43 / 68
本編
43.雪に鮮血の色
しおりを挟む落ち込んでいても仕方ない。パテルは信頼できる騎士経由でシルヴァに危険を伝えるよう頼んでくれて、ノーナは本当の最終手段としてモルタ辺境伯に相談しようと決意した。
ノーナ自身の力はあまりにも小さく、弱い。人の助けを借りなければ何も出来ないことが不甲斐なかった。
翌日は辺境伯の秘書をする日だったので、ノーナは執務室に向かった。挨拶して部屋に入ると、窓から外を見ている辺境伯とクウィリーさんが並んでいた。
ふたりは昔から一緒にいるらしく、本当の兄妹のように見えることがある。
「ノーナ! 見ろ、雪かきしてるぞ」
「ゆき、かき……?」
「王都では馴染みのない景色かもしれませんね」
聞いたことのない単語に、ノーナは興味を持って窓際へと近づく。
起きてから外を見ていなかったが、窓から見下ろした砦の周囲は積もった雪に覆われていて、眩しいほど白く、美しかった。海に近い港の方は風向きや気温が違うのか、屋根に薄らと雪が残っているだけだ。
砦の近くでは訓練場や通路に積もった雪を、騎士たちがスコップで退かしている。
「これが雪かきですか……」
「まだまだ少ないけどな。本格的なシーズンに入れば、ノーナなんて埋まるほど積もるぞ」
「えぇっ。そんなに?」
モルタ辺境伯の言ったとおりこの程度は少ないのか、あっという間に白い塊は一箇所に集められていく。中心となって作業している騎士たちのなかにシルヴァを見つけて、ノーナの胸は引き絞られたように痛んだ。
昨晩は悲しみと不安で眠れなかった。シルヴァは、どんな夜を過ごしただろうか……
ひとりでズンと落ち込みそうになる気持ちを切り替え、ノーナはシルヴァを狙う人がいることを、辺境伯に説明しようとした。
「あの、実は……」
そのとき、先に雪かきを終えた騎士たちが今日の訓練の準備をしているのが見えた。倉庫のような場所からたくさんの槍を取り出している。馬上で剣やメイスと並んで使われる、騎士たちの代表的な武器だ。
その中に昨日話を聞き出そうとしていた男を見つけて、ついノーナの視線は吸い寄せられた。
「ノーナくん、どうしたんですか?」
「あの人……やっぱり怪しい」
「ノーナ? 説明してくれ」
「シルヴァさんに怪我をさせるという陰謀が王都で企てられていたみたいなんです。僕たちと一緒に来た騎士の中に実行役が紛れていると聞いて、探していて……あのっ、僕、下に行って見てきます!」
「え! ノーナ!?」
表情までは見えなかったものの、ランスを握る男の雰囲気に嫌なものを感じて居ても立ってもいられなくなった。
不十分な説明に状況がまだ理解できないのだろう。突然の行動に焦った声で呼ばれたが、ノーナは上着も着ないまま階段を駆け下り、外に飛び出した。
砦の玄関から五十メートルほど先にいたシルヴァは雪かきを終え、他の人の分までスコップを集めている。新人でもないのに片付けまでやるところが、真面目な彼らしい。
しかし感心する余裕はなく、ノーナは窓から見えた男を探した。するとシルヴァよりも遠くで、さっそく騎乗しているのが見えた。手には、ランスを握っている。
男がシルヴァのいる方向へと馬の頭を向け、進み出す。徐々にスピードを上げているため、近くにいた人は驚いて避けた。
「危ないぞ! どこに向かってる!」
ノーナはまた走った。こんなにも全力疾走を続けたことはない。
口を大きく開けて呼吸しても、足りないくらいに息が苦しい。心臓は激しく拍動して痛いほどだ。
普段ならとっくに体力が尽きて足が動かなくなっている頃だ。だが火事場の馬鹿力というやつなのか、ノーナは走り続けることだけはできていた。
「はぁっ、はぁっ」
自分の一歩は小さくて、なかなかシルヴァに近づけないのがもどかしい。大声を上げるにも、口は酸素を取り入れるのに忙しかった。
シルヴァは、ノーナとも近付いてくる男とも違う方向を向いて誰かと話している。
ノーナはランスを構えた男の方へ向かっても馬に蹴飛ばされるだけだと判断し、手前のシルヴァに向かって走っていた。
目測でも、直前にノーナがたどり着けそうだ。
男が馬を速く走らせたら負けるが、訓練場に散らばった騎士たちが上手く障害物の役割を果たしている。騎乗した人よりノーナの方が身軽に人を避けていける。
ランスを構えた男がすぐ近くにまで迫っていて、気づいた者は「何だ!?」と怒るが、シルヴァは気づかない。
誰かにずっと話しかけられ気を逸らされているようで、もしかしたらその騎士も協力者なのかもしれなかった。
騎士たちの中にいると、背の低いノーナは完全に紛れてしまう。
あと数メートル。足より声の方が辛うじて先に届きそうなところで、ノーナは全力を振り絞って声を出した。
――気づいて!!
「シルヴァ……!」
138
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
森永くんはダース伯爵家の令息として甘々に転生する
梅春
BL
高校生の森永拓斗、江崎大翔、明治柊人は仲良し三人組。
拓斗はふたりを親友だと思っているが、完璧な大翔と柊人に憧れを抱いていた。
ある朝、目覚めると拓斗は異世界に転生していた。
そして、付き人として柊人が、フィアンセとして大翔が現れる。
戸惑いながら、甘々な生活をはじめる拓斗だが、そんな世界でも悩みは出てきて・・・
貧乏貴族は婿入りしたい!
おもちDX
BL
貧乏貴族でオメガのジューノは、高位貴族への婿入りが決まって喜んでいた。それなのに、直前に現れたアルファによって同意もなく番(つがい)にされてしまう。
ジューノは憎き番に向かって叫ぶしかない。
「ふざけんなぁぁぁ!」
安定した生活を手に入れたかっただけの婿入りは、いったいどうなる!?
不器用騎士アルファ×貧乏オメガ
別サイトにて日間1位、週間2位を記録した作品。
ゆるっとファンタジーでオメガバースも独自の解釈を含みます。深く考えずに楽しんでいただけると幸いです。
表紙イラストはpome村さん(X @pomemura_)に描いていただきました。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる