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本編

47.愛は矛盾のなかにある

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 シルヴァはウィミナリス侯爵家の次男として生まれた。
 
 父は現エレニア国王の異母弟だ。ウィミナリス侯爵に叙せられ領地を与えてからは、強い野心をもって領地経営を行い、瞬く間に名実ともに実力のある貴族となった。
 いまは豊富な資金力を盾に有力貴族との繋がりをもつ政治家で、父の発言が王政を揺るがすとも言われている。

 六つ上の兄は順調に父の後を継いでいる。子が生まれたと聞いて贈り物はしたが、もう何年も会っていない。
 それどころか王都からほど近い領地へも家を出てからは一度も帰っていなかった。あの家とはもう、縁を切ったつもりだ。

 父と母は典型的な政略結婚で、二人のあいだに愛があるように見えたことはなかった。両親は子育てに全く干渉しない。貴族の結婚なんてそんなものなのだろうか。
 
 社交に忙しい父はほとんど家におらず、母は有り余る金で駆け出しの芸術家に資金援助する楽しみに傾倒した。芸術に価値を置くこの国で、パトロンの存在は重要だ。
 そのうちの何人かが出世し、結果的にわが家に利益をもたらした例もある。

 それだけなら美談だが、母は芸術家たちと身体の関係を持っていた。父もそうだ。外に囲っている女が何人もいるらしい、とシルヴァは学園に入ってから噂で聞くことになる。
 
 シルヴァが学園に通い始めたころ、よく母は家でひとりになっていた。父は学園を卒業した兄を連れて王宮や、その他シルヴァも知り得ない貴族の社交場を巡るのが常だったからだ。

 学園から馬車で家に帰ると、母は芸術家の誰かと部屋に籠もっていることが多かった。当時は女性が男性と二人きりになる意味が分かっておらず、作品制作を見学しているとか、自分の絵を書かせているのだと思っていた。
 
 学園で習う剣術に夢中になったシルヴァは、よく庭で鍛錬をしていた。晴れていると室内は光の反射で見えないが、ある曇りの日、外から窓を通して部屋の中がよく見えた。
 ――肌色が絡み合っている。
 その意味が、学園で色んな話を聞くようになったシルヴァには分かってしまった。

 気持ち悪い。

 その行為というより、堂々と愛人を連れ込める考えに吐き気がした。父も、母も、病気だ。相手を取っ替え引っ替えして遊ぶことに全く罪悪感を感じていないように思えた。
 お互いの遊びを知っていて、なにも言わない。家に悪影響がなければそれでいいのだ。

 結婚ってなんなのだろう。家族って?
 
 ただの契約なのかと自分を納得させようとしても、学園の友人は恋や愛への憧れを語る。自分の家以外の話を聞くと、物語のように幸せな家庭がちゃんと存在していることを知った。
 自分が誰かを愛せる日がいつか来るのだろうか。両親のような関係になるくらいなら、ずっと一人でいいとさえ思う。

 たまに、可愛いと思う人はいた。でもシルヴァがじっと見つめるだけで、相手は怖がって逃げていく。自分が大柄なのに、小柄で小動物のような人に惹かれていたからだ。会話もできないから、恋に発展することはなかった。

 積極的な女性が寄ってくることもあったが、母を思い出して嫌悪を催してしまう。自分に恋愛は無理なんだと悟った。愛を知らないシルヴァが人を愛するなんて、不可能な話なのだ。

 学園の卒業が迫ったとき、父が突然シルヴァに婚約者を見繕ってきた。顔も知らない有力貴族の娘だ。

「無理です。俺に結婚なんてできない」
「シルヴァ、お前は馬鹿か? 形だけでいいのに、無理だなんて結婚に夢を見ているんだろう。この婚約は我が家に利益をもたらす。お前も子さえ作れば好きにしていい。誰の恩恵でこの生活をしていると思っているんだ。私に逆らおうとするな!」

 そう恫喝されてシルヴァは家を出ることに決めた。兄の協力もあって、学園の卒業後、騎士見習いとなり国王軍の騎士として叙勲された。
 シルヴァに期待することを諦めたのか、父からは妨害も干渉もなかったが、事情を知らない周囲の貴族は勝手に行動する。

 騎士団幹部になれるよう取り立ててやる、と頼んでもいないのに言ってくる。賄賂を持ってきて父に取り次いでほしいとすり寄ってくる。両親と同じ、恥も外聞もない奴らばかりだ。
 
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