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目の前にあった小皿の前菜を食べながらテーブルを見渡す。あっという間に場はあたたまり、それぞれ近くの人と会話に興じている。
いつの間にみんなこんなに仲良くなってたんだろうか……
「そりゃ、ひいちゃんが怖かったから一致団結したんでしょ」
「ひぇ。や、やっぱりそうだよね……ごめん……」
「あのー。確かに怖かったスけど、みんな課長のこと前から尊敬してますよ?」
頭の中で考えていたことを口に出したつもりはなかったのに、左側に座っている千尋に拾われてしまった。柊の右には柴野が座り、その隣に東がいて深く頷いている。
仕事が早いとか指示が的確だとか口々に言われて縮こまる。文句は覚悟していたけど、褒められるとどう反応したら良いのかわからなくて困るのだ。千尋が面白がって助長するのも悪い。
「いやほんと……みんながいたからこそ乗り越えられたけど、誰か一人でも欠けてたらプロジェクトは失敗してたよ」
「ひいちゃんが良いこと言って誤魔化そうとしてる~」
「もうっ、本気で言ってるから!柴野くんも東さんも、いつも最後まで残業ありがとうね」
「ひいちゃん課長~っ!」
「うわぁ!?︎」
「こら」
酒でテンションが上がってきたのか、柴野が腕に抱きついてきて声がひっくり返る。人見知り以上に、距離の近い人もちょっと、ちょっとだけ苦手かも……と柊は今さらながら思った。これまで体育会系とは無縁の人生を歩んできたのだ。
すかさずメニューで東が柴野を叩き、ふたりでやいやい喋り出す。
注目が外れたのを見計らって千尋にコソッと話しかける。改めて体調を崩したときのお礼を伝えると、しつこい!と笑いながら怒られてしまった。
「菓子折りまでわざわざくれたんだから、完済です!てゆーか、恋の行方はどーなってんの?社内の子?」
「ゔ。恋とかそんなのじゃ……あっ、あと社内ではないから!」
「ふーーーん、じゃあヘッドマッサージ店の人か」
「は?え!?︎なんでわかるの?」
エスパーのような発言を受けて、あからさまに狼狽えてしまった。ふふんと得意げな千尋曰く、柊は行動範囲が狭そうだから二択だと思っていたらしい。
そういえば初めてマッサージを受けたときの感動を抑えきれなくて、翌日彼女に語ったんだったな……
しかも柊はそこから明確に変わっていった。顔色は良くなり、生活に気を遣い出す。毎週急いで帰るために行動していれば推理するまでもない。
そこまで言われてもやっぱり千尋は鋭いな、と思うけど。もしかして自分はそんなにも分かりやすいのだろうか?相手が男性だってことも、バレてる?
その疑問を振り払うように頭を振る。毛先がパサと鼻に当たった。そろそろ髪も切らないとな……。
まとまらない思考でついつい悩ましい心情を吐露してしまった。
「まださ、二人で会ったのも一回とかだし、今なんて相手は仕事も辞めちゃって、連絡先も知らないからどこにいるのか……。向こうが僕のことどう思ってるのかも分かんないし、追いかけても迷惑かなぁとか考えてて。もう、どうすればいいのか……」
「はぁーっ。他人の気持ちが分からないのなんて当たり前じゃん!恋愛だったらなおさら、ちゃんと話し合って分かりあっていくものだよ。ひいちゃんは相手の気持ちが自分の方を向いてなかったら諦める程度の気持ちなの?なにもせずに諦められる?相手がどう思ってるかじゃなくて、自分がどうしたいかを考えなよ。迷惑だってまだ言われてないなら、とことん追いかけてみれば?」
「うぅ。千尋先輩っ……!」
「同い年の同期じゃコラ」
千尋がかっこいい。しかしすごく良いことを言ってくれた直後に「あ゙ー……酔った」とダミ声で呟いてふらりと立ち上がり、手洗いに向かった。
いつの間にか彼女の前のテーブルには空のワイングラスが置かれている。どうやら柴野がワインをボトルで注文して、飲む人にどんどんと注いでいたようだ。
店員がメインの肉を運んできて歓声が上がる。柊の乾杯ドリンクがやっと空になったことに気づき、「喜多さんも、ワイン飲みますか?」と声を掛けてくれたが断った。
明日は休日出勤の予定もないから、みんな結構なペースで飲み進めているようだ。酒に強くない柊は、これ以上飲むと明日に響くだろう。
予定がなければ付き合うつもりだったものの……明日は予定ができてしまった。柊は決心した。
――夕里の地元に行ってみよう。
千尋の説教はもっともだ。柊は夕里に執着心を抱いているくせに、言い訳ばかりして行動できていない。
店に通うのは客という名目があったから簡単だったし、結局自分からちゃんと行動したのは昨日の訪問だけだ。
一回空振っただけでウジウジして、我ながら情けない。
「もう忘れたいと思われてるかも」「引かれるかも」なんてただの妄想だ。分かりもしない相手の気持ちを想像して諦めるのは、すごく馬鹿らしい。
柊は、どうしてももう一度……夕里に会いたい。だから会いに行こう。
地元にいると限ったわけじゃないけど、可能性はある。夕里のことをネットで調べたとき、経歴で出身校のことも知ることができていた。
ある程度の場所が絞り込めていればいい。
傍から見れば、無謀な行動だろう。自分でも酔って勢いづいているとは感じる。
でも……無謀だが無駄ではないと思うのだ。
夕里のくれた言葉を、行動を、柊は信じたい。自分にとって都合のいい解釈をしているかもしれないが、勘違いでも別にいいじゃないか。
分かりもしないことをネガティヴに捉えがちなのは自分の悪い癖だ。父が厳しい人だったことで、幼少期から縮こまって生きてきたからだろう。
父がいなくなって、柊も独り立ちした。自分で作り上げた殻を破るには遅すぎるくらいだ。感情を激しく突き動かしてくれたきっかけの男を、自分で捕まえに行こう。
いつの間にみんなこんなに仲良くなってたんだろうか……
「そりゃ、ひいちゃんが怖かったから一致団結したんでしょ」
「ひぇ。や、やっぱりそうだよね……ごめん……」
「あのー。確かに怖かったスけど、みんな課長のこと前から尊敬してますよ?」
頭の中で考えていたことを口に出したつもりはなかったのに、左側に座っている千尋に拾われてしまった。柊の右には柴野が座り、その隣に東がいて深く頷いている。
仕事が早いとか指示が的確だとか口々に言われて縮こまる。文句は覚悟していたけど、褒められるとどう反応したら良いのかわからなくて困るのだ。千尋が面白がって助長するのも悪い。
「いやほんと……みんながいたからこそ乗り越えられたけど、誰か一人でも欠けてたらプロジェクトは失敗してたよ」
「ひいちゃんが良いこと言って誤魔化そうとしてる~」
「もうっ、本気で言ってるから!柴野くんも東さんも、いつも最後まで残業ありがとうね」
「ひいちゃん課長~っ!」
「うわぁ!?︎」
「こら」
酒でテンションが上がってきたのか、柴野が腕に抱きついてきて声がひっくり返る。人見知り以上に、距離の近い人もちょっと、ちょっとだけ苦手かも……と柊は今さらながら思った。これまで体育会系とは無縁の人生を歩んできたのだ。
すかさずメニューで東が柴野を叩き、ふたりでやいやい喋り出す。
注目が外れたのを見計らって千尋にコソッと話しかける。改めて体調を崩したときのお礼を伝えると、しつこい!と笑いながら怒られてしまった。
「菓子折りまでわざわざくれたんだから、完済です!てゆーか、恋の行方はどーなってんの?社内の子?」
「ゔ。恋とかそんなのじゃ……あっ、あと社内ではないから!」
「ふーーーん、じゃあヘッドマッサージ店の人か」
「は?え!?︎なんでわかるの?」
エスパーのような発言を受けて、あからさまに狼狽えてしまった。ふふんと得意げな千尋曰く、柊は行動範囲が狭そうだから二択だと思っていたらしい。
そういえば初めてマッサージを受けたときの感動を抑えきれなくて、翌日彼女に語ったんだったな……
しかも柊はそこから明確に変わっていった。顔色は良くなり、生活に気を遣い出す。毎週急いで帰るために行動していれば推理するまでもない。
そこまで言われてもやっぱり千尋は鋭いな、と思うけど。もしかして自分はそんなにも分かりやすいのだろうか?相手が男性だってことも、バレてる?
その疑問を振り払うように頭を振る。毛先がパサと鼻に当たった。そろそろ髪も切らないとな……。
まとまらない思考でついつい悩ましい心情を吐露してしまった。
「まださ、二人で会ったのも一回とかだし、今なんて相手は仕事も辞めちゃって、連絡先も知らないからどこにいるのか……。向こうが僕のことどう思ってるのかも分かんないし、追いかけても迷惑かなぁとか考えてて。もう、どうすればいいのか……」
「はぁーっ。他人の気持ちが分からないのなんて当たり前じゃん!恋愛だったらなおさら、ちゃんと話し合って分かりあっていくものだよ。ひいちゃんは相手の気持ちが自分の方を向いてなかったら諦める程度の気持ちなの?なにもせずに諦められる?相手がどう思ってるかじゃなくて、自分がどうしたいかを考えなよ。迷惑だってまだ言われてないなら、とことん追いかけてみれば?」
「うぅ。千尋先輩っ……!」
「同い年の同期じゃコラ」
千尋がかっこいい。しかしすごく良いことを言ってくれた直後に「あ゙ー……酔った」とダミ声で呟いてふらりと立ち上がり、手洗いに向かった。
いつの間にか彼女の前のテーブルには空のワイングラスが置かれている。どうやら柴野がワインをボトルで注文して、飲む人にどんどんと注いでいたようだ。
店員がメインの肉を運んできて歓声が上がる。柊の乾杯ドリンクがやっと空になったことに気づき、「喜多さんも、ワイン飲みますか?」と声を掛けてくれたが断った。
明日は休日出勤の予定もないから、みんな結構なペースで飲み進めているようだ。酒に強くない柊は、これ以上飲むと明日に響くだろう。
予定がなければ付き合うつもりだったものの……明日は予定ができてしまった。柊は決心した。
――夕里の地元に行ってみよう。
千尋の説教はもっともだ。柊は夕里に執着心を抱いているくせに、言い訳ばかりして行動できていない。
店に通うのは客という名目があったから簡単だったし、結局自分からちゃんと行動したのは昨日の訪問だけだ。
一回空振っただけでウジウジして、我ながら情けない。
「もう忘れたいと思われてるかも」「引かれるかも」なんてただの妄想だ。分かりもしない相手の気持ちを想像して諦めるのは、すごく馬鹿らしい。
柊は、どうしてももう一度……夕里に会いたい。だから会いに行こう。
地元にいると限ったわけじゃないけど、可能性はある。夕里のことをネットで調べたとき、経歴で出身校のことも知ることができていた。
ある程度の場所が絞り込めていればいい。
傍から見れば、無謀な行動だろう。自分でも酔って勢いづいているとは感じる。
でも……無謀だが無駄ではないと思うのだ。
夕里のくれた言葉を、行動を、柊は信じたい。自分にとって都合のいい解釈をしているかもしれないが、勘違いでも別にいいじゃないか。
分かりもしないことをネガティヴに捉えがちなのは自分の悪い癖だ。父が厳しい人だったことで、幼少期から縮こまって生きてきたからだろう。
父がいなくなって、柊も独り立ちした。自分で作り上げた殻を破るには遅すぎるくらいだ。感情を激しく突き動かしてくれたきっかけの男を、自分で捕まえに行こう。
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