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本編

46.

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「遅い! 腑抜けている暇なんてないぞシルヴァ」
「……はい。まずは、知っていることを教えてください」

 執務室に行くと、先ほどのメンバーに加えてクウィリーもいた。彼を加えても、一番情報を持っておらず、何も知らないのがシルヴァに違いない。
 
「ノーナはお前に存在を知られなくないと言っていたぞ? だから隠してやったんだ」
「そんな……どうしてですか!」
「知るか! お前が怖かったんだろ」
「ストーップ! 失礼ですが、私が一番今回の件については詳しいかと」

 ピリピリとした空気に、つい辺境伯と言い合いになりかける。それを止めたのはパテルだった。

 関わりはほとんどなかったものの、気の良い事務官の彼をシルヴァは信用していた。
 いつもはきちんと纏められている水色の髪が乱れていて、顔色が悪い。彼も憔悴しているのだ。

「あの……冷静に聞いてくださいね。シルヴァ様は特に」

 そう前置きしたパテルが語った内容――ノーナがここへ来た唯一の理由――は、シルヴァに甚大なダメージを与えた。
 悲しさと悔しさが胸を覆い尽くし、目の前が真っ黒に塗りつぶされている。どうして自分が、のうのうとここに立っているのだろう。

「……全部、俺のせいだったのか?」

 一部の人間にとって、自分が良く思われていないことは分かっていた。
 父親の持つ貴族としての力が強すぎて、シルヴァへ無駄な期待が寄せられる。騎士としても、上手く公私を分けられずに嫌味な人間だと思われてしまう。

 それがここまで発展すると思っていなかったのは、シルヴァの怠慢だ。恨みが自分に降りかかるならそれでいいと思っていた。
 なにもかもどうでもいいと投げやりだった気持ちが、結果的にノーナを傷つけてしまったのだ。

「そうじゃないだろう。シルヴァほど目立つ男なら、必ず憎く思う者が出てくる。それは必然だ。だが……ノーナは勇敢だな」
「はい、とても。それにノーナさんは……驚くほど深く、シルヴァ様を愛しているんです」
「…………」
「彼を信じてあげてくれませんか? その、薬の件は本人からきちんと聞いてください。ご存知のとおり、ノーナさんは少々……わりと頻繁に……途轍もなく、ドジなんです」
「ノーナくん、仕事は完璧なのによく何も無いところで転んでますよね」

 そうそう、とシルヴァ以外の人間が小さく笑い合う。もっとも、その笑い声もすぐに立ち消え執務室はシンと静まり返った。

「ノーナさん……大丈夫かなぁ」
「弱っていたもんな……。ただ、あの医務官はただの爺じゃない。国を渡り歩いてまで最新の医学を学んできた御仁らしい」

 パテルがぽつりと呟き、辺境伯が眉間に皺を寄せる。ノーナはこの砦へくる過程で体調を崩し、やっと回復してきた頃だったらしい。
 抱き上げたときの頼りない軽さを思い出し、自らの手を見つめた。医務官の腕によっては小さな怪我でも、簡単に人の命を奪ってしまう。騎士ならば元々の体力で乗り切る例もあるが、ノーナはどうだろうか。

 元々あんなにも華奢なのに、シルヴァのために行動し、弱ってしまっていた。そこに今回の大怪我だ。致命傷になりかねないことを皆がわかっていて、あえて口にしていないのだった。
 
『たまに働きすぎちゃうだけで、意外と丈夫なんですよ』

 ノーナと話すようになった頃、本人が口にした言葉を思い出す。疲れてボロボロになることはあれど、仕事は休んだことがないのだと誇らしげに言っていた。
 あの小さな身体に、溢れんばかりの生命力が詰まっていると信じたい。祈ることしかできない自分は無力だ。

 なにか自分にできることはないのだろうか? そういえば……

「犯人はどうなったんですか?」
「それについては、私から報告を」

 ノーナとパテルが追っていた人物であり、ノーナに大怪我をさせた騎士の男。
 確か牢へ運ばれて行ったなと思い出し尋ねると、片眼鏡をかけたクウィリーが手を挙げた。

「現行犯なので犯人なのは間違いないですが、今のところ黙秘を貫いています。場合によっては刑務官を呼び寄せ、拷問にかけることも有りかと」
「あの、捕まったのは一人ですか?」
「えぇ、――あ。そういえば話し相手がいたと……」
「そうなんです。私とノーナさんが追っていた犯人は二人いました。特定には至っていませんでしたから……シルヴァさん、まだ気をつけていてください」

 まだ敵が騎士の中に紛れ込んでいるのかと思うと、ぞっとする。怖いという意味ではなく、騎士とは思えない卑しい精神に心底嫌悪感を覚えた。 
 騎士となる際に叩き込まれる騎士道精神を、どこへ置いてきてしまったのか。しかし教えは形骸化しているものも多く、こういうところがシルヴァの頭が堅いと言われる所以なのだろう。

 コンコン、と執務室のドアが叩かれる。シルヴァが警戒しながら出迎えると、やって来たのは医務官だった。
 ノーナのことを報告に来たのだろう。彼はモルタ辺境伯の目の前まで歩いてゆき、口を開いた。

 みんなが固唾を飲んで彼の言葉を待つ。

「当面の治療は終えました。いまは痛み止めも効いて落ち着いて眠っています。ただ……創傷は彼の身体に大きな負担を与えました。これから一週間は生死の境を彷徨うことになるでしょう」


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