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「喜多課長、おつかれさまでーす」
「あっ、あぁ……お疲れさま」
さいきん、部下が声を掛けてくるときの声のトーンが変わった気がする。表情も心なしか明るくなった。
今日は珍しく急ぎの仕事がなく柊が定時で帰れる人は帰るように朝から伝えてあったため、もう部署内はガランとしていた。
疲れが取れると心に余裕が出てくる。柊の顔色がよくなったからか、はたまた最近口調に気をつけているからか、部下も積極的に話しかけてくるようになった。もちろん仕事に関する会話だけだが。
不思議だ。仕事量はさして変わっていないのにみんなのミスが減り、円滑に仕事が進むようになってきている。
柊は雑談がいい気分転換になることに気付いて以降、千尋が残業の日は休憩エリアで落ち合うようになった。
「え。もしかして僕のせいで仕事が滞ってた?僕のせいでみんなに残業させてた……?」
「なにその急なネガティヴモード」
「だって……ここ最近の変化は僕がマッサージで絶好調になったことくらいしか」
「絶好調なんだ……よかったね、ひいちゃん。別にあんたのせいとは誰も思ってないでしょうけど、上司が絶好調だとみんなも調子上がるのは分かる気がするわぁー。部署の雰囲気って大事」
「う……だ、だよねぇ」
罪悪感に胸がチクチク痛む。柊はいつも、他人と上手くやれない。
人見知りだから会社では社会人らしく仮面を被っているけれど、余裕がなくなるとつっけんどんな態度になる弱点がある。
柊は別に、怒ってはいないのだ。でも自分の態度が怒っていると受け取られてしまう。
この半年で理詰めキャラが身に染み付いてしまって、最近はなんとか穏やかキャラにシフトしようと試行錯誤中だ。
これが意外に難しくて、書類を提出しにきた部下に「はぁ、この部分が抜けてる。ちゃんと確認してから持ってこい。……でも他の部分はよくできてるな」とか、頼んでいた仕事の期日を守れなかった部下には「どうして期日を過ぎると分かった時点で報告しないんだ。社会人としての常識だろう。……まぁいい。少しでも進めてくれて助かったよありがとう」などと後付けでフォローをすることくらいしか出来ていない。
「……ツンデレ」
「え?」
「このままいけば愛されキャラになれるかもね!疲れてなけりゃ可愛い顔してんだから」
「いやそんな高次元の話……あ、千尋。そろそろくーちゃんの写真見せて。つーか送って」
「ふふふ~、聞いて!実は最近ミンスタのアカウント作ったの~」
「えっ。教えて!絶対フォローするから!」
千尋の実家には芝犬がいる。車で三十分ほどの場所だから頻繁に子どもを連れて帰省する彼女は、癒しを求める柊のためにいつも写真を撮ってきてくれていた。
溜まりに溜まった写真を吐き出すために作ったらしいミンスタアカウントに、フォロワーは柊で三人目だった。この丸い眉毛と、つぶらな瞳がいいのだ。
そのうちくーちゃんはミンスタグラマーとして名を馳せるかもしれないな……と想像しながらほくほくした気持ちで、柊はその日の残業に向かったのだった。
◇
「あっ、あぁ……お疲れさま」
さいきん、部下が声を掛けてくるときの声のトーンが変わった気がする。表情も心なしか明るくなった。
今日は珍しく急ぎの仕事がなく柊が定時で帰れる人は帰るように朝から伝えてあったため、もう部署内はガランとしていた。
疲れが取れると心に余裕が出てくる。柊の顔色がよくなったからか、はたまた最近口調に気をつけているからか、部下も積極的に話しかけてくるようになった。もちろん仕事に関する会話だけだが。
不思議だ。仕事量はさして変わっていないのにみんなのミスが減り、円滑に仕事が進むようになってきている。
柊は雑談がいい気分転換になることに気付いて以降、千尋が残業の日は休憩エリアで落ち合うようになった。
「え。もしかして僕のせいで仕事が滞ってた?僕のせいでみんなに残業させてた……?」
「なにその急なネガティヴモード」
「だって……ここ最近の変化は僕がマッサージで絶好調になったことくらいしか」
「絶好調なんだ……よかったね、ひいちゃん。別にあんたのせいとは誰も思ってないでしょうけど、上司が絶好調だとみんなも調子上がるのは分かる気がするわぁー。部署の雰囲気って大事」
「う……だ、だよねぇ」
罪悪感に胸がチクチク痛む。柊はいつも、他人と上手くやれない。
人見知りだから会社では社会人らしく仮面を被っているけれど、余裕がなくなるとつっけんどんな態度になる弱点がある。
柊は別に、怒ってはいないのだ。でも自分の態度が怒っていると受け取られてしまう。
この半年で理詰めキャラが身に染み付いてしまって、最近はなんとか穏やかキャラにシフトしようと試行錯誤中だ。
これが意外に難しくて、書類を提出しにきた部下に「はぁ、この部分が抜けてる。ちゃんと確認してから持ってこい。……でも他の部分はよくできてるな」とか、頼んでいた仕事の期日を守れなかった部下には「どうして期日を過ぎると分かった時点で報告しないんだ。社会人としての常識だろう。……まぁいい。少しでも進めてくれて助かったよありがとう」などと後付けでフォローをすることくらいしか出来ていない。
「……ツンデレ」
「え?」
「このままいけば愛されキャラになれるかもね!疲れてなけりゃ可愛い顔してんだから」
「いやそんな高次元の話……あ、千尋。そろそろくーちゃんの写真見せて。つーか送って」
「ふふふ~、聞いて!実は最近ミンスタのアカウント作ったの~」
「えっ。教えて!絶対フォローするから!」
千尋の実家には芝犬がいる。車で三十分ほどの場所だから頻繁に子どもを連れて帰省する彼女は、癒しを求める柊のためにいつも写真を撮ってきてくれていた。
溜まりに溜まった写真を吐き出すために作ったらしいミンスタアカウントに、フォロワーは柊で三人目だった。この丸い眉毛と、つぶらな瞳がいいのだ。
そのうちくーちゃんはミンスタグラマーとして名を馳せるかもしれないな……と想像しながらほくほくした気持ちで、柊はその日の残業に向かったのだった。
◇
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