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本編
39.
しおりを挟む「うちの子って……養子をとる前に結婚して下さいよ、モルタ様」
「無理だ。砦にはむさ苦しい奴ばっかりだし……ねっ、きみ、成人してるの? 私の秘書にどうだろう、いいだろう? そうしよう!」
「はぁ……仕事が立て込んでるから一言挨拶だけって言いましたよね? その子を連れてきていいですから、行きますよ」
「えっ、えぇ!?」
片眼鏡をかけた男性は、彼女の側近だろうか? 紺色の髪は長めのショートカットで、ノーナのボブヘアに少し似ている。
彼は辺境伯に対し親しげに苦言を呈しているが、なぜかノーナは解放されなかった。状況を全く理解できないまま、ノーナは辺境伯にドナドナされる。
しかし彼女は砦の最高権力者だ。今回の遠征チームの代表格的なおじさんも彼女のことをよく知っているのか、「仕方ない」の一言でオーケーを出した。
そのまま、かなり強引に辺境伯の使っている執務室へ連れて行かれる。久しぶりに小走りしたノーナは、分厚い絨毯が敷かれた部屋に足を踏み入れたとき、ぐわんと頭が揺れた。
わ~部屋が回ってる? と思ったときには時すでに遅し。ノーナはまたもや情けないことに……眩暈を起こしてぶっ倒れた。
「どうした!? って……細すぎるし、真っ青じゃないか! 食事を与えられていなかったのか?」
「モルタ様、うるさいですよ。元々体調を崩していたのかもしれません。とにかくそこに寝かせて、医務官を呼びましょう」
近くで話し声が聞こえたが、目を開けられないほど気分が悪かった。
あぁ、早く回復して、行動しなきゃならないのに……ノーナは焦った気持ちのまま、意識を手放す。
『……、昨日来たという事務官は大丈夫なんですか? あなたが強引に連れ去ったと聞きましたよ』
『いやぁ、男だけどあまりにも好みど真ん中で可愛くて……お前だって可愛いものが好きだと言っていただろう、シルヴァ?』
ふと意識が浮上したとき、聞き覚えのある声が耳に届きノーナは固まった。しまいには決定的な名前まで聞こえてきて、慌てて目の上まで毛布を引き上げる。
ここはどこだっけ? わからないけど……
(同じ部屋に……いる!)
しかも辺境伯と仲が良さそうだ。ノーナは久しぶりに会うシルヴァの様子が気になって仕方なかったが、ここで顔を出すわけにはいかない。
思わず毛布の端をぎゅっと握りしめていると、身じろぎに気付いたのか二人が近づいてきてしまった。
「きみ、体調はよくなった? さっき医務官に見せたけど、疲労が溜まってるだけだから休めば治るって。ごめんね、急に連れてきちゃって」
「ぁの……ケホッ、だい゙じょゔぶです……」
「個室のほうがいいでしょう。私が連れて行きますよ」
「!!」
ノーナは掠れた小声で答えた。普段とは似ても似つかない声に、シルヴァも気が付いていないようだ。しかし彼の優しさがここでも発揮されてしまい、ノーナはビクッと震えた。
到着するまではあんなにも大丈夫だと思っていたのに、さっそくの危機だ。なんでこんなことばっかり?
ノーナはどうしようもなくて、毛布にくるまったまま声のする方に背中を向け、焼かれた海老のように丸まった。
「あぁ、怖かったね。この男は追い出すから、安心していいよ。――シルヴァ。君さぁ、自分を鏡で見たことある?」
「そ、そこまで怖いですか……?」
「私のミューズには狼に見えるんだよ。ほら、退いたのいた。好きな子にも逃げられないようにね」
おそらく辺境伯の手がノーナの背中をよしよしと撫で、声が離れていく。シルヴァに誤解を与えてしまったのは申し訳ないが、二人の声が遠ざかっていってノーナはやっと全身の力を抜いた。
よかった……元気そうだ。いまは姿を見れなかったけど、いずれ遠くから見られる時も来るだろう。
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