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番外編
2.
しおりを挟む「大丈夫か」
地面に尻を打ちつける覚悟をしたノーナの身体は、ふわっと背後から支えられる。まるで衝撃を感じさせずにノーナを救ったシルヴァは、眉根をわずかに寄せてこちらを見据えている。
背中を預けたまま真上の顔を見上げて、ノーナはふにゃりと笑った。
「ありがとう! シルヴァ」
「っ……悪い。昨日、も……無理させたな」
「ふふ、盛り上がっちゃいましたね?」
ふらつきの原因をシルヴァは悟ってしまったらしい。緋い目をうろうろと彷徨わせ、恥じらっているのが可愛い。
やはり割り切るのはノーナの方が早くて、ついからかう口調になってしまった。
「肩はどうだ? 寝る前に着せてやればよかったな」
「あのときはまだ暑くて……それに、今朝は上手く着替えられましたから」
シルヴァが気遣いながら肩をさすってくれる。布ごしでも体温が滲んで温かく、痛くはなかったもののホッとした。彼の手があたたかいと安心する。
ノーナの肩はこれ以上は無理だろう、というところまで回復している。腕を高く上げたり後ろにひねる動きにはやはり痛みが伴うし、どうしても動かせない可動域はある。
しかし慣れれば日常生活にはさほど支障がない。しいていえば服を着たり脱いだり、あるいは身体や頭を洗うときが一番の難関で、シルヴァがいるときは必ず手伝ってくれようとする。
(過保護すぎると、思うんだけどなぁ)
しだいに落ち着くかと思っていたシルヴァの心配性は、一緒に住み始めてからも変わる気配はない。むしろ気を遣わせないサポートがうまくなってしまい、気づけばあれこれ助けられている始末だ。
彼は悪くない。目の前で死にかけてしまったノーナの責任だろう。
せめて無駄な罪悪感を感じていないといいのだけれど……。彼は、驚くほど優しい人だから。
ノーナがこれから精一杯、元気で健康なところを見せていくしかない。
「遠征に出たらしばらく帰ってこられない。ひとりで前を見ずに歩いたり、転んだりはくれぐれもやめてくれ」
「……わざとじゃないんだけどなぁ」
シルヴァはもうすぐ南への遠征がある。そのあいだ体力づくりに森の端で走り込みでもしようかと考えていたノーナは、ぎくりとした。
歩くのも……だめ? あ、転ばなければいいのか。いや意識してできなくない?
「やはりひとりでは心配だ。はやめに護衛を雇うか……」
「ええっ、そんなの逆に緊張しちゃいますよ」
「だがな……」
シルヴァとノーナはいずれ、ここより広く便利な場所にふたりの家を買うつもりだ。
その際、彼がいないときのための家事手伝いや護衛を雇う予定だという。そこはシルヴァが断固として譲らなかった。
前者はノーナの身体のためらしいが、後者はシルヴァという存在を妬ましく思う人から自分達を守るためでもある。北の砦での事件は落着したとはいえ、今後もまったく無いとは言い切れないのが現実だ。
もっとも、シルヴァにも心境の変化があったらしく、以前より同僚と打ち解けているのでは……とことばの端々から感じている。特に新人騎士たちからの慕われようはすごい。
とにかく。貴族の邸宅ならまだしも小さな家にひとりでいるノーナの護衛なんて、お金を払っていたって可哀想だと思う。
「やっぱり、僕も働きに出ようと思うんです。働いていれば自然と体力もつくし、ひとりで走ったりする必要もないし? それで……、シルヴァのとこの事務官、いま募集してるって聞いたんだけど……」
「危ないから駄目だ」
「本部でなにかやろうなんて人、いないと思う」
「うむ……」
「シルヴァが遠征じゃないときなら、一緒に出仕できますよ? 仕事中も近くにいるし、逆に一番安全な場所かも」
「む……」
ピークスに事務官の募集があると教えてもらってから、いつ切り出そうかと時期をうかがっていたのだ。考えておいたメリットをいくつも伝えるとシルヴァが考え込む姿勢になったので、ノーナは押せばいける!と確信した。
「お願い、シルヴァ。ずっと働いてきたから、家にじっとしてるのは性に合わないんです」
「そう、だな……。無理をしないなら……」
よし!と小さくガッツポーズをしようとしたときだ。ノーナの脳裏にある記憶が蘇った。帰ってきてから一度会った、ピークスとの会話だ。
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