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本編
48.
しおりを挟む守るもののないシルヴァは危険を顧みない姿勢で先頭に立ち、戦場で戦った。むやみに命を捨てるつもりはないが、結果的に死んでも誰にも迷惑を掛けない。戦っているときは必死で、無感情でいられる。
真面目に騎士として生きていれば、認めてくれる人もだんだんと出てきた。先輩からは周りを頼って自分の身もちゃんと守ってくれ、と嘆願されることもあった。
シルヴァはうまく他人と生きられない。夢も目標もなく、両親のようになりたくないという思いだけでここまで来た。
曲がったことや矛盾、嘘や建前も嫌いで、周囲に煙たがられているのは分かっていたがどうしようもない。……どうしようもなかった。
――ノーナに出会うまでは。
医務官に許可を貰って、シルヴァはノーナの寝ているベッドの横に立つ。あのときは薄着で血まみれになっていたノーナも、いまは清潔な服を着せられ、温かい部屋で温かい毛布にくるまっている。
まだその顔に血の気はなく、肌が白いせいで人形が横たわっているようにも見える。怖くなったシルヴァは布団の中に手を差し込み、ノーナの右手をそっと掴んだ。
体温は高くないものの、柔らかい手には血が通っていることが分かってホッとする。シルヴァは死人の手がもっと冷たく、硬いことを知っていた。
この小さな手が、シルヴァを守ろうとしたのだ。シルヴァは生まれてこの方、誰かから守られるという経験をしたことがなかった。
幼い頃は家に守られていたと思うけどそうじゃなくて……騎士となってからは自分が国王の手足となってこの国を、国民を守るのだという意識はあったものの、こんな血の通った思いではない。
ひとりの人間が、誰かひとりを命がけで守ろうとすること。これが愛じゃなければなんというのだろうか。
胸が苦しくなって、シルヴァはノーナの手を少しだけ強く握りしめた。こんなにも小さくて愛しいもの、どう大切にしたらいいのか分からない。
ノーナに出会って初めて、矛盾や相反する感情が自分の心を埋め尽くすことを知った。ノーナなんて、もう顔も見たくないと思っていたのはつい昨日の話なのだ。
シルヴァは、あまりにも知らなすぎた。知ろうともしていなかった。
もしかしたら両親も、なにか複雑な感情を抱えていたのかもしれない。人として好きになれないことは仕方ないとしても、理解しようと歩み寄れなかったのはお互いさまなのだろう。
ノーナの不可解な行動にも、なにか理由があったのだろうか。彼が目覚めたら、ちゃんと話を聞きたい。
彼がどんな嘘をついていたとしても……もはやシルヴァは無条件に受け入れ、赦してしまう自信があった。
「し、る、ぁ……」
「ッノーナ!?」
自分の名前を呼ばれたように感じてシルヴァはハッとする。注意深く見ていると、黒く長いまつ毛が震え、徐々にノーナはまぶたを上げた。
シルヴァは、その大きな瞳に自分が映ることを恐れてすぐには動けなかった。
怖いと思われるかもしれない。ランスを抜いたとき、最後に痛みを与えたのは自分なのだ。それに昨日も……怒りにまかせて酷いことを言ってしまった。
しかしノーナは自分の手を誰かが握っていることに気づいたのか、首を微かに動かし、すぐにシルヴァを見つけた。
「ほんとに、いたぁ……」
「くっ」
へにゃっという効果音がつきそうなほど柔らかく微笑んだノーナは、破壊的なほど可愛かった。
だが彼は無意識に身体ごと動かそうとして、痛みに顔を顰める。
「い゙っ……」
「動くんじゃない! あぁ、痛いよな? ……すまない。すぐに医務官を呼んでくる」
「いたい……さむいの。ぱぱ、まま。ひとりにしないで……」
「…………」
確か……両親を早くに亡くしたと言っていたか。また目を閉じてしまったノーナは夢うつつだったのだろう。子どものような辿々しい喋り方に胸が苦しくなった。
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