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 シャラーンと清涼な音のドアベルが鳴る。

「いらっしゃい……って、柊さん!?」
「よかった……いた」

 ビルの前に夕里がいなかったから今日は出勤していないのかもと不安になっていた柊は、ほっと表情を緩ませた。
 定休日は水曜日。たぶんシフト制。エレベーターに乗ってから、予約とかするのが普通だろうかと思い至った。名刺に店の電話番号やホームページへのリンクが書いてあった気もする。

 非常識な行動を取っているかもしれないと柊が後悔しはじめたところで、エレベーターのドアが開いてしまったのだ。
 焦ったけど、夕里がいてよかった。冷え始めた指先に温度が戻ってくる。「もー!」と眉間に皺を寄せながらも、彼の口角は上がっている。よかった……怒ってないし、嫌がられていない。

「あのね、俺だって施術に入ってることとか休みの日とかあるんですから。直前でもいいから電話してくださいよ!」
「そ、そうだよな」
「あ……やべ。自分が指名されるもんだと思い込んで話しちゃってた。もしかして……誰でも、よかったです?」

 キュルンとした目で見つめられて、なぜか捨てられた子犬を見つけたときのような気持ちになった。どちらかというとこいつは大型犬だし、捨てられた動物を見たことはないけれど。
 
「……夕里くんじゃないと困る。しっ、指名料はいくらでも払うから!」
「ふっ、あはは!どこのキャバクラですか」

 きちんと指名料は千円だけ上乗せされて、通常コース六十分の料金を払う。定例会の資料もできたし、今日はいつもより少し早く帰路についた。その足で、まっすぐにここへと向かったのだ。

「ん?こんな奥にも部屋があったのか」
「長いコースのお客様とか、たまに使うんですよ。柊さんは特別」
「とくべつ……」
「はい。着替えたら横になっていてくださいねー」

 たくさん並んだ部屋の前を抜けて、少し離れた一番奥の部屋。広さは同じだけど一段と静かな気がした。部屋の内装は同じだし、マットに置かれた服も同じ。
 既視感になんとなく安心して、着替えだす。今度は迷いなく仰向けになって、夕里を待った。
 やっぱりスーツを脱ぐと駄目だ。この静けさと暗さ。頭がぼーっとしてきて、けれど期待で胸はトクトクと鳴っている。

「柊さーん。よしよし、ちゃんと寝て待ってましたねー」
「ん。よろしく、お願いします……」

 彼の手に頭が包まれると、途端にふわっと脱力する。んー。なんでこんなに気持ちいいんだろ。
 こんなの癖にならないわけがない。落ち着く空間に、優しいセラピスト。夕里はなにも言わないでくれた。柊が初めてここに訪れてから……まだ三日しか経っていないことを。

 たぶん早くても一週間とか、それくらい空けるのが普通なんだと思う。でも柊は我慢できなかった。
 翌日はなんとか調子を保てたものの、翌々日にはいつもどおりの重さを肩に乗せて仕事をしていた。肩に乗るこれはなんだ。重責?ストレス?
 
 スッと眠れたのは初日だけで、翌日からは業務のことを考えながら悶々とする夜を過ごした。それで……三日後には、またここに来ようと決意してしまったのだ。

 仕事をどうにかしないと根本的解決にはならないだろうが、ここに通えば少しずつ良くなっていく気もする。あと一ヶ月しか夕里はいない。
 その間に身体を改善したいし、あわよくば夕里の退職を引き止めたいという下心もある。安くないけど、残業代があっという間に消えていくのはいつものこと。

「がっつり凝ってますねぇ」
「んー……」

 あー。そこ、きもちー…………
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