんだった。
失礼のないように躱さなきゃ。目を彷徨わせ、どうやったら相手に誤解させずに会話できるんだろうと、贅沢にも思える悩みを心中に抱える。
――その時、長身のシルエットが視界の端に映った。自然と視線が吸い寄せられ、柊は驚きに目を見開く。
「ゆり、くん……」
「……へぇ、彼か」
先ほど見覚えのあった人の隣に、夕里がいた。暗いし、フロアは人で溢れているけど、実際に見つけてしまうと見間違えるはずもない。
自然と席を立ち、短い階段を下りる。四人で輪になって酒を飲んでいるようだ。頭一つ分背が高いから、横顔だけよく見える。
ああ……彼だ。
久しぶりの実物は、記憶の彼より遥かに格好いい。薄暗い照明のなかではどこか妖しげな大人の魅力を纏っている。
気が急いて、早く早くと近づきたいのにここでも人が障害物になった。音に満ちた空間では、声を上げても届かない。
夕里が誰かに呼ばれてこちらに身体を向ける。向こうも気づいてくれるかと、心臓がドキッと跳ねる。
「あ……」
大股で三歩の距離を残して、柊は足を止めた。夕里は腰をかがめ、隣りにいた背の低い男がその耳元に口を寄せる。手で周囲の音を遮って、声を直接届けるみたいに。
少年のような儚さと色気をもつ、中性的な容姿の美人だ。なにを喋ったのか、ふたりは至近距離で顔を見合わせて弾けるように笑った。
音楽が遠ざかる。ひとりだけ別の世界に取り残されたような心地だ。
見ていられないのに目が離せない。ふたりの距離は異様に近く、友人関係以上に親しく見える。
柊の突き刺さるような視線に気づいたのか、思いがけず夕里がこちらを振り向き、まっすぐに目が合った。
「……!ひいらぎ、さん!?えっ、なんで……」
「ゆりくん……」
夢にまで見た男が、こちらの方へ数歩の距離を詰めてくる。柊は……そこから一歩も、動けなかった。
強い視線に怯み、俯いて自分のつま先を見つめる。嬉しいはずなのに、惨めだ。
「ねぇ、どうしてこんなところにいるんですか!わぁ、本当に柊さんだ……俺、ずっと会いたかっ」
「――柊、どうしたんだ?」
「……んっ」
犬が飼い主を見つけたときのように、夕里は喜びを隠さなかった。DJタイムは区切りを迎えたのか大きな音は鳴り止み、彼の感極まった声がよく聞こえる。
感情がぐるぐると混じり合い、なんだか泣きそうで顔を上げられない。複雑な気持ちをなんとか整理しようとしていると、背中からふわっと誰かに抱きつかれた。
腹に手が周り、肩の上に顔が乗ってくすぐったい。さっきまで隣で話していた、ジョーの声だ。
「……は?なんでアンタが?」
「誰かさんのせいで落ち込んでるようだったから、僕が相手してあげてたんだよ。ね、柊?」
地の底を這うような声が聞こえて、数瞬遅れてそれが夕里の声であることに気づいた。なんか、怒ってる?
ジョーが柊に話しかけてきて、髭が顔にザリと当たる感触にビクッと身体を震わせる。次の瞬間。
――夕里の腕の中にいた。
「あ、れ……?」
「柊さん、この男にどこまで許したんですか?え……てかなにこの匂い。めっちゃいい匂いするんですけど!」
「え。ゆり、くん……?ま、まって。ひゃぁ、あんっ」
胸のあたりに顔がぶつかり、一瞬の暗闇。どこかで嗅いだような、彼の匂い。
無条件に身体が安心しようとしたとき、夕里の手が背中から腰を妖しく撫で下ろした。耳に低い声を吹き込まれ、鼓膜の震えに呼応して身体もぞくぞくと震える。
待って、この手は駄目なんだって……!
逃げようとしても、長い両腕で柊はがっちりとホールドされている。
「あれ、すごい執着されてるじゃん。柊、隙だらけだからすぐ相手勘違いさせちゃうんでしょ?そのユリってやつにもちゃんと話したほうがいいんじゃない?」
「え?いやジョーさん、違……」
「こっち見て」
「んぅっ!」
「あちゃ~~~、これはこれは……若いねぇ」
ジョーの言っていることがいまいち理解できない。勘違い……?
夕里の胸から顔を上げ後ろを向こうとすると、止められた。
見て、と告げた唇が近づいてくる。ぽかんと開いた口にふに、と唇が重なった。
少しカサついた、男の唇。他人の体温。
ぴゅうっと指笛が聞こえる。周囲がなにかを言って騒いでいる。そりゃそうだ。
こんな衆目で…………これって、き、キスですよね!?!?
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長らくお待たせしました!
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