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22.幕間 待てをするワンコ

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【お知らせ】
幕間は攻め視点です。しばらく彼の登場シーンがなくなりますので(言っちゃった!)冒頭シーンの夕里視点をお届けします。



――――――――――



 いかにも疲れていそうなサラリーマンだと思った。
 セミオーダーメイドだろう、細い身体にぴたりと合ったスーツは少しくたっとしていて、長時間労働の後であることが見て取れる。
 
 そもそもこんな時間にいま仕事を終えました、という顔をしているだけで社畜って感じだ。週末ほど多くはないが、歓楽街のこの周辺は食べて飲んで次の店に向かう者やそろそろかと家路につく者ばかり。
 もちろんそんな人達は夕里の声を掛ける相手ではない。ターゲットは仕事に疲れて癒やしを求めていそうな人。
 男に施術されたくはないだろうから女性は除外で、男性でも穏やかそうな人がいい。いかがですか、と声をかけるだけでたまに理由もなくキレられたりするのだ。

 通りの向こうから駅に向かって歩いてくる姿は猫背で、デスクワークなんだろうと推測する。見た感じは夕里の好み……じゃなくて。
 うーん、夜の店のライトに照らされた顔色はどこかくすんでいる。眠れていないのだろうか?彼にマッサージをしてあげたくて、手がそわついた。

 私情は持ち込まないようにしているが、自分が声を掛けるならやっぱり選んでいるのだろう。たとえ仕事とはいえ、手で触れる相手だ。

「おにーさん!癒やしが欲しいなら、マッサージ。いかがです?」

 近づいてきた男性に声を掛けると、よっぽど疲れているのかぶつぶつと独り言のように喋っているのが聞こえた。なに、そっち系のマッサージ?
 あー、よく勘違いされるんだよな。実際女性が男性に性的なマッサージをする店も近くにある。というかなかなか目線が合わない。こっち向いてくれないかな。

「違うちがう。純粋な、ヘッドマッサージですよ。身体の疲れまじで取れるんで!てか……お兄さん顔色やばくないです?」
「えっちなのはちょっと……疲れるだろ。ん?ヘッド……頭?」

 やっとこっちを向いた。ビルの一階に入っているコンビニの照明で、よく見えた顔色は想像していたよりも悪い。
 夕里は、目の前の彼がいますぐ倒れたって驚かない、と内心ぼやいた。どんな会社かは知らないが、この人を働かせすぎだろ。

 ようやく夕里に意識を向けた彼は、漏れ出したような感想をぼそっと呟く。たぶん、考えていることがそのまま口から流れ出ているタイプだ。
 ぼうっとして眠そう。目の下の隈が色濃いことが気になって、つい。手を伸ばして触れてしまった。――そのときの、声が。
 
「んっ……おい。僕は疲れてるんだ。勧誘なら他所でやってくれ」

 えー、今のもっかい聞きたい……
 完全に無意識だろう。急に触れて驚かせてしまったのはわかるが、なんとも可愛く、それでいて情事を思わせる声に一瞬固まってしまった。
 
「……それがですねー。疲れたお客さんを探してたんですよ!ヘッドマッサージ、どうです? 基本的には頭だけ、触っても肩から上だけです。めちゃくちゃ癒やされますよー」
 「え、ガチのマッサージだったのか?」

 ついに夕里の意図を理解した彼は目を丸くして、口をあんぐり開けた。そうすると途端にあどけない顔になる。年上、だよな……?
 
 もともと持っている色素が薄いのだと思うが、柔らかそうな髪も、大きく丸い瞳も。光に透かすと琥珀色だ。
 太陽の下だともっと綺麗なんだろうなーと思わず想像して、「いやいやただの客候補になに考えてるんだ俺は……」と我ながら呆れた。自分も大概疲れているんだろう。この仕事自体は好きだけど、もう辞めるんだから。

 彼は職場で鬼上司だと言われているらしい。繊細そうな容姿からは想像できないけれど、嘘をついている感じはない。
 綺麗な顔だとか思ってしまう夕里の主観を除けば、確かに真顔なら冷たそうにも見えなくないし話し方によっては怖いかもしれない。今は気の抜けた話し方をしているが、職場ではかなり気を張っているようだから。そのぶん肩も凝ってるだろうな。

 マッサージ自体が初めてだという彼はひいらぎという名前だと、カウンセリングシートを見てようやく知った。冬生まれかな。
 これは仕事だし本当なら苗字で呼ぶべきだけど、気づけば下の名前で呼びかけていた。
 個室で施術用の薄っぺらいTシャツとハーフパンツになった柊を見て、図らずもドキッとさせられる。スーツからのギャップがすごい。家ではこんな感じなのかも……腕も脚も毛が薄く、中性的な印象が強まった。
 夕里の声に従って素直に横になる。この人は、ちょっと無防備すぎないか……?そんなこと、他の客に感じたことはないが無性に心配になる。
 
「お前が担当だったのか……」
「カウンセリングは先にしましたしね。……女の子がよかったですか?」
「ゆりくんでよかった……」
「……」

 心底ほっとしたように告げて、柊は目を閉じてしまった。
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