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24.知りたかったこと
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※同性愛に対する差別表現がでてきます。不愉快だったら飛ばしてくださいね。
――――――――――
仕事の忙しさは、もうちょっと分散させてくれないだろうか。
少し余裕のあった水曜日以降は久しぶりにエナジードリンクが飲みたくなるほど、リリーがいたら嫌がられても全身を撫で回したいほど、他部署に振り回された数日間だった。
唯一の癒やしは柴犬くーちゃんアカウントを見ることだ。千尋、投稿が滞ってるぞ。
「つ、疲れましたね喜多さん」
「僕……向かいの部署まで殴り込みに行きそうだった」
「課長のか細い手じゃ駄目ですよ!指示さえしてくれれば、おれが代わりに行きます!」
「あはは」
休日出勤、終電間際の会話である。なんだかんだ最後まで一緒に残ってくれるのは東と柴野がいつものメンバーで、理由は明確。家まで遠くなく主要路線で帰れるため、終電が遅いのだ。
この二人と冗談を言い合えるほど打ち解けてきたのは、戦友と呼べる関係になってきたからかもしれない。
三人で連れ立って駅まで歩いていたが、柊はどうしてもヘッドマッサージ店に寄りたくて駅の手前で別れを告げた。
「あーごめんっ。会社に忘れ物してきたから一旦戻ります。みんなお疲れさま!」
「えっ。もう終電ギリギリですよ?」
「柴野さん、野暮ですよ。お疲れさまでーす!」
心配してついて来ようとした柴野を、東が止める。確かに時間はギリギリだったし予約もできていないから、ハイリスクな行動だ。
帰りがタクシーになったっていい。予約がいっぱいだと断られてもいい。夕里に会えるわずかな希望に賭けて柊は行動に出た。
土曜夜の繁華街は眩しいほどに賑わっている。
駅に向かって走る若者もいれば、終電なんて気にすることなく酒を煽っている中年もいる。道端で座り込んで酩酊している年齢不詳の人までいて――あれは女?いや男か?――、カオスの様相を呈していた。
いかにもな外見をしたキャッチのスーツ姿を見ると、夕里と出会ったときのことを思い出す。あの夜は声を掛けてきた相手のことをろくに見ず、風俗店の勧誘だと思い込んでいたのだ。
結果として全くもって健全な店に連れ込まれ、最高の癒しを与えられた。あのとき自分の判断力が弱っていて良かったと心底思う。
エレベーターを降りると、すれ違いで帰っていく客を女性スタッフが見送っているところだった。この前受付で話したのとは違う人だ。エレベーターが閉まるのを確認してから、彼女に尋ねる。
「あの、夕里さんは……?」
「え?辞めましたよ」
「え……」
えっ…………
日曜までいると聞いていたのに、どういうことだ?
「どのコースにいたしますか?」
「じゃ、じゃあ、ショートコースで」
何しにきたの?と言わんばかりの口調に、さすがにこのまま帰るのも失礼かと思い料金を支払う。ここであれこれと聞き出そうとするのは完全に怪しい客だし。
夕里以外の施術には不安があるものの、施術中に彼女からもう少し情報を得られないかと考えたのだ。
「はじめますねー」
「よろしくお願いしまっ……」
……んん?
さすがに女性の前で気持ち悪い声を出さないようにと気を引き締めていたのだが、初めから違和感のオンパレードだった。
爪を伸ばしているのか、頭皮に当たって痛い。しばらく我慢してみて、やっぱり無理だと思い「もう少し弱めで……」とお願いすると、今度は弱すぎてすごく物足りなくなる。
「あの……不躾な質問で申し訳ないですが、夕里さんはどうして辞めてしまったんですか?」
もうリクエストは無駄だと諦め、会話で気を紛らわすことにした。夕里は何も言わなくても心地良い加減を突き止めてきたのに、この人は全然違う。
マッサージには違和感しか感じなくて、苦痛の時間ですらあった。やはり彼はとても優秀なセラピストだったのだと理解せざるを得ない。
「さぁ……わかりません」
「あ、え、そうなんですね。そうかぁ……」
「喜多さん、ここだけの話ですけど……あの人同性愛者らしいですよ。気に入ったお客さんなのかわざわざ奥の部屋で施術することもあったし、変な声が聞こえてきたこともあるとか……何してたんでしょうね。従業員の誰かがオーナーへクレームを入れて、解雇されたって噂です」
「え……」
それは、自分のことじゃ?まさか……柊のせいで夕里が解雇されてしまった?
タオルの下で目を見開き身体も強張ったが、彼女が変化に気づく様子はない。
会った日に近く辞める予定であることは聞いていた。しかし、それが早まったのは柊がここ一ヶ月で頻繁すぎるほどに通い、夕里の醜聞を広げてしまったせいだろう。
最悪だ……!
おそらく夕里は他の従業員に好かれていなかった。彼が誰かに直接迷惑をかけるようなことを、するとは思えない。世の中には同性愛者というだけで毛嫌いする人たちもいるのだろう。
先日会った女性もそうだが、今日の担当も初対面の柊に『ここだけの話』を持ってくるあたり、彼女たちが噂を広げている気がした。
夕里のことを悪し様に言われると、靄のような不快感が胸の内に広がる。彼がいったい何をした?
指名人気ナンバーワンだったことは、彼の接客態度や技術に問題がなかったという歴とした証拠だ。
彼女たちは善意で言っているつもりなのかもしれないが、言葉のうちに孕む棘はかならず誰かに突き刺さる。夕里だって直接言われなかったとしても、相手が自分のことをどう思っているかくらい分かっていただろう。
ましてや仕事柄、言外の感情を察する能力は普通の人より優れているに違いない。まぁ彼女たちのように、いま柊が嫌な気持ちにさせられていることに気づかないセラピストもいるみたいだけど。
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仕事の忙しさは、もうちょっと分散させてくれないだろうか。
少し余裕のあった水曜日以降は久しぶりにエナジードリンクが飲みたくなるほど、リリーがいたら嫌がられても全身を撫で回したいほど、他部署に振り回された数日間だった。
唯一の癒やしは柴犬くーちゃんアカウントを見ることだ。千尋、投稿が滞ってるぞ。
「つ、疲れましたね喜多さん」
「僕……向かいの部署まで殴り込みに行きそうだった」
「課長のか細い手じゃ駄目ですよ!指示さえしてくれれば、おれが代わりに行きます!」
「あはは」
休日出勤、終電間際の会話である。なんだかんだ最後まで一緒に残ってくれるのは東と柴野がいつものメンバーで、理由は明確。家まで遠くなく主要路線で帰れるため、終電が遅いのだ。
この二人と冗談を言い合えるほど打ち解けてきたのは、戦友と呼べる関係になってきたからかもしれない。
三人で連れ立って駅まで歩いていたが、柊はどうしてもヘッドマッサージ店に寄りたくて駅の手前で別れを告げた。
「あーごめんっ。会社に忘れ物してきたから一旦戻ります。みんなお疲れさま!」
「えっ。もう終電ギリギリですよ?」
「柴野さん、野暮ですよ。お疲れさまでーす!」
心配してついて来ようとした柴野を、東が止める。確かに時間はギリギリだったし予約もできていないから、ハイリスクな行動だ。
帰りがタクシーになったっていい。予約がいっぱいだと断られてもいい。夕里に会えるわずかな希望に賭けて柊は行動に出た。
土曜夜の繁華街は眩しいほどに賑わっている。
駅に向かって走る若者もいれば、終電なんて気にすることなく酒を煽っている中年もいる。道端で座り込んで酩酊している年齢不詳の人までいて――あれは女?いや男か?――、カオスの様相を呈していた。
いかにもな外見をしたキャッチのスーツ姿を見ると、夕里と出会ったときのことを思い出す。あの夜は声を掛けてきた相手のことをろくに見ず、風俗店の勧誘だと思い込んでいたのだ。
結果として全くもって健全な店に連れ込まれ、最高の癒しを与えられた。あのとき自分の判断力が弱っていて良かったと心底思う。
エレベーターを降りると、すれ違いで帰っていく客を女性スタッフが見送っているところだった。この前受付で話したのとは違う人だ。エレベーターが閉まるのを確認してから、彼女に尋ねる。
「あの、夕里さんは……?」
「え?辞めましたよ」
「え……」
えっ…………
日曜までいると聞いていたのに、どういうことだ?
「どのコースにいたしますか?」
「じゃ、じゃあ、ショートコースで」
何しにきたの?と言わんばかりの口調に、さすがにこのまま帰るのも失礼かと思い料金を支払う。ここであれこれと聞き出そうとするのは完全に怪しい客だし。
夕里以外の施術には不安があるものの、施術中に彼女からもう少し情報を得られないかと考えたのだ。
「はじめますねー」
「よろしくお願いしまっ……」
……んん?
さすがに女性の前で気持ち悪い声を出さないようにと気を引き締めていたのだが、初めから違和感のオンパレードだった。
爪を伸ばしているのか、頭皮に当たって痛い。しばらく我慢してみて、やっぱり無理だと思い「もう少し弱めで……」とお願いすると、今度は弱すぎてすごく物足りなくなる。
「あの……不躾な質問で申し訳ないですが、夕里さんはどうして辞めてしまったんですか?」
もうリクエストは無駄だと諦め、会話で気を紛らわすことにした。夕里は何も言わなくても心地良い加減を突き止めてきたのに、この人は全然違う。
マッサージには違和感しか感じなくて、苦痛の時間ですらあった。やはり彼はとても優秀なセラピストだったのだと理解せざるを得ない。
「さぁ……わかりません」
「あ、え、そうなんですね。そうかぁ……」
「喜多さん、ここだけの話ですけど……あの人同性愛者らしいですよ。気に入ったお客さんなのかわざわざ奥の部屋で施術することもあったし、変な声が聞こえてきたこともあるとか……何してたんでしょうね。従業員の誰かがオーナーへクレームを入れて、解雇されたって噂です」
「え……」
それは、自分のことじゃ?まさか……柊のせいで夕里が解雇されてしまった?
タオルの下で目を見開き身体も強張ったが、彼女が変化に気づく様子はない。
会った日に近く辞める予定であることは聞いていた。しかし、それが早まったのは柊がここ一ヶ月で頻繁すぎるほどに通い、夕里の醜聞を広げてしまったせいだろう。
最悪だ……!
おそらく夕里は他の従業員に好かれていなかった。彼が誰かに直接迷惑をかけるようなことを、するとは思えない。世の中には同性愛者というだけで毛嫌いする人たちもいるのだろう。
先日会った女性もそうだが、今日の担当も初対面の柊に『ここだけの話』を持ってくるあたり、彼女たちが噂を広げている気がした。
夕里のことを悪し様に言われると、靄のような不快感が胸の内に広がる。彼がいったい何をした?
指名人気ナンバーワンだったことは、彼の接客態度や技術に問題がなかったという歴とした証拠だ。
彼女たちは善意で言っているつもりなのかもしれないが、言葉のうちに孕む棘はかならず誰かに突き刺さる。夕里だって直接言われなかったとしても、相手が自分のことをどう思っているかくらい分かっていただろう。
ましてや仕事柄、言外の感情を察する能力は普通の人より優れているに違いない。まぁ彼女たちのように、いま柊が嫌な気持ちにさせられていることに気づかないセラピストもいるみたいだけど。
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