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本編

50.五里霧中

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 翌日になって、シルヴァはすでに捕まっている犯人に話を聞くため地下牢を訪れていた。まだ黙秘を貫いている男も、目的の相手を見れば口を滑らせる可能性があると思ってのことだ。
 
 聴取に最初から携わっているクウィリーに連れられて二人で向かうと、二名の騎士が牢の前で見張りをしていた。
 湿っぽく暗い場所のためか、俯き加減で陰鬱な表情をしている。シルヴァの姿を認めると「うわっ」と小さく呟いて姿勢を正す。

 犯人にはちょうど朝食が運ばれてきていたようで、パンと少量のスープがトレイに置かれているのが鉄格子の向こうに見える。こんな男でさえ、ノーナより食べていることが憎かった。

 来客に気づきこちらを向いた男を見るが、顔だけは知っているものの喋ったことさえない気がする。男はシルヴァの顔を見て挑発的に嗤った。

「あの小さい奴は、死んだか?」
「っ、お前!」
「なーんか見たことある気がしたんだ。お前を籠絡したとかいう、文官の坊主じゃねぇか。すげぇな。入ったの? ケツガバガバじゃん。それともお前のナニが小さかったのかぁ?」
「なっ……ノーナはそんな奴じゃない! お前、それ以上言うと殺すぞ!」

 ひどい侮辱に、怒りで目の前が真っ赤に染まる。ガン! と格子に拳を叩きつけ、シルヴァは脅すように言葉を吐き捨てた。
 地下全体へと響く低い声に見張りの騎士たちはビクッと震えたが、犯人の男はなおも楽しそうに肩を揺らしている。
 
 クウィリーが「落ち着いて」とシルヴァの腕を掴み、男は「おぉ、こわ」と嗤いながらスープを皿から直接飲んだ。

 ――その瞬間。

「う、ぐっ……」
「どうした!?」

 スープを飲み込んだ瞬間から苦しみだした男は、皿を取り落とし、自らの首を掻きむしる。
 クウィリーが慌てて鍵を開けようとしている数秒のうちに、男は床に倒れたままピクリとも動かなくなった。

 口からは泡を吹き、首元には爪の跡が赤く幾すじも残っている。断末魔の苦しみが表情に残り、見ていた騎士がヒッ、と息を呑む。
 
 その場にいた全員が証人だった。
 彼はスープに入っていた毒かなにかで……死んだのだ。戦場で死人など何度も見てきたが、見開いた目がシルヴァを見たままであることに、背筋が冷える。

 クウィリーは牢を開けるのを止め、見張りの一人に医務官を呼んでくるよう伝えた。毒ならば不用意に近づくべきではない。現場を保存し、ありのままを調べてもらうことが大切だった。

 毒殺の犯人はもう一人の協力者だろう。口封じか……。汚い手だが、有効だ。
 これでもう一人の手がかりがひとつ無くなった。いや、スープに触れた人をひとりひとり確かめていけば……

 クウィリーと犯人探しの方法について相談していると、医務官がひぃひぃ言いながら走ってやってきた。ご高齢なのに申し訳ないと思いつつも、一人で牢に入ってゆきテキパキと状況を確認していく様子は非常に頼もしい。
 助手もいたはずだが、きっとノーナに付いているのだろう。
 
 シルヴァたちは地下を出てモルタ辺境伯のもとへ報告に向かった。しかし執務室には誰もいない。当たりをつけて医務室の方へ行くと、彼女は眠っているノーナを静かに見つめていた。

「モルタ様。地下牢の犯人が……死にました」
「は!? ……なにがあった」

 クウィリーの報告に一瞬大きな声を出した辺境伯は、慌ててノーナを見つめまだ眠っていることを確認した。昨日より顔色がいいように感じて、シルヴァも少しだけ安堵する。先ほどの件で胸がざわめいていたのだ。

 報告を聞き終えた辺境伯は厄介だな、と腕を組む。

「なりふり構わず行動している感じだな。騎士が犯人というのは厄介だ……ここには騎士ばかりだし。シルヴァは充分すぎるくらいに気をつけてくれ」
「わかってる」
「……けほッ」
「ノーナ!!」

 小さな咳に全員が反応し、一番近くにいた辺境伯がノーナに声をかける。ノーナは彼女の耳元で小さく話し、彼女はニカッと笑って頷いた。
 助手の医務官にスープを持ってくるよう伝えてから、手を洗ってくると宣言し立ち上がった。

「くぅ~っ。ちっちゃな声で『おなかがすきました』って、可愛すぎじゃないか!?」

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